第35話『幸子の変化・1』

妹が憎たらしいのには訳がある・35

『幸子の変化・1』   



 その日は週間メガヒットの生放送の日だった。


 19時局入りだったので、幸子は演劇部の部活もケイオンの練習もしっかりやって、18時過ぎに高機動車ハナちゃんに乗って帝都テレビを目指した。念のため、俺たちは大阪の真田山高校にいる。帝都テレビは東京の港区だ。1時間足らずで、500キロ以上移動しなくちゃならない。リニアでも無理だ。


 ハナちゃんは、高速に入ると急加速し、気がついたら空を飛んでいた。

「ハナちゃん、空も飛べるんだ!」

 お母さんが、無邪気に喜んだ。

『これでも甲殻機動隊の高機動車ハナちゃんです。マッハ3で飛びます。今のうちに食事してくださ~い』

 お母さんは、用意しておいたハンバーガーをみんなに配りだした。

「マッハ3で飛んでるのに、衝撃もGも感じないね」

『エッヘン、衝撃吸収はバッチリ。最先端の旅客機並ですよ』

「衝撃吸収装置って、小型自動車ぐらいの大きさじゃん。この小さなボディーに、よく収まったね」

『そこが、甲殻機動隊ですよ~』

「里中さん、しばらく会ってないけど、元気?」

『ええ、こないだのねねちゃんの件、感謝してらっしゃいました』

「なに、ねねちゃんの件て?」

「みんな、早く食べないと、もう浜松上空よ」

 幸子が、あっさりと食べ終わって、チサちゃんがびっくりしている。チサちゃんも学校帰りに真田山にやってきて合流している。見学半分、家に帰ってもお父さんが帰ってくるまでは独りぼっちなんでついてきたのが半分。他にも佳子ちゃんが妹の優子ちゃんを連れて同席している。

「ハナちゃんが居るから大丈夫なんでしょうけど、ガードの方も大丈夫なんでしょうね」

『大丈夫、ハナを信じて。それに、もっと強力なガーディアンが……あ、これ内緒です。お母さん』

「え、どこ?」

 お母さんは、窓から外を見渡した。車内にソレが居ることは俺にも分からなかった……。

 難しいことなんか考えてるヒマもなく、ハナちゃんは帝都放送の玄関前に着いた。

『じゃ、終わる頃には、関係者出口の方で待ってます』

 ハナちゃんは、みんなを降ろすと、さっさと駐車場の方へ行ってしまった。


「お母さん達はスタジオで待ってて。今日の準備は極秘なの」

 幸子は、そういうとみんなを楽屋から追い出した。こんなことは初めてだったけど、これも幸子の自律回復の兆しと納得して、スタジオに向かった。

 途中、お馴染みにになったAKRのメンバーと廊下ですれ違う。小野寺さんを始め、みんなキチンと挨拶してくれる。アイドルも一流になると、このへんの礼儀もちがう。

 廊下を曲がるとき、小野寺さんがスタッフに呼ばれて別室に向かうのがガラス窓に映った。メンバーの総監督ともなると忙しいもんだ……その時は思った。


 生放送だけどリハーサルめいたことは何も無かった。ディレクターからザッと進行の説明があったあと、出演者の立ち位置、フォーメーションやマイク感度、照明のチェックが行われただけ。AKRのメンバーはひな壇で雑談しながら並び始めた。副調整室とやりとりがあって、ADさんの手が上がる。

「じゃ、本番いきます。10秒前……5・4・3・2……」

 Qが出て、テーマが流れ、みんなの拍手。

「週間メガヒットオオオオオオオオオオオ!! 今夜もみなさんにアーティストやその作品についての最新情報をビビットにお届けします」

「さて、今夜はいきなり特別ゲストの登場です!」

 スナップの居中・角江コンビのMCで、スタジオ奥のカーテンが開いた。

 数秒の拍手……そして、スタジオはどよめいた。俺たちも驚いた。


 出てきたのは、AKR総監督の小野寺潤だった。そして、横のひな壇にも小野寺潤が居た……。




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