第69話 狙撃の名手

「(ジン、このダンジョンは脆いのよ? 壁に衝撃を与えてはダメよ)」


「(あぁ、すまん。そこまで考えていなかった。気を付けるよ)」


床が崩落したって言うのに無遠慮だったな。ブタの屋敷で塔を切断するほどの威力だったのを忘れてた。力加減を気を付けよう。



「ジン殿、バックは持っておらんのか? 爪が落ちておったぞ」


リリカが熊の落とした素材をヒラヒラ見せながら持って来た。


「あー。ちょっと待て。……これでいいか。ほれ」


コートで隠すように食材を買う時に使っていた手さげバックを取り出しリリカに渡した。流石にフーカに持たせていたバックを取り出すわけにはいかんからな。



「うむ。……これは妾が持った方が良いかの?」


「ん? あぁいいや、俺が持つよ。拾ったら俺に渡してくれ」


リリカからバックを受け取りそのままアイテムボックスに収納する。


リリカは片手に弓を持っているので、バックを手に持っていたら弓が引けないのだ。



「すまぬ。本来なら弟子の妾が持つべきなのじゃが」


「気にするな。ここの魔物はそこまで強くないだろうから、ここからはリリカが狙撃していけ。接近して来たら俺が倒すから」


流石に双剣で無双させるわけにはいかんしな。弓での狙撃なら怪我もしないだろ。



「それは構わんが、……矢はそこまで多くないぞ?」


そう言ってリリカが見せてくれた矢筒には二十本ぐらいの矢が入っていた。



「……矢って一回使ったら再利用出来ないのか?」


魔物は素材を残して崩れて行くんだから矢は残るよな? 


「矢尻は欠けていないなら使えるが、羽根が持たんじゃろう。使える所まで使ってみるか?」


矢を一本抜いて確認して見たが、矢尻は鉄製で本体は木、羽根は……羽根だ。素材まで分からん。



「(ルナ、これに魔力を込めたら丈夫になったりしないか?)」


「(んー。ルナがするならできると思う。でもその子にやらせるなら難しいわよ。魔力操作が重要だから)」


試しにルナに一本強化してもらいリリカに渡した。



「魔力でコーティング、魔力で矢を包み込んで強化してみた。これでやって見てくれ。上手く行くようなら修行がてら自分で強化してみろ」


ちょっと師匠っぽいことしてみたが、結果は上々。ルナの矢は数回使ってもまるで痛むことはない。リリカの強化した物は一回でダメになるものもあれば三回ほど持った物もあった。


それと嬉しい誤算が一つ。リリカは弓の天才だ。まぁ弓の極み持ってるしな。



「次、前方左側から熊一体! 蜂二体!」


ルナの気配探知で発見した魔物を俺が伝えてリリカが接近する前に倒す。これを既に十回ほど続けているが、未だ俺の攻撃範囲内に魔物が侵入したことはない。



「了解じゃ! ――疾風、隼!」 


リリカの放つ矢は後ろから見ている俺でもギリギリ目で追えるかどうかといったところだ。


リリカが使っている弓は疾風の弓と言うらしく矢の速度を上げる付加が付いているみたいだ。ちなみにアオイ製だ。



「ヒット! 蜂がこっちに気付いたぞ!」


リリカが放った高速の矢に熊はまるで気付かず眉間を貫かれて倒れた。ここから熊の位置まで五十m近くはあるが、リリカの矢は眉間のど真ん中を貫いている。


「うむ、任せよ! ――疾風、燕!」


二体の巨大蜂は不規則な飛び方をしていたが、リリカの矢は一体目を貫きそのまま旋回して二体目を貫いた。


曲芸のような弓技だが、確実に魔物を仕留めている。百m離れて戦ったなら俺でも苦戦するかも知れないな。



「ジン殿なら先ほどの飛ぶ斬撃で矢を弾くか、それこそ妾を斬ることが出来るであろう」


こいつも俺の心を読むのか……。もういいけどね。


「そういう時の為にまだ隠し玉があるんじゃないのか?」


「さて、妾には検討もつかんな」


ニヤリと笑うリリカの表情はタダでは負けんぞ、と明白に語っていた。



リリカが使っている弓技はガイアス家に伝わる秘伝の技らしい。元は弓の英雄と言われた人物(恐らく転生者)が使っていた技を代々研究してバレン氏の代でようやく完成したという事だ。もし本当に転生者だったとしたら、神具を使って行っていた技をコピーしたと言うことだ。つまり数代に渡り研鑽を積んだ弓技が神具の領域に達したことになる。


凄まじい執念だ。そしてその執念がリリカに弓の極みと言う極地に至る道を与えたんだろうな。



「よし、この辺りも大体倒したな。次に行こう」


「うむ。……この矢はもう使えんな」


リリカが蜂を貫通して岩に刺さった矢を抜き確認していた。


魔力の膜が弱すぎると矢の耐久力を維持できず、強すぎると軌道がずれてしまったり、威力が強く成りすぎて矢そのものが持たなくなってしまう。



「それで八本目だな。残りが五本になったら弓は待機だ。余力を残して行こう」


「うむ。妾は双剣の腕も中々じゃぞ。……ジン殿には負けるがの」


さっきの熊を両断した虚空切りは相当インパクトがあったみたいだ。俺の株が結構上がっている気がする。



「(気は抜かないようにね。入口の結界が崩落の危険があったから張られた物ならいいけど、もし寄生種や危険な魔物が居たとしたら迷わず転移の指輪を使って避難するのよ)」


「(あぁ、リリカもいるし、無茶はしないよ)」


今が五階層か。十階層まで行ってまだ続きそうならリリカを目隠しして連れ帰るとするか。




「旦那様、宜しかったのですか?」


「セバか。良いも何もなかろう。ジン殿を手放すなど、この領地の損失に他ならん。確かに今はまだミニャや私達より弱いかも知れん。しかし、彼は強くなるだろう。それこそこの帝国に名を残すほどに」


彼が行ったことの報告はミニャから聞いたものがほとんどだ。アイラ達にも情報を集めさせたが、彼の出身など不明なことが多い。しかし彼はアオイとも通じていると言っていた。


勇者アオイが認めた人物を私が否定していいわけもない。



「ジン殿のことはリリカに任せてある。リリカも貴族の娘だ。役割は理解しておるだろう」


「しかし、クジョウ様はリリカ様を止めることが出来ますでしょうか」


確かに。器量は良いがリリカは冒険者に憧れを抱き過ぎておる。昨日のミニャの話でジン殿を過大評価し過ぎて暴走しなければ良いが。


「ジン殿からは不思議な力を感じた。まるで神の祝福を受けているかのような」


二人で対峙して見てそれは更に強く感じた。まるで遥か高みにいる存在が彼を守護しているかのように。



「クジョウ様が纏う空気は他の誰とも違うとは思っておりました」


「――ジン殿は、彼はまだ本気を出していないように思えてならんのだ」



「「バレン様、ご報告があります」」



アイラ達が珍しく少し慌てた様子で部屋に入って来た。その手には見覚えがある封印縄が握られていた。



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