第17話『パラレルワールド』 

妹が憎たらしいのには訳がある・17

『パラレルワールド』        



 バグっていたアクション映画が急に再生に戻ったような衝撃がやってきた……。


 ドッカーン! ガラガラガッシャーン! ガッシャンガッシャン! グシャ! グチャ! コロン……。


 様々な衝撃音、飛び交う破片、大勢の叫び声……それが女の子たちの泣き声に変わったころ、ようやく冷静さを取り戻した。



 飛行機は、グラウンド側から突っこみ、視聴覚教室を破壊し、飛行機自身と視聴覚教室の破片を反対の中庭側にぶちまけていた。一瞬炎も吹き出したけど、さっきのような爆発にはならなかった。


 そして、これだけの事故であったにもかかわらず死傷者が一人も出なかった。


 優奈を庇った祐介の背中に迫っていたプロペラの折れは、祐介の頭の直ぐ上を飛んで中庭の木に突き刺さった……あれは、どう見ても祐介の背中に刺さるはずだった。パイロットと思われるオジサンも、怪我一つ無く植え込みのサツキをなぎ倒して気絶していただけ……そうか、あのグノーシスの四人が、誰にも当たらないように破片や人を動かしたんだ。


 そのあと、消防車、救急車、パトカーなどが押し寄せてきた。これだけの事故、当然だろう。

 しかし、救急車以外は、差し迫った仕事は無かった。火事にはならなかったので、消防車には用事はない。パトカーも黄色い規制線を張って、現場検証だけ。ただ、怪我こそしなかったけど、パニックになる者、気分が悪くなる者などは多く、中庭にいた全員が、三カ所の病院に搬送された。


「無事でよかった!」


 お袋が開口一番に叫んだ。

 迎えの車内は、その狭さも幸いして剥き出しの家族愛に満ちた。お袋は俺と幸子の体を両手で抱えて触りまくる。ガキの頃、幸子といっしょに風呂から出てきたところをバスタオルで包まれた記憶が蘇る。ハンスたちが誰も怪我させないようにしたのが分かっていたが、お袋の振舞いには、ちょっと胸が熱くなる。親父に肩を叩かれ、お袋はやっと助手席に戻った。

「レントゲンなんか撮ったんじゃないのか」

 車をスタートさせながら、親父が聞いた。

「大丈夫、ダミーの映像カマシておいたから」

「ぬかりはないな」

「ただ、CT撮るときにナースのオネエサンに言われちゃった」

「え……なんて?」

「あなた、パンツが前後逆よって」

 親父とお袋が笑い、俺は真っ赤になった。

「と、とっさの事だったから」

 幸子は、後部座席の俺の横で、器用にパンツを穿きなおした。

「……それって、太一がメンテナンスやったのよね」

 お袋の顔色があわただしく変わって幸子が答える。

「グノーシスが動き始めてるの」

「グノーシス……幸子に義体を提供してくれた人たちね」

「わたし、少しずつ思い出してきた……」



 親父もお袋も沈黙してしまった。


 その夜、俺の部屋に幸子が入ってきた。

 風呂に入る前で、バスタオルやら着替えのパジャマなんかを抱えている。


「これ見て」

 目の前に着替えのパンツを広げて見せた。

「な、なんだよ!?」

「こっちが前で……こっちが後ろ」

「わ、分かったよ」

「大事なことなんだから、しっかり見て」

「な、なんだよ」

「又ぐりの深さが違う。それから、前の方には小さなリボンが付いてんの」

「わ、分かったから、しまえよ!」

 視野の端の方に、ニクソゲで無表情な幸子の顔が見えた。

「大事な話なの。物事には、前とよく似た後ろ……裏と表があるの」

「それぐらい、分かるよ。次からは気をつけるから」

「ちがう、これは例えなの。パラレルワールドの」

「パラレルワールド?」

「世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指すの。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいうわ」

「わけ分かんねえよ」

「鈍いわね。じゃ、これ見て」



 幸子は、ベッドに腰掛け、手鏡を出した。我ながら鈍そうな顔が写っている。



「この鏡の世界がシンボル。まったく同じお兄ちゃんが写っているようだけど左右が逆でしょ」

「当たり前だろ」

「そういうものなの。この世界とほとんど同じだけど、微妙に違う世界が存在してるの。ちょっとスマホ貸して」

 幸子は、ボクのスマホを取り上げると、笑顔になって自分の顔を撮り、なにやら細工した。

「お兄ちゃんのパソコンに送ったから、開いてみて」

 添付画像として送られてきた画像が出てきた。よくもまあ、憎たらしい無表情が、瞬間でアイドルのようになるもんだ。

「これで、同時にわたしが二カ所に存在することになる。よく見て、微妙に違うから」

「あ、アゴにホクロがある」

「他にも、四カ所あるんだけど、まあいいや。同じようだけど違うのは分かったわね」

「あ、なんとなく……」

「昼間、飛行機事故をおこしたハンスとビシリ三姉妹は、このパラレルワールドからやってきたの」

「そいつらが、グノーシスなのか?」

「グノーシスは、こちらの世界にも居る。互いに連絡をとって、それぞれの世界を修正してるの。ほら、お兄ちゃんが、今やったみたいに」

「え……?」

「今、わたしの目尻を下げたでしょう」

 俺は、こういうものを見ていると無意識に遊んでしまう。微妙に目尻を下げて、幸子の顔を優しくしていた。

「あ……」

 手が滑って、どこかのキーを押してしまった。幸子の画像が、思い切り垂れ目になってしまった。

「直してよ。わたしって影響受けやすいんだから」

 幸子の顔を見ると映像そっくりの垂れ目になっていた!

「あ、ごめん、ええと……どこを押したっけ……?」

 あせった。

「冗談よ。それに合わせて顔を変えただけ」

「あのなあ……」

「これで、概念としては、少し分かったでしょ。今日は、ここまで」

 そういうと、幸子は部屋を出て行った……最初の教材を忘れて。


「幸子、教材忘れてんぞ」

 脱衣場のカーテン越しに言った。

「これで、イメージ焼き付いたでしょ」


 カーテンの隙間から手が伸びてきて教材をふんだくった……。



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