第42話 我が家は要塞
フィロの店から自宅まで徒歩ゼロ分。
「さぁ着いたぞ。ここが俺達の家だ!」
「わぁー。聞いてはいましたけど、やっぱり凄いです」
リムリは家を見て感動しているようだ。そこまで立派な家というわけじゃないし、借り屋だが、こんなに喜ばれると嬉しいものだ。
「鍵掛かってるな。フーカはちゃんと戸締りしてるみたいだな」
「(ジン、ちょっと待って。何か魔力を感じるわ)」
なに? 俺にはよくわからんが、ルナが言う以上そうなのだろう。
「リムリ、少し下がってろ。何か気配があるみたいだ。ルナはリムリを頼む。――開けるぞ」
鍵を入れて回す。何の抵抗もなく鍵が空いて扉が開いた。
「うぅぅぅ、どうしよう、どうしよう。もう帰って来るよね、ドアは開くかも知れないけど、掃除終わってないよぉ。なんで水ないのよぉ。ちょっとくらい残しておいてよぉ」
ゆっくりと扉を開くと半泣き状態のフーカがせっせと床を拭いていた。
「……ただいま?」
「ッ! ジン様! あぁ、扉開いたんですね! あ、その、申し訳ありません! まだお掃除終わってません、ごめんなさい!」
「いやいやいいから! マジで! 皆でやろう! そしたらすぐ終わるからさ!」
「で、ですが………………リムリン?」
「やっほー、フーちゃん。そのぉ、元気?」
リムリをしばらく眺めていたフーカが俺に視線を戻し、涙を溢れさせた。
「うおっ! どうした!」
「う、うぅ、うわぁぁん! 私が役立たずだからリムリンがぁぁ。ごめんなさい! 捨てないで下さいぃ! うわぁぁぁぁ」
「おいおいおい! 落ち着け! 捨てない! 捨てないから! むしろ俺がお願いするから一緒にいてくれ!」
「フーちゃん落ち着いて! 大丈夫だから! ご主人様を信用しないとダメでしょ! 泣き止んで!」
「はぁ、なんだか賑やかになったわね」
フーカの泣き叫ぶ中、ルナが一人近くの棚の上に座り呟いていた。
「うぅ、申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」
なんとか宥めて事情を説明して、フーカからも状況を説明してもらった。
その途中にフィロが何事だと家にやって来て、事情を聞きフィロが眉間に青筋を浮かべ、ミニャのところに行ってくると出て行った。
どうやらこの家はワケあり物件で、以前住んでいた魔術技能者と言われる人物があれこれ手を入れた物件だったのだ。
まずこの家に出入りすることが出来るのは登録した人物、またその人物と同伴の者だけだ。登録には一定以上の魔力を保有しており、マスターキーを持っていることが条件だ。俺は始めに鍵を開けた時に登録が完了していたらしい。その為俺は鍵がなくとも魔力を扉に向けるだけでロックが外れるみたいだ。
そしてフーカは登録が済んでいなかったので、扉を開けることも窓を開けることも出来ず、閉じ込められてしまったのだ。
しかもこの家、使用者の魔力によってコーティングされている為、定期的に魔力を補充することで、窓や壁、床に天井まで完全防備になるらしい。試しに山賊王の太刀で壁を切ってみたが、僅かに傷が入った程度だ。恐らく全力じゃなければフルンティングでも窓を割ることができないだろう。
本来ならそのことを初めに説明しなくてはいけなかったミニャはフィロにこってり絞られて涙目で説明に来た。
ちょっと可哀想だったので俺からは特に何も言わなかったが、フーカは後ろから雑巾を投げつけていた。ミニャは黙ってそれを受け入れていた。
「本当にすまんにゃ。深く深く謝罪するにゃ」
「謝るならそのニャンコ言葉やめて下さい」
フーカの言葉に息を呑むミニャだったが、フィロが近くにいた為か、「本当にすみませんでした!」と素直に謝罪していた。
その後、罰としてミニャが一人で掃除をするとの事なので、その間俺たちはミニャの奢りで飯を食べに来ていた。
「本当によろしいのでしょうか?」
「いいのよ。あの子が言わないのが悪いんだから。それにギルド長してるから儲かってるわよ。ほら、この財布、大金貨まで入ってるわよ。今日は好きなだけ食べていいわよ」
フィロがミニャからぶん取ってきた財布をテーブルに置き店員を呼んでいた。大金貨って金貨十枚分だぞ。そんな食えんだろ。
ちなみにここは最初に街に来た時に寄った、クロカがウエイトレスをしている店だ。
「お決まりですかー?」
「ええ。とりあえず適当にオススメ四人分「いや、定食を四人分で頼む」」
「はいはいー。ちょっとお待ち下さいー」
危うくクロカスペシャル四人分が来るところだった。
「なに? ジンはここに来たことあるの?」
先ほど別れてからフィロの呼び方がおにーさんからジンにクラスチェンジしていた。まぁ親しく感じるから問題ないけど。
ただフーカのことはフーじゃなくてちゃんとフーカと呼ぶようになっていた。
「この街に着いたばかりの時にな。この店でオススメを頼むなら相応の覚悟をしたほうがいい」
いや、美味しかったけどね。でも、フーカとリムリ、それにフィロもあの量を食うのは無理だろ。
「まぁ、何でもいいんだけどね。最近は外食ってしてないから楽しみなのよね。今日は店主が珍しく店番変わってくれたから時間があるのよ」
「なに? それなら飯食ったらフィロの店に行ってみるか」
「アオイ工房ね。いいけど、たぶん出て来ないわよ。と言うより今頃臨時休業にしてそうよ」
それはいいのか? 店番を変わるとは言わないぞ?
「はぁー、私はお仕えする最初の日にいきなり同席で食事を頂ける何て信じられませんよ。ご主人様のお話は聞きましたけど、自分が体験するとは夢にも思いませんでした」
「私もまさかリムリンと一緒にお仕えして、しかもこんな所で一緒にご飯が食べられるなんてほんの数日前まで思いもしなかったよ」
「俺の家族になった以上慣れろ。俺が飯を食うときはお前達も一緒だからな。――フーカみたいに床に座ろうとするなよ」
「はい!」
「え、私がおかしいんですか?」
「フーカ気にしたらダメよ。この人種は私達の常識が通じないんだから」
「ってことはやっぱりフィロの主人も東方の人間か? フィロも当たり前みたいに椅子に座ってたしな」
「……ノーコメント」
「はは、答え言ってるみたいなもんだろ、それ」
「でも、本当に夢みたいです。これから沢山働いて恩返ししますね。ご主人様!」
「あんまり頑張り過ぎるなよ。命を大事に、怪我をしないように、病気に気を付けて頑張ろう!」
「おーっ!」
リムリはノリが良い。フーカは困った顔で俺とリムリを見ていた。
ルナは俺の肩でその光景を静かに眺めており、フィロは水をちびちび飲みながら微笑んでいた。
「全く、いい主人だことね」
フィロが呟いた声はリムリの笑い声にかき消されたが、確かに俺の耳に届いていた。
「お待たせしましたー。クロカスペシャル定食版四人分お待たせでーす」
「なんでだぁぁ!!」
俺の絶叫に皆が笑っていた。
ジン達が笑い、ミニャが涙を浮かべながら掃除している頃、帝国最大のクロボロ牧場を有するブリッタ邸で醜き豚が囀っていた。
「ブヒ! それはどういうことだぶひっ!!」
「ひぃっ! そ、そう言われましても、私はあの奴隷商を監視していただけで、詳しいことは。ただリムリ殿は間違いなく昼間の男が連れ帰っておりました。ドリオラに確認を取りましたが、顧客情報なので答えれないと」
「ぶひ! あの奴隷商めぇ! その男の情報は上がってるのか! ブヒッ!」
「そ、それが、まだこの街に来て数日しか経っていないようで、ただ詳しくは分かりませんけど、冒険者ギルドから家を与えられたという話です」
「ぶひ? なんだと? なぜ冒険者ギルドが関わってくるぶひ?」
「どうもあの男、冒険者ギルド内でのいざこざに巻き込まれたようで、その埋め合わせに家を与えられたというのが、情報屋の話でして」
「――その男、冒険者ランクはいかほどだ?」
「はい、それが、一昨日冒険者になったばかりって話でして」
「ぶひ! なんだそれは! そのような男が我輩のリムリを! スペルドッ!! 貴様が行ってその男を始末して来るぶひ! そして我輩のリムリを取り戻して来るぶひ!」
「――へいへい。無論、特別報酬は頂けるんですね? 新米とはいえ、冒険者だ。しかもギルドに貸しを作っているかも知れない男だ。高くつきますよ」
「ぶひッ! いくらでも払ってやるぶひ! そのような男の元にリムリがいると思うだけで腹が減ってくるわ! コックに料理を作らせろ! ぶひ!」
「食事の量減らさねぇとマジで豚になりますぜ? って聞いてないか。はぁ、金払いはいいけど、この俺様がこんな豚に使われるとは落ちたもんだ。おい、お前、明日の夕方辺りに行くからそれまで見張ってろ」
「え、今からじゃなくてよろしいので?」
「あほ言え。なんで俺様がそんな雑魚相手に頑張らなくちゃいけないんだよ。適当に酒飲んで酔いが醒めたら行ってやるよ。俺が行った時に居場所がわからないとか抜かしたらお前から斬るからな」
「ッ! 了解しました」
「はぁ、おい、俺にもツマミと酒を用意する様に言え、あと女だ。さっさとしねぇとてめぇらからぶっ殺すぞ」
そうして闇が静かに更けていく。
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