魔法の使い方
山に入ってから
サバイバル生活の折り返し地点も見えてきた時分。僕は洞窟の前で魔法の練習に励んでいた。
イヴァノエもそうだったが、獣種の魔物は風属性や大地属性の魔法に適性を持つ場合が多い。イヴァノエが狩りの際に見せるあの身軽さも、風属性の魔法で身軽さを上げていたが故のものだそうだ。
「
合わせたその手をゆっくり、ゆっくりと放していくと、掌の間で激しく渦を巻く
竜巻は僕の手の中に留まって、その場で周囲の空気を吸い込んでは巻き上げていった。僕の周囲の砂ぼこりが吸い込まれていくのが見える。
僕は竜巻を右手で緩く
そして数瞬の後。
「はぁっ!」
右手を上から下に向けて振り抜き、手の最高到達点で掴んだ竜巻を放した。
はたして僕の手を離れた竜巻はすさまじい速度で前方へと飛んでいき、目標地点の木の根元に激突。そしてその木に向かって、激しい突風が周囲から吹き込んだ。
吹き荒ぶ風と舞い上がる砂ぼこりに、顔の前に腕をかざす僕。腕を下ろした時には、風の刃でズタズタに切り裂かれた木が、そこにあった。
『おー、使徒サマ、魔法も随分上達して来たじゃねぇの』
後ろから飛んできた声に振り向くと、イヴァノエが森の中から戻ってきたところだった。口元は血で真っ赤に染まっている。
僕は手の埃をパンと払って笑みをこぼした。
「まぁね、でもまだまだだ。イヴァノエみたいに効率よくはいかないよ」
『なーに、使徒サマはまだ若いんだからいくらでも伸びるさ。練習あるのみだ。
おい、
口角をくいと持ち上げたイヴァノエだったが、すぐさま後ろに頭を向けると厳しい口調で怒鳴った。
その大きな声に応える声が、森の中から弱弱しく聞こえてくる。
『待ってくださいよアニキ~、この
そして程なくして、木々の間を抜けてきた
よろけながら僕とイヴァノエの近くまで来ると、背負っていた
首をパックリと裂かれているそれは、
『はー、つっかれた~……お待たせしましたエリクさん、これが今日の獲物っす~』
その
この、一見して狼の
ルピアクロワを作り上げた神々によって最初からそのように形作られた
ようするに、
地球では進化論が根付いていたが、こちらの世界では進化するものは一概に魔物とされるらしい。これもまた、魔物を定義する一つの事由なのだとか。
そうは言っても街や村の中で暮らす
アリーチオがその場にバタリと、仰向けになって倒れ込んだ。どうやらこれまでの重労働が相当身体に堪えているらしい。
呻くように声を発するが、獣種の魔物なので発する言葉はベスティア語だ。
『あ~、もうダメっすアニキ、俺もう動けないっす~』
『んだよ、だらしねぇな畜生め。獲物を前にして寝そべるやつがあるかよ』
『そうは言ったって、俺、獣の解体なんて出来ないっすもん~。
イヴァノエが冷たい視線を投げるが、アリーチオは仰向けになったまま身じろぎもしない。これは本格的に役に立たないかもしれない。労働量を考えると無理も無いが。
僕はイヴァノエの肩を軽く叩いて、小さく頭を振った。僕に視線を向けたイヴァノエが大きな溜め息をつく。諦めたらしい彼が僕の方に身体を向けた。
『しゃーない、俺達で解体をしちまうぞ、畜生め。
使徒サマ、こないだ教えた
「あ、うん……なんとか」
『うっし、いい進捗具合だ。デカいところは魔法で、細かいところはナイフで、使い分けて解体していくんだぞ』
イヴァノエの言葉に頷いた僕は、右手をぐっと握りしめた。その手を肩に担ぐようにすると、そこから一直線に、剣を振るようにして
「
呪文と共に、僕の手から鋭い突風がギロチンの刃のように放たれた。風は
アリーチオが『びぇっ!?』と素っ頓狂な声を上げた。しまった、やりすぎたか。
僕の隣で
『使徒サマな、骨を断つために必要な威力が掴み切れていないのは分かるが、加減はしろよ。
魔法ってのは何も呪文を唱えればそれでいいってもんでもない。威力、射出方向、射出地点、範囲、その他諸々、きっちり頭の中でイメージしなきゃならねぇんだ。畜生め』
「分かった……ごめん、アリーチオ」
『いいいいいえ、エエエエリクさんが、いいいいいや俺の耳が無事なら、そそそそそれででででででで……』
イヴァノエの指摘に耳と尻尾をしゅんと下げつつ、僕はアリーチオに謝った。
頭のすぐ上を刃が通っていったことにアリーチオは盛大に震えているが、何とか怪我はせずに済んだらしい。よかった。彼の股間の方に目をやると微妙に湯気が立っていたので、そっちはよくなさそうだけど。
気を取り直して作業を再開する。イヴァノエが腹を裂いてくれたので、そこから内臓を引きずり出しては腕を振って魔法で寸断していく。
その様子を見ていたイヴァノエが、興味深げに口を開いた。
『そういえばあれだな、使徒サマはなかなか面白い魔法の使い方をするんだな。こう、腕をブンって振って』
『あ、そうっすよね~。ああいう動きをしなくても魔法は使えるのに、なんか意味とかあるんっすか?』
「え? これ?」
二人の言葉に僕は腕を振るうのを止めた。そういえば確かに、なんでわざわざ腕を振って魔法を使っているのだろう、僕は。
思い当たる節は前世の、地球での記憶にあった。僕の魔法を使う時の動きはどれも、僕―つまり
サーブを打つときの動き、ショットやスマッシュを打つときの動き、それをなぞることで魔法を放つイメージが掴みやすいため、行っていたと考えられる。実際、何も動きを付けない時よりも精度や威力は格段に上がっていた。
テニス部として練習していたことが思わぬところで役に立って、僕自身びっくりしている。が。
それはそれとして、これをイヴァノエとアリーチオにどう説明しよう。
作業の手を止めて、しばらく考え込んだ僕が出した結論は。
「まぁ、何となく、かな……?」
言葉を濁すという逃げの手法だった。
質問をかわされた二人は何とも納得していない、しかし追求しようという気持ちも無い、そんな表情をしている。僕はホッとしながら
実際、別の世界から転生してきたことを、他人に話す必要性は殆ど無い。話したところで信じてもらえるかが分からないし、そもそも信じてもらうメリットが今のところ無いし。
だから僕は極力、自分が地球から転生してきたことは話さないようにしていた。たまに向こうの知識や経験が出てきてしまうことはあるけれど、それらも出さないよう意識しないとならない。
やがて
『エリク兄、お仕事終わったー?』
『遊ぼうー』
「ありがとう、もうすぐ終わるけれどもうちょっとだけかかるんだ。ごめんね」
近寄って来たピーノとカストの頭をしゃがんで撫でる僕。それを横目で眺めつつイヴァノエが切り分けられた
『まぁ、皮を洗うのだけ先にやればいいだろ。肉を干すのは俺とアリーチオでやっとくから、使徒サマは早くそいつらと遊んでやれ』
『えっ、アニキ、俺もピーノ達と遊びたい……』
『あぁん??』
身を起こしたアリーチオに突き刺さる、イヴァノエの針のような鋭い視線。それに怯えながら慌てて立ち上がるアリーチオを目にした
この
「(このまま、何事もなく課外実習が終わってくれればいいな……)」
熊の皮を運びながら目を細める僕であった。
が、その考えが何とも甘かったことを思い知らされる時が、すぐそこに迫っていることを、僕はまだ知らなかったのである。
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