第13話 調査対象

 ジョリーは『単なる興味です』といった風に、努めて気軽に話しかけた。

「レイは子供の頃からあんな調子なんですか?」

「えぇ、レイは子供の頃からぶっきらぼうでしたが、今の様な訳の分からない事する子ではありませんでしたね……」マダムユナはレイの子供の頃を思い出しながら話したのか、ネガティブな言葉とは裏腹に顔に笑みを浮かべて話を続けた。

「父親のヤーンは決して上品ではありませんでしたが、カラカラと笑い、誰とでも訳隔てなく談笑するタイプの人でした、レイは良く言えば誰とでも訳隔てなく無駄話をしないタイプと言えは良いでしょうか……悪く言えば言葉足らずのせいで、相手に理解出来ない言動が多いでしょう……」マダムユナは『分かるでしょ』という様な微笑を浮かべてジョリーを見た、先程の朝食のやり取りの事だろう。

 マダムユナが続ける「本人曰く『他人と自分が全く同じ経験をしていない限り完全な相互理解などあり得ない』と言うのが、あの子の持論なの……」マダムユナが少し呆れ顔で言う。

「まぁ……レイは人間関係にとても悲観的なんですね」とジョリーは言い、内心レイの発言を『子供っぽい……』と感じた。

 戦馬鹿はやはり、戦いの事ばかりで社交性など学習していないのだろう。

 ……マダムユナはジョリーの返答とその表情を観て、自らの発言が少し違う意味に理解されたと感じたが、敢えて言う事は控えた。

 レイ自体が社交性に乏しく、会話が下手な事は事実だ……

 それはレイ自身も感じているだろう。

 ジョリーはその後もレイの事を根掘り葉掘りマダムユナに質問したが、レイの子供の頃の話は沢山聞けたが、肝心の最近の動向についてはマダムユナは「……多分山奥に篭って剣の修行をしているのでしょう……」といった感じで余り教えてくれなかった。

 或いは……現在レイは母親から離れて山で一人暮らしなのだからマダムユナも今の詳細を知らないのかも知れない……とは言え、血の繋がった母親が自身の息子の動向をこれ程気にしないのか?ジョリーは少し疑問に思ったが、自分には母親が不在だった事で、必要以上に母親の愛情というものを美化しているのではないか?と思い直した。

 レイももう18歳の筈だった。

 大人の一歩手前である、そろそろ普通の母親は、自立した子どもに対して、そこまで気を使ってはいないのではないか?

 母親という存在を得られなかった自分は、母親がこうあって欲しいと云う理想を、この女性に向けていただけかも知れない……と考える事にした。

 ジョリーはマダムユナに宿泊と朝食の件も兼ねて感謝を述べると、

「ユナ様、私もう行きます、もし王都に来る際は、必ずウチに寄って下さい」と言い足しスカートを両手で摘む様な仕草をして、【実際は革のパンツを履いていたのでスカートなど履いていないが】ちょこんとお辞儀をした。

 マダムユナは可愛いその仕草に破顔し、ジョリーに近付き抱擁した。

 ジョリーは感じた事の無い母親と云う存在をマダムユナに感じ、自分の母親がもし生きていいたら……こんな感じなのかと抱擁した数刻の間、思いを巡らせた……


 マダムユナと挨拶の後、ジョリーは玄関を出た、庭先では帯刀したまま、拳を突き出し、低い蹴りを放つレイがいた「剣匠なんだから剣術ばっかりしているのかと思ったわ」ジョリーが言うと……

「剣匠と言いつつ、徒手空拳で戦えるなら、相手に優位に立てるだろ」とレイが言う。

「…… 騙しているんだ……」ジョリーがぼそりと言う。

「そうだな、騙しているのかも知れないな……」レイは静かに同意して、「もう帰るのか?王都に……ちゃんと情報収集は出来たのか?」と付け加えた。

 ジョリーはレイの言葉にハッとして「……それなりに……」と濁して答えた。

「俺の母親はあぁ見えて手ごわいぞ……まぁいい、さよならだ……」レイはそういうと自分から振り返り宅内へと戻って行った。

 庭に取り残されたジョリーは釈然としない思いのまま、王都に向かう村の十字路に歩を進めた。

 レイと相対した十字路の手前まで来た。

 そして上着のスロットに差し込んだ先の折れた苦無を観る。

 面白い男だった。

 いや面白い家族だった。

 あの程度の期間では調査時間が足りなかった。

 王都に居ない事や、実戦経験が無い事でレイの実力は未知数だった。

 その為、これから王都に来るだろうレイの腕前を見てくる事とヤーンを亡くした事でマダムユナの御身体に障りが無いか診てこいと父親に頼まれたいうのが今回の案件なのだが、マダムユナの体調は特に問題無い様だった。

 足の調子も以前と同様で、ヤーンおじさんを亡くされた事も漸く乗り越えつつある様だった。

 そしてレイの方だが、手合わせしてみて当初の目的であるレイの技量については粗方想像がついた、戦術に於いて少なくとも自分よりは確実に上だった。

 その為、彼の限界は把握出来なかった。

『戦術において私よりは腕が立つ……』父親への回答はコレしかなかった。

 索敵と隠密においては同等かジョリーが上だと云う自負があるが、戦闘面ではレイには適わないとジョリーは判断した。

 他の部分でも、特に考え方の面で非常に特異だと感じた、戦う事に特化した思想が彼には在る。

 彼は日常が戦場なのだ。

 そう思って日々を暮らしている。

 言い過ぎかもしれ無いが、彼は平和な日常がいつ戦場に変わっても大丈夫な様に常に準備と戦場を夢想しながら、日常生活を送っている様に思える……

 その夢想の度が過ぎている……

 まるで今にでも前回の大戦の様な戦が始まると信じている様だった……

 もしこのまま、平和が続いた時、彼はどうするのだろう?

 ジョリーは一度レイの自宅の方を振り返り眺めた後、十字路を王都の方へ歩き始めた、今からなら、平均的な一般人なら夜間の到着になるだろう宿場町にはジョリーなら夕方までには到着できるだろう。

 2日後の王都に着くまでに再度レイの事について考えを纏めておこうとジョリーは考え、そして走り始めた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る