第二章 加胡川と天狐

ここは大歩危妖怪屋敷

 峡谷の端を駆け抜けるバスは、人工物であるにも関わらず緑が溢れる自然との協調性を保っています。そんな風に思っている私も、ある意味で妖怪としての存在が人の社会に紛れ込んでいる、その象徴なのかも知れません。


「そろそろだな、ツクモノ」

「はい」


 時間に関しては時計がこの場にありませんので定かではないですけど、インターネットで調べた時間から逆算すれば、お昼の二時三時ってのが妥当でしょう。

 現在地は私達の住んでいた雛形区を離れて約七時間、ようやく目的地である道の駅に近づいたって所です。でもまぁよく轆轤首さんもこんな旅行しようと考えましたね。私なんて何もしてないのに疲れちゃいましたよ。


「にしてもお前さぁ、そんなおんなじような山とか谷とかの景色観ててよく飽きねぇな」


 ついに暇を持て余し過ぎたのか、ようやく轆轤首さんは私に話題をふっかけてきました。

 今私が入っているリュックサックは、チャックが開かれた状態で置かれています。これで、私でも外の景色が眺められるようになっているんです。なので座席も他の人の視界に入りづらいように、しっかりと彼女は一番後ろの座席をチョイスされていました。

 とは言っても今の時間帯は人が少ないのか、バスに乗られている方は全くいないんですけどね。


「そうですか? 私は観てて結構楽しいですけど」


 普段こう言った景色は家の中では観られませんから、私にはこの自然豊かな光景が新鮮過ぎて全然飽きが来ていません。いえ、雛形区が悪いとは言ってませんよ。ただ建物が多いあの街では、見る事が出来ない木や川があるって事だけです。

 最近では高齢化も進んでいるみたいで、活気がどんどん失われてましてーー。と言うかこれこそ、真の悪口ですよね。少なくとも雛形区を歩き回った事すらない私が言える事ではないです。


『道の駅大歩危おおぼけ、道の駅大歩危です。お降りの方はバスが完全に……』


 アナウンスが示す通り、バスはいよいよ私達が目指した道の駅大歩危へと到着しました。

 すると轆轤首さん、急に顔を出したままの私をリュックサックへと押し込んだかと思うと、チャックまで勢いよく閉め始めたではありませんか! どうしたんですか轆轤首さん、そんなに私が旅行を楽しんでいるのを妬んでたんですか?


「すまんなツクモノ、バス降りるからしばらくそのまんまな」

「あっ、はい」


 そうでした。いくら妖怪の伝承が数多く残っている村とは言えども動く市松人形なんて見ようものなら、驚いて腰を抜かすに決まってますよ。なので彼女の判断は全く間違ったものではなかったです。ーー変に疑っちゃってごめんなさい、轆轤首さん。


 とか言いつつも私、実は家を出る前このリュックサックに私の親指程の小さな穴を空けておいたんです。なので朝からの電車の乗り換えで通ったホームなどの景色もしっかりと見ていました。

 しかし案外小さな穴が空いていても人って案外見ないものなんですね。私だったら例え赤の他人の物でも気になって気になって仕方ありませんよ。


 停車したバス停で、何名かの方がこのバスに乗られるのが去り際に見て取れました。やっぱりバスが通っているって事はそれだけ利用される方もおられると言う事らしいです。

 それを知れただけでも、この地がまだ廃れていない事ぐらいわかりました。さっきの雛形区の事がありますのでそこら辺は少し考えちゃいます。


「ここがアタシらの第一目的地、道の駅大歩危の妖怪屋敷だ」


 バス停からほんの少し歩いた時、轆轤首さんは突然立ち止まってそんな事を言い出しました。

 ですが穴から漏れている僅かな光ぐらいしか外界の情報が得られていない私には、正直今居たバス停の看板みたいな物しか見えていません。故に今彼女が何処に立っているのかすらも定かではありませんでした。


「ごめんなさい、私見えてないです」

「あ、すまねぇ」


 彼女の顔は見えませんが、声からして申し訳なさそうな表情をしているのはわかります。何せ私は轆轤首さんと共に暮らす日が結構経っていた為、彼女の表情が声だけで理解出来るようになってしまったのですから。

 けれどやっぱり、実際に顔を見なければ落ち着かない事もありますよね。だって私今すっごく切ないですもの。

 近いようで遠い、そんな感覚が私の中を駆け巡っていました。


「じゃあこれなら見えるか?」


 ふとまた穴の方を見てみると、なんと轆轤首さんはリュックサックを背中ではなく前に掛け直しているではないですか。気が利く以前に私の心境を読むなんて、あの人もまた私の表情を理解しているのかな。


「なんで見えてるってわかったんですか?」

「お前がこのリュックに穴を空けてる事ぐらいお見通しだぜ」


 得意げそうな口調で轆轤首さんが言いました。確かこの穴は、彼女が寝た後ぐらいにこっそりと空けた筈です。それでも気付かれていたとは、よくわかりましたねと褒めてあげたいぐらいです。少し上から目線の物言いでしたね、ごめんなさい。


 しかしながら、これで私も彼女の見えている世界が見えるようになりました。まさか外で轆轤首さんと同じ景色が見れる日が来るとは、あんな生活していれば思いもしませんでしたよ。

 轆轤首さんの言う通り、入り口にはしっかりと妖怪屋敷の文字が記されていて尚且なおかつ、一ツ目入道なる置物がドアの隣に立っていました。更にその隣に見えるのは、顔を出して記念撮影をするパネルでしょうか。私が顔を出すには少しばかり大き過ぎるサイズですね。


 この街が私の正体を知る上で、重要な手掛かりがあるかも知れない場所。そう考えるだけで私の中に何か燃え上がってくるものを感じます。

 それは心の中だけに留まらず、あたかも私の体ごと焼き尽くしてしまうかの如く、全感覚に物凄い熱を伝達していきました。なんだかワクワクしてきたなぁ。


「アタシもう腹減って死にそうだからよ、妖怪屋敷には飯食ってから行かねぇか?」


 朝はコンビニのおにぎりを二つ程しか食していなかったからか、私に空腹を訴えかけてくる轆轤首さん。まぁお昼も食べる暇が無かったですし、私とスーツケースを持ち歩いてでの長旅でしたから無理もないでしょう。

 それに別に私も焦ってはいませんでしたので、彼女の申し入れは快く受け入れました。


「はい。轆轤首さんもお疲れでしょうし全然構いませんよ」


 でも妖怪って本当に空腹を感じるのかな、私はお腹が空いた事なんて一度も無いのに。そんな他愛もない事を考える私でもありました。


 ほぼほぼおやつの代わりと言っても強ち間違いでもない昼食を済ませて、轆轤首さんは迷いを見せずに妖怪屋敷へと直行しました。

 因みにこの建物は道の駅と言う側面も持ち合わせていますから、店もメニューの少なさには困りませんでしたよ。麺類丼物、何でもござれです。

 轆轤首さんが食していたおうどんも、彼女の食べ方もあってか中々に美味しそうでした。え、私は依然として食欲が湧かなかったのでご遠慮しましたよ。


 にしてもこの建物に入った時にまず目に入ってきた大天狗には驚かされました。そりゃあだってふと上を見上げたら、今にも私達を連れ去りそうな迫力の大天狗がいるんですよ、驚くに決まってます!

 しかもその時の轆轤首さんったら「ほら、もうこの土地の妖怪殿が上で私達を睨んでるぜ」なんて事も言いだしましたからね。そのせいで私も少しびっくりして声を出しちゃいましたし。

 無論謝られたと同時に怒られました、大声を出すなってね。自分から驚かせといて理不尽極まりないです。

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