サバイバル生活の始まり

 座学の後、僕は転移陣ですぐさま聖域に戻った。

 ルドウィグとリュシール、アグネスカにサバイバル生活の課題について話すためだ。

 実際、僕はこれまで一人で夜を過ごしたことが今まで一度もない。

 そんな状態で1ヶ月1メスも山の中で生活することが、果たして出来るだろうか。

 正直言って、あんまり自信はなかった。


「ふむ、使徒殿が山林でサバイバル生活を送るには……そもそも拠点とする場所の確保が最重要ですな」

「エリク、料理は出来ますか? 簡単なものを教えましょうか?」

「生活する上での最低限の魔法も、今のうちに確認しておきましょうか」


 ルドウィグが、アグネスカが、リュシールが、口々に僕を心配してくる。

 特にアグネスカは幼少期から僕と一緒に居たから、その心配度合いが段違いだ。

 僕の両手をグッと握って、心配そうな視線を逸らそうとしない。


「アグネスカ様、エリク様が心配なのは分かります。私も心配ですから。

 しかし彼は自然神カーン様の使徒。自然の中でなら自然の側が味方してくれます」


 リュシールがアグネスカの肩を後ろから抱きながら、耳元で優しく囁きかける。

 それを受けてようやく、アグネスカは僕の手から両手を離した。

 握られていた手をゆるりと振って、僕はルドウィグをまっすぐと見た。その上で、質問を投げ掛ける。


「サバイバル生活の最中、動物や魔物の力は借りていいと思う?」


 僕の質問に、ルドウィグは大きく頷いた。


「勿論ですな。どんどん力を貸してもらうがよかろう。

 使徒殿は動物や魔物と心を通わせることが出来るのだから、食料の確保や寝床の確保、緊急時に備えての警護と、魔物に任せられる事柄は多いはずじゃ。

 また、動物以外に植物も力を貸してくれることじゃろう。

 どんどん頼れ、それが使徒殿の力になる」


 ルドウィグの力強い言葉に、僕の気持ちもだいぶ楽になった。

 そうだ、僕が頼れる相手はアグネスカやルドウィグやリュシールだけではない。この世界、この国にある自然そのものが味方と考えれば、これほど心強い状況もない。

 そうなれば、あとやるべきことは。


「ルドウィグ、リュシール」

「「はい」」


 しっかりと前を見据えた僕に、目を細めて微笑みを返す二人。僕は手をグッと握りしめて口を開いた。


「使徒の能力のちゃんとした使い方を、教えてくれ」




 学校では授業を受け、聖域でも授業を受け、3日3ティスはあっという間に過ぎていった。

 王都ウジェから馬車で30分3ジガー、僕とアルノー先生はとある山の麓にいた。


「ここがサバイバル授業の会場、ミオレーツ山だ。

 危険な魔物はこの近辺には住んではいないが、万一と言うことも起こりうる。

 一応俺の目は光らせておくが、なんかどうにもならないことがあったら、すぐに狼煙を上げろ」


 アルノー先生が、皮袋を手渡しながら言う。

 中を開くと狼煙用の着火材に加え、塩の小瓶と6日6ティス分の携帯食料が入っていた。

 つまり残りの期間、24日24ティス分の食料は、自力で確保しないといけないわけだ。


「獣の生息具合はどうですか?」

ウサギラパン栗鼠エキュライ鹿セーフオース……ループソンクリエも居たっけな。

 そいつらもうまく使えよ。時には味方に、時には食料に。

 この山はそんなに高さは無いが、夜は冷え込むからな。蒲団がわりにもなってもらうのもよしだ」


 なるほど、と思った。

 確かに動物に寄り添ってもらえば夜の寒さも凌げるだろう。アルノー先生が言っていた「ありとあらゆる・・・・・・・ものを使え・・・・・」というのは、つまりそういうことなのだ。


「分かりました、頑張ります」

「おう、死ぬなよ」


 頷く僕の肩を、アルノー先生は優しく叩いた。

 いよいよ、1ヶ月1メスに及ぶサバイバル生活が、幕を開けるのであった。



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