第82話~想い~

~新宿・歌舞伎町~

~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~



 店舗予定地の現地視察を終えて、再びホールをくぐって新宿区役所に戻ってきた時は、既に昼の3時を回っていた。

 本社に戻って仕事の続きをするという宗次朗と由実と別れて、僕と政親が向かうのは僕の仕事場、「陽羽南」歌舞伎町店だ。僕以外の社員の皆と、バイトの寅司が開店準備をしている中、僕と政親はエレベーターの扉を開けて中へ入る。


「ただいま。ごめん、遅くなった」

「お疲れ様、みんな」


 僕が声をかけつつ社長が手を挙げると、ちょうど日本酒を冷蔵庫に入れていたシフェールと、ビールのアルミ樽を運んでいたアンバスが目を見開いた。

 それもそうだろう、今日に僕が店に出勤するかどうかは不透明で、「もしかしたら休むかも」と連絡を入れていたのだ。とはいえ、連絡を入れてからほとんどすぐにチェルパに行ってしまっていたので、メッセージへの返答は読むどころか、届いていなかったのだけれど。

 ともあれ、急に姿を見せたことに二人も、他の面々も驚いていた。


「マウロ? それに社長」

「どうしたってんですか。一言『今日は出勤が遅くなるか、休むかもしれない』と言い残して、以降既読もつかねぇで……」


 アンバスが訝しむような目でこちらを見てくるのを、申し訳ないと思いながら僕はくいと親指を立てた。正直、やり切った気持ちで一杯なのだ。


「エメディオに、社長と瀧さんと福永さんを連れて、新店舗オープンの手続きをしてきた。もう場所も確保してある」

「へええ?」


 僕の発言にアンバスが大仰な声を上げる。同時にパスティータも掃除の手を止めてこちらに駆け寄ってきた。エティもモップを手にしたまま、その場に固まってこちらを見ている。


「この間話をしていた、チェルパへの店舗展開の話か」

「大丈夫だったの? 受け入れられた? だって商人ギルドのギルドマスターってあのディーターさんでしょ」


 冷蔵庫に日本酒をしまい終わったシフェールが立ち上がりながら言うと、パスティータも興味津々と言った様子で問いかけてきた。

 ディーター・ビショフリッヒェに対するエメディオの冒険者からの評価は、一貫して「堅物」だ。いつでもどこでも誰に対しても丁寧、その慇懃無礼いんぎんぶれいにも思える態度に、冒険者たちは恐れ、遠巻きにしていたものである。

 しかし、蓋を開けてみたら実にすんなりと事が運んだわけだ。小さく肩をすくめて微笑みながら僕は言う。


「好意的に見てもらえたよ。僕の商人ギルドへの所属も認められた」

「マジか……!」

「すごい!」


 僕の言葉に、店内の皆がわっと沸き立った。チェルパと関わりのない、サレオスやディト、寅司も嬉しそうだ。

 と、信じられない表情をずっとしていたエティが、目を大きく見開きながら口を開いた。


「え……じゃあ」


 何かに気付いたような、愕然とした表情で。エティは縋りつくように僕に言ってきた。


「マウロは、そっちのお店・・・・・・の店長さんになる、ってこと?」


 その言葉に、僕は苦笑を返すしかない。

 確かに、新たにオープンするエメディオ市店の店長に就任する、と言うのが一番スムーズだろう。僕は商人ギルドに所属するれっきとした商人で、日本の料理にもお酒にも精通しているし、なによりチェルパの国々、人々のことをよく知っている。

 とは言ったものの、この歌舞伎町店を預かる店長の職を辞するつもりは、以前も今も一切ない。


「どうかな。ねえ社長」

「そうだね」


 政親に顔を向けて微笑むと、彼もこくりと頷いた。そうして、一歩前に歩みだしながら説明を始める。


「地球からチェルパへ、なんなら新宿からエメディオ市へ、自由に行き来できるのは今のところマウロ君だけだ。食材の移送、飲料の輸送、そうしたことを考え始めると、確実にマウロ君の能力が必要になる」


 政親の言葉に、その場の全員が聞き入りながら固唾を飲んでいた。リンクスの社長は彼で、僕はその社員。政親の判断に全ては委ねられていると言っても良い。

 その政親が、微笑みながらその場の全員に告げた。


「だから、マウロ君には歌舞伎町店の店長職とは別に、新設する食品輸送室の室長に就任してもらうことにした。食材や飲料の購入手配は歌舞伎町店で一括して行って、適宜エメディオ市店に運んであっちで調理してもらう」


 政親の発言に、僕以外のその場の全員が目を見開く。一介の店長職から新規部署の室長。大躍進もいいところである。

 しかも店長兼任。つまりマウロ・カマンサックがこの店を離れる必要はない、との判断だ。

 さらに政親は僕の肩に、優しく手を置きながら言葉を続けた。


「エメディオ市店の店長と調理スタッフは、この後社内で募集をかける。ホールスタッフと一部の調理スタッフは、現地で募集するつもりだよ」

「へえ……」


 話し終えた政親に、声を漏らしたのはアンバスだったか。そのまま自然発生的に、誰からともなく拍手が起こった。

 僕を包み込む拍手の中、サレオスがふと不安そうに口を開く。


「でも、何かあるたびにマウロさんがホールを開いてたら、マウロさんに負担になるんじゃないですか?」


 彼の言葉に、ちらと僕が政親に視線を向ける。ちょうど彼もこちらを向いて、視線が交錯した。互いににこりと笑いながら、小さく頷く。

 そして政親は、大きく両腕を広げながら言った。


「ああ、そのことだけどね、実はもう解決済みなんだ」

「えっ?」


 その言葉にサレオスが声を漏らした。確かに、今までの話には何も、ホールについての話は出ていない。これは僕と、政親にしか分からないことだ。

 再び政親が僕の肩を叩いて言う。


「マウロ君」

「はい」


 短いやり取りの中で僕はその意図を掴んでいた。おもむろに歩き出すと、エレベーターの横、ビルの窓に向かって立つ。

 何もない空間の壁際で、僕は窓に指を突き入れる・・・・・ように空間を掴んだ。


「よいしょ、っと」

「えっ」


 そのまま左右に空間を引き裂くと、ポッカリとその場にが空く。ねじ曲がった空間が穴の中心に向かって消えていく。

 ホール開通完了だ。しかもこれは人為的に開いたホール、それは他の面々の目にも映っている。当然、驚きの声は大きかった。


「えぇぇぇ!?」

「な、何を、マウロ!?」


 困惑と驚きを露わにする仲間たちに、僕はにっこりと笑いながら振り返った。

 このホールはシュマル王国エメディオ市リリン通り、居酒屋「陽羽南」エメディオ市店の店内入口そばに繋がっている。今開いたこのホールの、開通許可は既に区役所に申請して承認済みだ。


「新宿区役所転移課には申請を済ませてある。この店の店内なら、ホール開きっぱなし・・・・・・にしていても問題ない。クズマーノさんのお墨付きだ」


 ホールを指し示しながら話す僕に、仲間たちのあごが揃ってストンと落ちた。

 我ながらとんでもないことをしているとも思うが、出来るのだしやっていいと言われているから問題はない。

 アンバスが口をあんぐり開けたまま、ホールをまじまじと見つつ言葉を漏らす。


「マジか、すげーことしてんな」

「信じられない……」


 今まで静かに話を聞いていたシフェールも、珍しく驚きを露わにしているようだ。現実離れしたことをしている自覚はあるから、無理もない。

 ホールの前に立ったままで、僕は皆にまっすぐ視線を向ける。


「まあ、とにかくだ。僕はまだこの店の店長を続けるけれど、エメディオ市店のサポートもしないといけない。チェルパから地球に転移してきた皆を帰還させる仕事も今後していかないといけない」


 そう、僕のやることは山積みなのだ。チェルパから地球に転移してしまった皆が、果たしてどれほどいるか見当もつかない。新宿区外にもそうした人はいるかもしれないし、国外にだっている可能性もある。

 それに僕のホールは、およそ思いつく限りの全ての世界に繋げることが出来るのだ。地球から故郷に帰還したい異世界人を帰還させる事業も、不可能ではないと思っている。

 その為には、僕だけじゃない、皆のサポートが必要だ。


「だから、皆。もうちょっと、僕に力を貸してくれるかな」


 はにかみながら投げかけられた僕の問いかけに、パスティータ、アンバス、シフェールが同時に頷いた。


「今更」

「ここまで来て反対意見なんてねぇよ」

「無論だ」


 それとほぼ間を置かずに、サレオス、ディト、寅司が声を上げる。


「僕も頑張ります!」

「私も、カマンサックさんが頑張るのなら、力を尽くします!」

「俺もやりますよ!」


 皆の言葉に、僕はホッと息を吐き出した。

 チェルパから共に転移してきた仲間たちも、地球で出逢った仲間たちも、同じ方を向いてくれている。それがとても有り難かった。

 ただ。


「……」

「エティ?」


 エティ一人だけは、思い詰めた表情をしてうつむき、無言のままだ。パスティータが声をかけるも、視線を逸らすばかり。

 その場の全員の注目が集まる中、エティ・ジスクールは予想だにしない言葉を、やっとの思いで吐き出した。


「マウロ、ごめん。私は、出来るならチェルパに帰りたい」



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