第46話『栄光へのダッシュ・2』

ボクの妹がこんなにニクソイわけがない・46

『栄光へのダッシュ・2』    



 優奈が倒れた。明後日が本番という稽古中に……。


「ゲホ」と言って口を押さえた優奈の手に赤いものが溢れ、そのまま前のめりに倒れ意識を失った。

「顔を横向きにしろ、窒息するぞ!」

 蟹江先生が、すぐステージに駆け上がり、呼吸と心拍を確かめていた加藤先輩を押しのけた。

「ナシナシ(無呼吸、無拍動)なんだな!?」

「はい」

「救急車を呼べ!」

 そう叫んで蟹江先生は優奈の胸をはだけ、気道を確保すると人工呼吸を始めた。

 祐介は、顕わになった優奈の胸にたじろいで目を背けた。

「アホ! こんな時は声をかけてやらなあかんのよ。みんな寄って、声を掛けて、マッサージしてやる!」

 加藤先輩が怒鳴り、みんなが優奈の側に寄り、手足をさすりながら声をかけた。

「優奈!」

「優奈先輩!」

「山下優奈!」

 蟹江先生と加藤先輩たちの介抱と処置で、優奈は救急隊が到着するころには息を吹き返していた。


「みなさんの素早い処置が適切だったので、脳への障害はありません。声帯と気管を痛めているほかは、全身疲労だけです。三日ほど喉を使わずに安静にしていればいいでしょう」

 病院の先生は、本人を勇気づけるために、あえて、優奈の病室でみんなに告げた。しかし、優奈には逆効果であった。

「そんな……明後日は本番なんです。なんとしても、明後日までには治してください!」

「そ、そんな無理を言われても……!」

 優奈は、医者のネクタイを締め上げていた……。


「参加辞退ですか……」


「仕方ないでしょう、ボーカルが倒れちゃったんだから」

「加藤先輩一人じゃだめなんですか?」

「ずっとデュオで練習してきたんや、簡単にソロには戻されへん。それに、バンドの編成もデュオのまんまや……」

 一応ケイオンの全員が集められ、視聴覚教室でミーティングをしたが、結論は自然と参加辞退に傾いていく。あちこちから、すすり泣く声があがった。


 いやな沈黙が続いた。

 

 田原先輩が、謙三を促してステージに上がった。

 そして、ギターとドラムを即興で、めちゃくちゃに鳴らした。

「景子(加藤先輩の名前)、これで勢いついたやろ。蟹江先生に結論言いに行け!」

「分かった、長いことケイオンやってると、こういうこともあるよ。今度のレッスンで学んだことは、来年、あんたらが活かしたらええ」


「待って下さい」

 ドアから出て行こうとした、加藤先輩を幸子が呼び止めた。


「わたしが、代わりにやります」

「……そんな、サッチャンが出たら審査対象外やで」

「対象外でもいいじゃないですか。たとえ審査対象外でも、演奏すればスピリットは通じます。わたしたちが血を吐く思いでつかみ取ったメッセージを、みんなに伝えようじゃないですか!」

「メッセージ……」

「スピリット……」

「ようし、それでええ。賞がなんぼのもんじゃ。予定通り参加や!」

 蟹江先生が、入ってきてガッツポーズを決めた。

「桃畑中佐から、極東戦争当時の戦闘服借りてきた。みんな、これ着て、本番の舞台に立て!」

「ウオー!」

 メンバーから、どよめきが起こった。

「ボーカルは、元祖オモクロのステージ衣装貸してもろた、せいだいがんばれ!」


 この開き直り出場は、マスコミやネットを通じて、その日の内に世界中に広まった。


 火付け役は、お馴染みナニワテレビのセリナさんだ。急遽、プロで人気上昇中の幸子が出るので、予備の座席2000が追加された。


 その日、家に帰ると、チサちゃんが玄関で待ち受けていた。


「すごいわよ、ネットが炎上してる!」

 幸子のブログは、大会参加を祝するコメントであふれかえっていた。むろん中には、後輩の不幸を利用した売名行為であると非難するものもあったが、大半の賛成派と、ネット上で大論争になっていた。

「むかし、キンタローがデビューしたとき以来のブログ炎上ね!」

 お母さんまで興奮していた。幸子も面白がっていたが、プログラムモードである。

「これで、良かったとは思えない」

 あとで、幸子の部屋に行ったとき、幸子はニュートラルモードで、冷ややかにニクソクつぶやいた。


「……幸子は、複雑だな」

 精一杯の皮肉を言ってやると、ドアホンを兼ねているハナちゃんが来客がきたことを告げた。


 ドアをあけると、そこにはねねちゃんが立っていた……。

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