幼き死告竜
聖域の中で倒れ伏したままの
何しろ血だらけの木の葉だらけなのだ。
僕、アグネスカ、アリーチェ、リュシールの四人がかりで
血の汚れで真っ赤に染まった生成りの綿布を水洗いしながら、僕が額の汗をぬぐう。
「これで、大丈夫かな」
「大丈夫じゃろう、地面に接している腹側は仕方ないがな」
聖域やその周辺の木々の様子を確認してきたルドウィグが、腕を組みながら大きく頷いた。
そして汚れを落とされたことで、この
背中に生えた二対四枚の翼はいずれも皮膜が大きく破れ、このままでは飛ぶことすら覚束ないだろう。
尻尾には何本もの深い切り傷が走り、ところどころで表面の鱗がえぐり取られている。
最もダメージが酷かったのは首から背中にかけてだった。深く大きな傷が走るだけでなく、焼け爛れたような痕が広範囲に広がっている。まるで炎の雨の中を歩いて来たかのようだ。頭の角も根元から折れている。
これだけ深い傷が幾本も走っていると、
神術にも
僕自身、そこまで
聖域にいるだけでも豊富な神力のおかげで僕達自然神に属する者は力を得るが、土地の神力を高めていけば通常の魔法の魔力効率もその分だけ上がる。リュシールも聖域の外なら一日に二度が限度の
血に染まった草地の上に腰を下ろしたまま、僕は
「リュシール、ここで治療するより、屋敷の庭に連れて行った方がいいんじゃないか?」
僕の声に、手元で
聖域の中とは言えど、場所が完全に森の中なのだ。足場も悪いし衛生的ではない、布も足りない。使える水は魔法でいくらでも生み出せるけれど。
しかしリュシールは、額に汗を浮かべながらゆるりと首を振った。
「残念ながら、それは出来ません……本来ならばこの聖域の中で、治療を行うことすら叶いませんでしたから、ここで出来るだけ僥倖というところでしょう。
この者は竜種です。自然神カーンでなく、火神インゲを奉じる者です。自然神カーンの領域であるヴァンド森の屋敷には、どう足掻いても立ち入ることが出来ません」
「
しかしそれも、彼らがカーン神を奉じるから、という大前提の下で成り立っている。インゲ神を奉じる者であっては、伴魔にしたとしても立ち入ることは出来んのじゃよ」
リュシールの言葉の後を継いで、ルドウィグも腕を組みながらそう答えた。
僕達が寝起きして、日々生活しているヴァンド森の屋敷は、このルピアクロワの大地のどこかに、地域として存在しているわけではない。
自然神カーンの力によって生み出された、ルピアクロワの次元から一段高いところに出来上がった、本物の聖域だ。教会や国家から聖域指定されている、この森の中心部とは訳が違う。
つまり、カーン神の力も、目も、ルピアクロワという世界より一等強く届くのだ。
そんなところに自然神の眷属ですらない、自然神を奉じてもいない竜種を連れ込むことなど、確かに出来ようはずもない。
光属性の治癒系神術よりも効果は劣るが、そちらを使うよりは効果的だろうと水属性神術の
「魔物の信仰はそうほいっと変えられるものじゃないですからねー、その神からの加護を受けると同時に、言葉を通じ合わせる力や、生きる力を授かっていますから。
別に、竜種だからってカーン神を奉じちゃいけないって訳じゃないんですけれど、そうしたらその魔物は竜種ではなく、獣種として扱われることになります。自分のアイデンティティーを捨て去ることになるわけですねぇ。
「うーん……そうだよなぁ……」
珍しく難しい顔をしたアリーチェの言葉に、僕は唸るしかなかった。
屋敷の建つ聖域に連れ込むことが出来ない以上、この
つまりは。
「ここに寝かせておいて、食料や水を屋敷なり外の森なりから運んでくるしか、ないってことかな……」
「今現在、取れる手段はそのくらいですね。
二度目の
そう、
ラコルデール王国の北方、フィネル公国に伝わる逸話で、
屋敷の周囲には森が広がっていて、
僕達が揃ってため息をついた瞬間。
「……グァァ」
「あっ……目が覚めましたか?」
ずっと伏せて目を閉じたままだった
ゆっくりと目を見開いた若い
視線をぐるりと動かして、僕、アグネスカ、アリーチェ、リュシール、ルドウィグを順番に見ていく
「グァッ!? ガァァァ、グルルァァ!?」
「グオゥッ、グォン、ガルルォォ」
「あっ、駄目ですよ! まだ回復しきってないんですから!」
自由にならないはずの身体を酷使して、僅かに頭を持ち上げた
ルスランがラガルト語を話せたという事実よりも、突然
「えっ、何、ルスラン? 二人ともなんて言ったの?」
「『
まぁ彼奴が驚くのも無理はないだろうな。大したことは言ってはおらん」
何食わぬ顔で通訳してみせるルスランが、フンと鼻を鳴らす。
先程頭を持ち上げたことで体力を消耗したのか、再び地に臥せって目を細める
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