第44話『桃畑律子の想い』

妹が憎たらしいのには訳がある・44

『桃畑律子の想い』    



 エレベーターのドアが開くと中年の男性が出てきた。


 どこか人生に疲れた中間管理職風だ。


 男は二三歩歩いたところで、緩んだオナラをした。それが情けないのか、ため息一つついて、再びトボトボと廊下を歩き出した。

 突き当たりの廊下を曲がって、バンケットサービスの女の子がワゴンを押しながらやってきた。女の子は壁際に寄り男性に道を譲って一礼をする。

 そして、男性を体一つ分見送ると、ワゴンからパルス銃を取りだして男性の背中を至近距離で撃った。男性は、また緩んだオナラをすると、前のめりに倒れ、廊下の絨毯を朱に染めていった。同時にスタッフオンリーのドアから警察官が現れ、一瞬状況の判断に迷って隙ができた。女の子は、警察官を羽交い締めすると、持っていた銃で、警察官のこめかみを撃ち抜き、パルス銃を握らせると、派手な悲鳴を上げてその場にくずおれ失禁した。


「これは……」

 優奈はじめ、ケイオンの一同は声も出なかった。

「この録画が、律子を変えたんだよ……」

 桃畑中佐が、静かに言った。


 ケイオンの選抜メンバーは《出撃 レイブン少女隊!》をより完ぺきなものにするために、極東戦争で亡くなったアイドル桃畑律子の兄である桃畑空軍中佐の家を訪れていた。そして、見せられた映像が、これであった。

「これは、後で解析した映像なんだ、もとのダミー映像が、これだ」



 女の子が、ワゴンを押しながら壁際に寄ったところまでは、いっしょだが、そのあとが違った。警察官がスタッフオンリーのドアから現れて、いきなり男の背中を撃った後、自分のこめかみを撃って自殺している。



「我々は、この映像に三時間だまされた。警官がC国の潜入者か被洗脳者かと思い、その身辺を洗うことに時間と力を削がれた」

「殺された男性は」

 加藤先輩が、冷静に質問した。あとのメンバーは声もない……俺も含めて。

「統合参謀本部の橘大佐。C国K国との戦争を予期して、極秘で作戦の立案をやっていた。正体が見破られないように、あちこちのホテルや宿泊所を渡り歩いていた」

「あのオナラには、意味がありますね……」

 幸子がポツリと言った。

「さすがに佐伯幸子君だ。あのオナラは、参謀本部のコンピューターで解析すると圧縮された作戦案だということが分かった。で、二回目のオナラはセキュリティーだ。自分に危害を加えたものにかます最後ッペ。ナノ粒子が、加害者の体に被爆されるようにできている。ナノ粒子なんで、服を通して肌に付着し、さらに、吸引されることによって、半月は、その痕跡が残る。C国はそこまでは気づかなかったようだ」「でも、同じ現場に居たわけだから、ナノ粒子を被爆していてもわからないんじゃないですか?」

「至近距離にいた警官よりも、離れていたバンケットサービスの女の子の被爆量が多いのは不自然じゃないかね……」

 中佐は、録画の先を回した。


「君の被爆量が多いのは不自然だね……」


 ホテルの職員出口を出たところで、バンケットサービスの女の子は呼び止められた。とっさに女の子は、五メートルほど飛び上がると、走っている自動車のルーフに飛び乗った。次々に車を飛び移ったあと、急に彼女は、どこからか狙撃されて道路に転げ落ち、併走していた大型トラックの前輪と後輪の間に滑り込み、無惨にも頭を轢かれてしまった。その場面は我々にも見せられるようにモザイクがかけられていた。

 幸子には辛かっただろう。幸子の目にモザイクなんかは利かない。そして、なにより自分が死んだときとそっくりな状況だったから。でも、プログラムモードの幸子は、他のメンバーと同じような反応しかしなかった。


「これを見て律子さんは……」


「亡くなった警官は、メンバーの恋人だった。そのころは公表できなかったけどね」

「そうなんだ……」

 優奈は、ショックを受けたようだ。

「でも、これはきっかけに過ぎない。律子は勘の良い子でね『同じようなこと、日本もやってるんじゃないの』と、聞いてきた」

「日本にもあるんですか?」

「近接戦闘や策敵は、素質的には女性の方が向いている。ほら、女の人って、身の回りのささいな変化に敏感だろう」

「家のオヤジ、それで浮気がばれた!」

 ドン謙三が言って、空気が少し和んだ。

「で、この能力は15~18歳ぐらいの女の子が一番発達している。身体能力もね。そこで、空軍の幼年学校の生徒から、志願してもらって、一個大隊の特殊部隊を編成した。戦史には残っていないが、これが対馬戦争の前哨戦だよ」


 映像の続きが流れた。


 対馬の山中での百名規模の戦いだ。主に夜戦なので、画面は暗視スコープを通した緑色の画面ばかり。でも、息づかいや、押し殺した悲鳴、ちぎれ飛ぶ体などが分かった。



「これで、対馬の基地への敵の潜入が防げた」

「これって、宣戦布告前ですよね」

「ああ」

「これ、政府のトップは知っていたんですか?」

「……知ってはいたが、無視された」

 ねねちゃんといっしょにお仕置きした的場防衛大臣の顔が浮かんだ。

「この大隊長は、里中……」

「ん?」

「いえ、なんでもありません」

 俺は、ねねちゃんのお母さん里中マキが隊長であったと確信した。


「律子は、これを見て《出撃 レイブン少女隊!》を書き上げて作曲し、怒りと悲しみをぶつけて平和を勝ち取ろうとしたんだよ」


 桃畑中佐は、そう言うとリビングのカーテンをサッと開けた。モニターの画面は薄くなったが、みんなの心の灯はついたままだった……。  



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