第63話『たとえ真実でも』


妹が憎たらしいのには訳がある・63

『たとえ真実でも』         


           



「……勘だけど、あの女の人はロボットのような気がする」


 マンションに戻る途中、春奈と宗司がマンションを出て駅に向かって居ることがGPSで分かった。

そして、最初に飛び込んできたのが、宗司のこの言葉だ。傷心の春奈を慰めてやりたい気持ちからなんだろうけど当たっている。


 二人は無言だった。


 春奈が涙をこらえ、宗司が今の言葉を後悔しながら春奈の気持ちを引き立てようとしていることが、無言の息づかいや、足音などから分かった。


「言葉なんか無くても、通じるものってあるんだね……」

 優子が優しく言った。

「始め言葉ありき……と、聖書にはあるけどね」

「新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章ね……わたしはクリスチャンじゃないから、この言葉は信じない」

「そうだね。駅に向かいながら、宗司は無言で春奈に寄り添ってるよ。だから、春奈も崩れずに、駅に向かって、ちゃんと歩いている、歩けてる」


 駅の改札を潜ると、まるでシェルターにでも入ったように春奈はベンチに腰を下ろし、ため息をついた。

 

 電車が来ても春奈はベンチを立とうとはしなかった。


 宗司は、寄り添ってベンチに座り続けた。

 場馴れしない宗司は、無意味に立ち上がり、自販機でコーヒー牛乳を買って、一つを春奈に渡した。


「プ、よりによって、コーヒー牛乳……」

「あ、俺、何にも考えてなくて……別の買ってくる」

「いいの、こういう子供じみた飲み物がちょうどいいの」

「そ、それはよかった」


 そう言いながら、宗司自信は、コーヒー牛乳を持て余している。

 春奈は付属のストローを、さっさと差し込んで最初の一口を吸った。


「おいしい……宗司クンも飲んでみそ」

「う、うん」

 宗司は、音を立てて半分ほども飲んでしまった。

「子供みたい」

「あ、気が回らないから……ごめん(-_-;)」

「謝ることなんかないわよ」

「ロボットみたいだって、いいかげんな慰め言ってごめん」

「ううん、心がこもっているもの。でも、どうしてロボットだって思ったの?」

「……ただの勘。エントランスですれ違ったときに、なんてのかな……人間て、不完全てか不器用だから、たいてい複数のオーラを感じるんだけど、あの人からは美しいってオーラしか感じなかった。むろん表情が硬かったり、ちょっと足早だったり……でも、俺には、プログラムされた動きのように思われた……いや、ドジの勘だからね(^_^;)」

「残念ながら、あの女の人は人間。これも勘だけど、当たりよ」


「そうなんだ……」


「中学の頃に、お父さんのゴミホリ手伝ってたら、紐が切れて、古い本やら手紙がばらけちゃって」

「アナログなんだね」

「エンジニアって、そんなとこあるでしょ。その手紙の中に、経年劣化すると隠れた写真が浮かび出てくるものがあったの。その写真、さっきの女の人にそっくりだった」

「女の人からの手紙?」

「ううん、お父さんの友だち。きれいな人だなって思った。手紙には『20年後に、この手紙を見ろ』って書いてあった。元は風景写真みたいだったけど、女の人の姿と二重になっていて、お日さまに当てると、あっと言う間に、女の人だけになった」

「その女の人、お父さんの彼女だった人?」

「うん……お父さんが、後ろから言った『お母さんと知り合う前に付き合っていた。向こうの親が反対らしくてね、お父さんのメールや手紙は全部ブロックされていた。で、数か月後に街で会ったら、こう言われた――なんで、しっかり掴まえていてくれなかったの――』。それで、お父さんは、手紙やメールがブロックされていたことを悟った。で、なにも言わずに別れたって……『人を愛することは、その人が一番幸せになることを望むことで押しつけるもんじゃない。たとえ真実でも、実りの無い真実は人を傷つけるだけだ』って。そして『いま、お父さんが一番大切な人は、お母さんと春奈だ』って」

「……そうなんだ」

「その女の人によく似てるんだもん。ロボットだったら、いくらなんでも分かるわよ……でしょ。その……スキンシップとかがあれば分かる事よ」

「そ、そうだよね……」

「電車来たよ」

「うん」


「これ、やっぱり放っておけないよ」

 反対側のホームで、優子が言った。

「予定変更、ただちに実行」

 わたしは、あの女に送り込んだプログラムを書き加えた『迅速な活動停止』と……。


「あなた、ただ今。どうだった、春奈ちゃん?」

「あ、ああ、少し傷つけてしまったようだけどね……」

「ごめんなさいね、わたしが……」


 ドサ


 そのまま女は倒れて、呼吸が止まった。


 救急車で女は救急病院に運ばれ、蘇生措置が行われたが息を引き取った。

 そして、病理解剖されて、初めてロボットであることが分かった。同時に全国で二十体の活動を停止したロボットが発見された。わたしが発見したより十五体多い。C国のトラップは、思いの外進んでいた。


 事態は、わたしたちの予測を超えて進み始めている……。




※ 主な登場人物

•佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄

•佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 

•千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子

•父

•母

•大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生

•大村 優子      佳子の妹(6歳)

•桃畑中佐       桃畑律子の兄

•青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生

•学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)

•グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス

•甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん

•木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人

•川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 

•高橋 宗司      W大の二年生  



 



 

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