第19話『ニホンの桜』

妹が憎たらしいのには訳がある・19

『ニホンの桜』    



「すごい、テレビの取材まで来てる!」


 連休前の大阪城公園の取材に来て、たまたま見つけたんだろう。「ナニワTV」の腕章を付けた取材チームが熱心にカメラを向けている。

「AKRやってぇや!」

 オーディエンスから声がかかる。

「はい、リクエストありがとうございます。それではAKR47の小野寺潤で『ニホンの桜』」

 そう言ってイントロを弾き出すと、身のこなしや表情までも小野寺潤そっくりになっていった。


 《ニホンの桜》

 

 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜

 ぼく達の卒業記念

 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 

 ぼく達の そして思い出が丘の学校の


  あれから 幾つの季節がめぐったことだろう

 

 どれだけ くじけそうになっただろう

 どれだけ 涙を流しただろう 

 

 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中

 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手

 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜


 それから何年たっただろう

 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 

 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション

 

 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)

 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた

 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた


  空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように

 枝を広げた繋がり桜


  ああ ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下




 引き込まれて聞いてしまった。


 気づくと、幸子の顔立ちは小野寺潤そっくりになっていた。

 そして、ナニワTVのスタッフ達が寄ってきた。

「あ、この人、あそこで唄てるサッチャンのお兄さんで佐伯太一君ですぅ!」

 優奈が、余計なことを言う。

「妹さんなんですか。すごいですね! 妹さんは以前から、あんな歌真似やら、路上ライブをやってらっしゃったんですか?」

「え、あ、いや最近始めたんです。ボクがケイオンなもんで、門前の小僧というやつでしょう。ハハ、気まぐれなんで、飽きたら止めますよ。なんたって素人芸ですから、ギターだって……」

「いや、たいしたもんですよ。歌によって弾き方を変えてる。上手いもんですよ!」

「セリナさん、もうじき曲終わり、インタビューのチャンス!」

「ほんとだ、ちょっとすみませーん。ナニワテレビのものですがあ!」

 取材班はセリナという女子アナを先頭に、オーディエンスをかき分けて幸子に寄っていった。


 俺は、こういうのは苦手なんで、そそくさと、その場を離れる。


「楽器でも見ていこうや」


 そういう口実で、無理矢理三人の仲間を京橋の楽器屋につれていった。


 優奈なんかは最初はプータレていたが、一応ケイオン。最新の楽器を見ると目が輝く。店員さんに「真田山のケイオンです」というと「スニーカーエイジ見てましたよ!」と、店員さん。付属のスタジオが空いていたので、三曲ほど演らせてもらった。加藤先輩たちがスニーカーエイジで準優勝したことが効いたようだ。

 四曲目を演ろうとしたら。

「すみません。予約の方がこられましたんで」

 と、追い出された。


「ただいま~」

「おかえり~」


 ここまでは、いつもの通りだった。


 リビングを通って自分の部屋に行こうとすると、キッチンに人の気配がして、バニラのいい匂いがしてきた。で、お袋は、テーブルでパソコンを打っている。



「台所……なにか作ってんの?」

「幸子が、ホットケーキ焼いてんの。幸子、お兄ちゃんの分も追加ね!」

「もう作ってる!」


「幸子、ナニワテレビの取材はどうだった?」

 ホットケーキにメイプルシロップをかけながら聞いた。

「え、なんのこと?」

「おまえ、大阪城公園で路上ライブやってただろ?」

「なに言ってんの、ずっと家にいたわよ。あ、佳子ちゃんと優ちゃんとで、公園の桜見にいったけどね。あの公園八重桜だったのね。今年はお花見できなかったから得しちゃった」

「え……?」


 幸子の様子がおかしい……話が食い違う。


 まあ、ライブのことは親には内緒にしたかったのかもしれないが。それ以外の……とくに態度がおかしい。歪んだ笑顔や無機質な表情をしない。「リモコン取って」とか「お兄ちゃん。短い足だけど邪魔!」など、ぞんざいではあるけれど、自然な愛嬌がある。ニュートラルじゃなくプログラムされた態度かとも思ったが、決定的と言っていい変化があった。

 風呂上がり、頭をタオルで巻いて、リビングに入ってきた幸子のパジャマの第二ボタンが外れて、形の良い胸が覗いていた。



「第二ボタン、外れてるぞ」

「ああ、見たなあ!」



 慌てて胸を隠した幸子は、怒っていた……ごく自然な、女の子として。



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