頭の長い理解者

 かれこれ五、六時間程この玄関に座り込んでいましたが、そろそろ私の膝もヒリヒリと痛みを感じてきるぐらいになってきました。

 それに加えて泣いてスッキリしたくなった事もあり、私は遂に玄関から旅立つ事にしました。


「お水……飲みに行こ」


 何よりこのモヤモヤとした感情を晴らすには、昨日みたいに涙を流す事が一番です。しかしながらお腹が減らないのもそうなんですけど、やっぱり喉の渇きがあまり感じられないのって、妖怪特有なんでしょうか。

 妖怪は一体何を原動力に動いているのやら、まぁ何とも奥深い生き物です。


 台所に着くや否や、私はここでも絶句してしまいました。当然です、窓や扉の鍵に手が届かないのであればシンクも例外ではないのですから。


 ここに来てまでも低身長に邪魔をされる、もう私はこの家で過ごす事は本当に難しいのかも知れません。いいえ、人間が暮らしている居住区、と言った方がいいですね。

 とにかく、これでは水を口に入れる事すらままなりません。


 為す術もなく私は、暗くなりつつあるあの着物が外に干されている部屋へと足を運びました。

 とは言っても、部屋の電気には手が届きません。私が出来る事と言えば窓の外に見える着物と、黒と赤の混ざり合った空を眺める他ありませんでした。


 いずれにせよ暇なんです。私がここに居る以上は出来る事もあまりありませんし、これじゃある意味、孤独と大差無いですよ。

 立っていてもしょうがないので私は、何も敷かれていない少しヒンヤリとした床に腰を下ろしました。ここでもまた冷覚と言う感覚は、私を無慈悲に刺激してきます。


 外の景色も完璧に黒ずんでしまい、外にあった筈の着物も薄っすらとしか見えなくなってきました。来たるべき時が来てしまった、とも言えますね。

 そしてとうとうこの部屋も明かりと言うものを失ってしまう、そう思った次の瞬間でした。突如としてその方は、私の前に現れたのです。


「こんな暗い部屋で独りぼっちじゃあ、君もさぞ心細いだろう?」


 初めは轆轤首さんが帰って来たのかとも思いました。

 ですが家のドアが開く音も聞こえず、況してや声もここまでしゃがれているとなると、その考えも自ずと消失します。そもそもこの家の私と同じ住人がいるなんて聞いてないし。

 様々な考えが交錯していると部屋の電気がパチッと通る音がしました。


「ど、ど、どちら様ですか!?」

「なあに、ワタシはここの住人の古い知り合いだよ」


 光を照らされた闇の中から現れたのは、それはそれは頭の長い老人でした。

 服装も今の人達では着ていなさそうな着物姿で、何だか肌もお婆ちゃんみたいにシワシワになっちゃってます。この人も妖怪なのでしょうか。いや、飛び出た後頭部的にどう見ても妖怪ですね。


 轆轤首さんの知り合いとあらばまず挨拶をしなければなりません。こう言う時の挨拶って早く言った方が良いんですよ。昔“良い人間関係を築こう”って番組でやってました。


「わ、私……市松人形のツクモノって言います。昨日からこの家に住まわせて頂いてるんです」

「そうなのかい……これもまた運命か」


 運命? まぁ運命と言われれば強ち間違いでもないのかも知れません。昨日私が轆轤首さんと出会う事も、いっその事運命として一括りにしてしまえば楽ですからね。

 ですけどこの人が言う運命って何処か、私が思っている物とは違うような気もします。何れにせよ本人に聞かずして始まるわけもないので、一先ず質問でも投げ掛けてみますか。


「あ、あの……」

「いや、今の言葉は忘れてくれ」


 いや、じゃなくて何か思わせぶりな事言ったくせにそれはないですよ。そんな事を言われちゃ余計に気になっちゃうじゃないですか。

 けれどこの人の顔を見るからに、これ以上の話も聞き出せそうにもありません。ならばここは引くとしましょう。無論、気になる感情は治りませんけど。


「所でツクモノちゃん……と言ったかな。君は何だか悲しそうな顔をしてるいるけど一体どうしたんだい?」


 私ってそんなに表情が顔に出てるんだ。思わず私は自分の顔に手を当ててしまいました。

 硬い、が率直な感想ではありますが、どうやら私は他の人がパッと見ただけでもわかる程に、冴えない顔をしているみたいです。


 そりゃあだって悲しいですよ。私の着物は天日干しされちゃいますし、家出も出来ないしで踏んだり蹴ったりなんですから。


「……わかっちゃいますか?」

「どうやら君は感情を押し殺すのが苦手みたいだからね」


 それって簡単に言えば、私が嘘は吐けないって事ですよね。

 何でも表情に出してしまうってのは、きっと素晴らしい事ではあるのでしょうけど同時に、自分にとって不利でもありますし、まぁ素直に喜べるような物ではないです。

 自分が自分を偽って我慢しているつもりでも、他人から見ればあからさまに感情を曝け出しているかのように見えちゃうんですからね。


 じゃあそれって逆に良い事無いじゃん、は言わないで下さい。


「ワタシで良ければ話を聞こうか? それに君とはいいお茶が飲めそうだ」


 出会って間も無いのに私の話を聞いてくれるなんて、絶対この人は聖人か何かですよ。見ず知らずの人にこうも易々と心情を聞き出すなんて私には絶対に無理ですから。


 やっぱり轆轤首さんを含め彼女の周りって聖人しか居ないのでしょうか……。とも思いましたが、よくよく考えてみるとそこに轆轤首さんを入れている時点で、私って甘々な人間だなって痛感しました。

 さっきまで私、あれだけあの人の事大嫌いだって言ってたのに……。


「……ありがとうございます」


 この人の親切を自分の為にも無駄にしないよう、私も自分が思った事などを包み隠さず話す事にしました。


「聞いてくれている人にはしっかりと礼儀を尽くすべきだ」ってお婆ちゃんも生前よく言ってましたしね。


 それから私は昨日から今日にかけて起こった出来事を洗いざらいこのお爺さんにお話ししました、お婆ちゃんの事は勿論昨日あった轆轤首さんとの出来事、その全てを。

 お爺さんが聞き上手な所もあり、つい私も感情を加えての説明になっちゃってましたのは内緒です。


 それとはまた別の話なんですけど、客人にお茶をお出しするのが住人としてマナーだと思うのですが、なんとお爺さんが何から何までやってくれたんですよ。

 そんな事すら出来ないなんて、身長が低い事が祟ってるにしても私って本当に役立たずですね……うう。


 そんなこんなでお爺さんは陶器の器に入ったお茶を啜りながら、棚から勝手に取り出した大福を手に取って言いました。


「カッカッカッ! そりゃあ彼女が悪いな!」

「で、ですよね!?」


 まるで痰を喉に詰まらせたかのような、独特な笑い方に若干引いてしまいましたけど、この人も同意見なのは嬉しいです。理解者が増えたと言えばいいのかな、何とも言い表し辛いですがとにかく嬉しいです。


「特に金の刺繍が入った着物だと尚更さ。あの子もそれぐらいはわかってると思ってたんだけどなぁ」


 見た目もご老人なだけに、着物に関する知識もかなり持ち合わせているみたいですね。流石は現役で着物を着こなしている方、轆轤首さんも見習って欲しいぐらいですよ。


「けれど君も彼女の事は知っておかなくちゃいけないよ」


 すると突然、お爺さんは畏まったような顔で私に話し掛けてきました。それはあたかも轆轤首さんの事を、私がまだ理解しきっていないとでも言いたそうな口調で。


「轆轤首さんの……事ですか?」


 私は訊ねました、本当にその見解であっているのかと。まぁそれ以外には考えられませんけどね。

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