友神
動き出したはいいものの、エスメイを探すためのアテなどあるはずもない。確かに僕には彼の呪圏が見えるけれど、地面の下に広く広がっているような空間の、何を探せばいいのかなんて分かるはずもない。
そもそもそういう、神力について探すのなら、ディートマルという専門家がいるのだ。僕に頼ってもしょうがない。
何をどうすればいいのか分からないで、思考がぐるぐるし始めたところで、僕の手を握ったままのイルムヒルデがこちらに視線を向けてきた。
「ダヴィド様。ダヴィド様がエスメイとお話をされた際に、きっと色々と言われたことと思います」
声をかけながらも、イルムヒルデの足は止まらない。他の面々も一緒に走り続けている。後方を見れば僕が残した足跡が草地となって、徐々に緑色の染みを地面に広げていた。耳をそばだてながらイルムヒルデの言葉に意識を向ける。
「その中に、『お前と私はこういう関係だ』と言うような言葉はありませんでしたか?」
「えぇと……」
問われた僕は、もう一度記憶の糸を手繰り寄せた。呪圏の中でエスメイと話をした内容は、どこか遠い話のようでぼんやりと霞がかかっている。その霞をかき分けるようにしながら思い出して、僕は一つの単語に思い当たった。
「……友達。そう、友達になりたいって、言ってました」
友達。友達だ。親友とも言われたような気がする。
そう話した僕に、全員が驚きに目を見開いた。イヴァノエが目を丸くしながら僕の顔を見上げてくる。
『友達? あっちは神だろ?』
「あれにしては随分と
ギーも随分と、驚きに目を見開いていた。普段から真面目で淡々とした彼にしては珍しいことだ。だが、その表情がすぐさまに険しいものになる。
「だが、これはなかなか難儀するかもしれんぞ、マドレーヌ」
「そうね、ギー。ますます坊やを前線に出すわけにはいかなくなったわ」
そうしてギーとマドレーヌが視線を交わし合いながら肩を落とす。その様子は明らかに落胆していた。よほど、二人にとっては重大なことらしい。
アグネスカが小さく首を傾げながら二人に問いかける。
「どういうことですか、マドレーヌ様、ギー様」
『友達だろ? 手下になれとか、邪神を崇拝しろとか、言ってきたわけじゃ……』
イヴァノエも鼻先にシワをわずかに寄せながら言った。確かに彼の言う通り、エスメイは僕に隷属を要求してきたり、三大神の信仰を捨てるよう言ってきたりはしていない。ただ、友達になりたい、と言ってきただけだ。
するとマドレーヌが、困ったように微笑みながらアグネスカの顔を見下ろした。
「お嬢ちゃん、もしあなたのお友達が他の人からいじめられていて、お友達があなたを見つけて『助けてくれ』と言ってきたら、あなたはどう思うかしら?」
その問いかけにアグネスカが目を見開く。少しの間悩んでから、彼女は視線を落としつつ口を開いた。
「それは……やはり、助けるために割って入りたく、なるのではないかと思います」
「そうでしょう? あなたほどの年齢の子でもそう思うのだから、あなたより若い坊やなら余計にそう思うでしょうね」
アグネスカの答えに納得したように頷いたマドレーヌが、今度は僕の方に目を向けてきた。
確かに彼女の言うとおりかも知れない、もし皆がエスメイを寄ってたかって攻撃して、エスメイが僕の方に手を伸ばして「助けてくれ!」などと言ってきたら、僕は居ても立ってもいられないだろう。
付け加えるように、ギーが悩ましい表情をしながら言った。
「加えて、ラコルデールの使徒はあれに魂を掌握されている。あれが危機に陥った時に、ラコルデールの使徒の魂……ひいては肉体を掌握し、自身を守らせるべく
ギーの言葉に、その場の全員が目を見開いた。僕だってそうだ。エスメイが僕の身体を操って自分を守らせ、皆と敵対させるなど。
気付けば、全員が走る足を止めていた。その場に立ち止まって、悲しそうな顔をしながら地面を、僕の神力によって徐々に草が生えだす地面を見つめている。
『なんだよ、それ……友達だってのに、そんなことさせんのかよ、畜生め』
「まぁ、エスメイは
イヴァノエが小さく舌打ちしながら吐き出すと、アリーチェもやりきれないように首を振って答えた。
友達を自分の意のままに操るなんて、確かに友達のやるようなことではない。しかしエスメイは神だ。邪神だ。そういうことをしてきたとしても、アリーチェの言葉通り不思議ではない。
イルムヒルデもその点については否定するつもりがないようで、力なく頭を振りながら口を開いた。
「はい、ダヴィド様にご
そう話すイルムヒルデが、一瞬悲しげに目を伏せるが。すぐに彼女は顔を上げて僕たちを見てきた。
「ですがこれは、逆に
「えっ?」
「どういうことだ」
イルムヒルデの突然の言葉に、全員が目を見開く。マドレーヌとギーが不思議そうに問いかける中、イルムヒルデが僕の前で屈んだ。僕の両肩に翼の先端を置きながら、優しい声で話しかける。
「ダヴィド様。貴方には
そう話しながら、イルムヒルデが僕の目をまっすぐに見てきた。彼女の水色の瞳がキラリと輝く。
「いかがでしょう。
「僕……僕は……」
その問いかけに、目を見開きながら言葉に詰まる僕だ。
会いたい。確かに早くエスメイと会いたい。しかしそれは、戦闘の始まりにほかならない。
アリーチェがため息をつきながら、イルムヒルデに声をかけた。
「アイヒホルンの使徒様、それは少々、問いかけとして酷なのではありませんかぁ?」
「そうです。エリクに、友達を倒しに行く手伝いをしろだなんて……」
アグネスカも困ったような表情をしながらイルムヒルデに批判的な目を向ける。
それはそうだ。僕に、友達を倒したりあるいは閉じ込めたりするための手引をしろ、と言っていることに他ならない。
だが、イルムヒルデはゆるゆると首を振りながら言った。
「お気持ちは分かりますわ、ようく分かりますとも。ですがその『お友達』を放置していれば、何千何万という民が被害に遭うのですわよ。村の方々がどんな目に遭わされたか、その目でご覧になりましたでしょう」
「う……」
「それは……そうですけどぉ」
きっぱりと告げる彼女に、アグネスカもアリーチェも言葉に詰まった。イルムヒルデの言葉には、一つも間違いや誤りがない。これに反論するのは簡単ではない。
少しの間、沈黙が場を支配する。やがて、足元のわさわさと伸びた草を踏みながら僕は口を開いた。
「……イルムヒルデさん」
「はい、ダヴィド様」
僕の言葉を待つように、イルムヒルデが微笑んでくる。彼女の目をちらりと見てから、僕は意を決して声を上げた。
「エスメイは、良くないことをしたんです。友達だけど……友達だから、僕がちゃんと叱ってあげなくちゃならないと、思います」
エスメイは友達だ。だが友達だからこそ、エスメイが悪いことをしたのならちゃんと諌めなければ、と思うのだ。
僕が地球出身だから、こう考えるだけかもしれない。他の僕と同じ年頃の子ども達は、こう思わないかもしれない。でも、今はそれは関係ないのだ。
僕が行かなくては。僕がエスメイのところに皆を連れて行かなくては、自体は好転しないのだ。
「いい心がけですわ。ご友神を探すお手伝い、してくださいますわね?」
大きく頷きながら僕に声をかけてくるイルムヒルデに、僕はしっかりと、こくりと頷きを返すのだった。
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