第15話 違和感

 レイは村の外れの四辻に着いた……

 右に曲がりソヤ山に向かう山道を歩く……


 レイは先程までに起こった出来事を頭の中で反芻する。

『何かが動きつつある、それは親父の死後から、やんわりと感じていた事だったが、今、形となって自分の前に現れた様な……』

 親父が俺に施した教育も……

 ジョリーがココに通過儀礼をしに来た事も……

 協会のカイ司祭のレイへの質問に答えない対応も……

 何かが動いているのだ……親父の死を引き金に……

 そう思う。

 山道は、昼間にも関わらず、両側の木立で薄暗く、遠くから獣の鳴き声やガサガサと草木の擦れる音が聞こえてくる。


 レイは自身の山小屋への道を行く……これなら昼前には到着できるだろう。


 山道の行程を半分程度か走破した頃……

 ……静かになる……いや、静かとは語弊がある……厳密には、自分の周囲から生き物の音が消えた……

 川のせせらぎ、遥か遠方での獣の遠吠え、風に揺れる草木の擦れる音はする。

 只、自分の周囲から生物の音だけが消えていた……


 ……違和感……


 しかし歩みは止めない……そのままのスピードで歩く……目だけを動かして、周囲を観察する……聞き耳をたてて、音の無い場所を特定する……

 左手側の背の高い叢周囲が静かだと気付くが、気付いた時には既にレイの後方に位置していた。

 レイは気にした素振りを見せずに、そのまま歩き進める……叢は遠く離れて行ったが、先程の違和感が、レイと並走するように追いかけて来る。

 だが暫くしてその気配もレイには希薄に成り、消え失せてしまいそうだ……それでもレイは後頭部に全神経を集中してその違和感の正体を感じ取ろうとしていた。


 ……後頭部にジリジリとした『何か』……それはだんだん希薄になる……それでも何もないように歩き続けるレイの後ろを『違和感』が追い掛けて来ているのではないか……あぁ、しかしレイはもう、気配を感じれなくなった……

 何処かへ去ったのか……レイが感知出来ない程、気配を消して追尾しているのか……

 分からぬまま、山小屋への道を歩く……

 山小屋へ行く事を止めようかとも考える……自身の住処を相手に知らせるのをレイは危険と感じる、ただ、今からこの1本道を方向転換するのも、自分が相手に感づいているのを知らせるようでレイは躊躇った……


 ……仕方無い……


 流れに任せるか……また、やり合うなら、見知った場所の方がいい……

 レイは覚悟して、山道を山小屋に向かう。

 何かあれば、弾ける様に、叢に飛び込む準備は出来ているが、結果何事もなくレイは、山道を歩き終わり、木々を伐採して開けた空間に出た。

 山小屋の庭だ……奥にレイの山小屋がポツンとたっている、庭の右側には鉄球がぶら下がった背の高い木がスラリと伸びている。


 ……着いた……


 先程の違和感の『人』『物』『獣』或いは『妄想』……何だろう釈然としなかった。

 只、静寂が在るだけ……に感じた。


 ……


 もし、『敵』なら自分が違和感に気付いていることを悟らせたくは無かった……だが殺す意図は感じない……もしそうなら、仕掛けるタイミングは沢山あった筈だ。


 ……よく親父が言っていた……


「良く『殺気を感じる』などと宣う、偉そうな達人ぶった輩が居るが……」レイは思い出す。

「そんなものが解れば苦労はせん……もし殺気と謂うものが在ったとしてもそれは、その本人の中にのみ在るものだ……そんなものが漏れだして、相手が感じられるとは笑いが止まらん」ヤーンはそう言うと、カラカラと嗤う。

 ……そして急に笑いを止め、「さすれば、如何にして、敵の『起こり』を感じる……」ヤーンはレイを観る。


 ……幼いレイは言う。


「動き、呼吸、目……後は」そう言い、レイは首を傾げる。

 ヤーンはレイの頭をゴシゴシ擦り……レイは痛さに顔をしかめる。

「おぉ、正解、正解」とヤーンは言い、破顔する。

 レイは余りの呆気無さに、唖然として……

「本当に……」と聞き返す。

「本当だとも、ワシは嘘はつかん」ヤーンは真顔になってレイを見る。

「『起こり』ってのは、開始の前の動作だよ……それは、動作でも、呼吸でも、目線でも、癖でも、何でも構わん、相手が行動を起こす前に行う行動だ」

 ヤーンはそう言い……

「なんちゃって達人の多くは、それを『殺気を感じる』などと神秘的に言っておるが、実際は相手の動作から、行動を読み取っているに過ぎない……まぁ、本来それが難しいのだが」ヤーンはカラカラ笑う。


 ……そんな事を言っていた……


『違和感』をまた感じる、雑木林の中から……流石にこの広場には出てこない様だ。


 ……レイは鉄球を吊った木を通り過ぎ、いつもの山小屋の前に立つ……


『違和感』は、雑木林の中から相変わらず『在る』

 ……道中よりも鮮明に解る……

 人1人分程度まで『違和感』を限定出来る。


 ……それは気配が無いという気配……


 獣・鳥・虫……そういった元来聴こえてくる筈の自然界の音がソコだけ無い……

 いや、無いと云えば語弊があるが……少ない……異様に……

 日々、ここに暮らすレイだから気付く事……

 だから、ここまで戻ったのだ……

 日常鍛練の場で、目を塞ぎ鉄球を避ける為に、残りの感覚を研ぎ澄ましていたこの場所だから……

 ……周囲の状況はレイにとって周知の場所だった……

 ここの違和感はレイにとって一番解りやすいモノだった……


 ……ここでやる……レイは覚悟を決めた……

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