第38話『ハナちゃんの向こう傷』

妹が憎たらしいのには訳がある・38

『ハナちゃんの向こう傷』    



 水っぱなを袖で拭いたような向こう傷がついていた。


「やっぱり、流れ弾……」

『どうしよう、顔に傷がついちゃった』

 一見ぶっそうな会話だけど、これは、俺と高機動車ハナちゃんとの会話。


 東京での『メガヒット』の帰りの空でハナちゃんは、向こうの世界から飛び込んできたパルス弾の流れ弾がかすめ、傷が残ってしまったのだ。ハナちゃんは、フロントグラスを赤くして恥ずかしがった。

「ニュースで、老朽化した人工衛星が落ちてきたって言ってる……」

 チサちゃんが、スマホを見ながら言った。

「ウワー、怖い~、ヤバイとこだったんだ」

 幸子は、プログラムモードで、佳子ちゃんや、優子ちゃんといっしょにブリッコしている。

『カッコ悪いから、ハナ、メンテにいってきますう。太一さん着いてきて~』

「え、オレ?」

『メンテナンスは、太一さんの担当!』


 そういうわけで、明くる日が休みということもあって、俺はハナちゃんに乗って甲殻機動隊のハンガーまで行くことになった。


「かすり傷でよかったな」

 出迎えた里中副長が開口一番に言った。

「やっぱり、向こうの流れ弾ですか?」

「ああ、夕べ相模湾で、大規模な空中戦があったみたいだ」

「相模湾で?」

「ああ、こっちに遅れた分、かなり派手な戦争になっているみたいだ。亜空間に穴が空いて流れ弾が飛び込んでくるぐらいだからな。ごまかすために、人工衛星を一基落とすことになったがな」

『装甲にも異常なしだから、チョチョイと塗装して、おしまいでしょ♪』

「いや、状況分析のPCに問題がある。丸一日は検査だな」

『え、どーして。ハナの解析じゃ、異常無しなんですけどオ……』

「じゃ、なんで、メンテナンスに太一君が着いてくるんだ」

『あ、太一さん、どうして?』

「どうしてって、おまえが着いてきてくれって言ったんじゃないか!?」

『そう……だっけ?』

「まあ、オフィスで休んでくれよ」

 里中副長の仕業だと思った。


 オフィスの応接に通された。



「いらっしゃい。また、パパの無茶につきあわされそうね……」

 ねねちゃんが豚骨醤油ラーメンの大盛りを持ってやってきた。

「ねねちゃん……いやあ、ありがたいな。まだろくに晩飯食ってないんだ」

「ハナちゃんが、そう言ってたから。ハンバーガー一個だけなんでしょ?」

「そうなんだよ、食べ盛りの女の子が四人もいたし、幸子のメンテで、放送局の弁当も食べられなかったし……うん、美味い!」

「ハハ、ほんとに美味しそう」

 お盆で顔の下半分を隠して笑うねねちゃんは、とても自然だった。

「食いながら聞いてくれ」

 里中副長が、くわえ煙草で入ってきた。

「だめでしょ、たばこは体に悪いの」

「これは、電子タバコだよ」

「電磁波吸ってるようなものよ」

 ねねちゃんは、里中副長がくわえたままのタバコの先を、ハサミでちょんぎった。里中副長はびっくりし、それから、固まった。

「……どうかしましたか?」

「い、いや、昔、カミサンによくやられたもんだから……」

「ひょっとして、プログラム外の行動ですか?」

「パパのタバコを止めさせるのは、これが一番」

「ねね、ちょっと外してくれ」

「はいはい」

 ねねちゃんは――頼むわね――というような目配せをして、出て行った。


「……こないだ、君がインスト-ルしてくれてから、ねねのやつ少し変なんだ」

「自律的になってきたんですね……」

「ああ、今のようにな」

「興味深い変化ですね……」

「で、一つ頼みがあるんだが……」


 里中副長が複雑な顔をして、オレの顔を覗き込んだ……。




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