第79話~ジャガイモのフレット~
~シュマル王国・王都エメディオ~
~国立冒険者ギルド併設の酒場~
何人もの冒険者が姿を消したとは言え、国立冒険者ギルドの酒場は相変わらず賑わっていた。たくさんの冒険者がエールを飲み交わし、ジョッキを掲げ合っているのが見える。
酒場の中央付近のテーブルに腰を下ろして、宗二朗が店内を見回しながら言った。
「なかなか大きな酒場ですね……」
「異世界と聞いていたが、随分と発展しているようじゃないか」
政親も感心した様子で口を開くと、ランドルフが鬣を触りながら自慢気に言った。
「うちのギルドはシュマルの中でも最大級、所属する人間の数も多いからな。それだけの人間を食わせていくには、それなりのサイズの酒場が必要ってもんだよ」
そう話しながら、彼は視線を店内に向ける。確かに一時期は400人以上の冒険者が在籍していた大ギルドだ。それだけの数の冒険者が、酒場に一堂に会することもたびたびあった。だから、このギルドの酒場は所属する冒険者を全員収容できるだけのサイズがあるのだ。
するとランドルフが、視線を僕の方へと向けてきた。
「さて、マウロ。この御仁にうちの料理を食わせろ、って話だったな?」
「はい、お願いします。必要なことなので」
親指で政親を指し示しながら言うランドルフに、僕はこくりと頷いた。実際、この世界の料理を食べてもらうことが絶対に必要だ。そうしないと彼らは地球に帰れないのだから。
僕の言葉に頷いたランドルフが、再び視線をテーブルを挟んで向かい側、政親たちの方に向ける。
「分かった。ところでお三方、酒は行けるクチか?」
ランドルフが問いかけると、政親も宗二朗も由実も、揃ってこくりと頷いた。
「もちろんだ」
「俺ももらいましょう」
「私も……折角ですので」
どうやら三人とも、お酒を貰うつもりでいるようだ。嬉しそうに頷いたランドルフが、テーブルの下にフックで掛けられていた木製のメニューを手に取りながら言う。
「よし、分かった。じゃあゴールデンエールを5つ……後はそうだな、ジャガイモのフレットを三人前、あとはローズビートのピクルスあたりでやるか。他に食いたいもんがあったら言ってくれ、俺が出す」
「すみません、マスター。ありがとうございます」
チェルパでは定番の酒のつまみの名前を挙げながら、フック付きのメニューをテーブルの下に戻すランドルフだ。どうやら奢ってくれるらしい。ありがたい。
僕がお礼を言うと、政親が小さく目を見開いた。
「フレット?」
「聞かない名前だ。どんな料理ですか?」
宗二朗も話に乗っかってくる。確かにフレットは地球人には馴染みのないメニューだろう。ランドルフが小さく笑い、親指と人差指の腹を2センチほど離す形を作りながら説明する。
「ジャガイモだのローズビートだのの、根野菜をこんくらいの厚さに切って、熱した油で揚げる料理だ。中まで火が通ったら油から上げて、塩とペペルを振って食う」
彼の説明に政親が目を見開いた。
フレットとは要するに野菜の揚げ物のことで、地球で言うところのフライドポテトだ。主にジャガイモやローズビート、ニンジンなどの根菜を2センチ厚くらいに切って、熱した油で揚げたものを言う。
根菜を輪切りにして使うので、中がほくほくして美味しいのだ。表面のカリッとした食感との対比も美しい。ペペルの実を削ってかけるので、香り立ちもなかなかいい。
料理の説明を聞いた三人が、ほっと胸をなでおろした。
「なるほど、つまりはフライドポテトの一種か」
「やはり、揚げたジャガイモは酒のつまみの定番ということですか」
「こちらの世界にもあるのですね、揚げ料理……」
政親の言葉に宗二朗と由実も頷いた。確かに地球でも、揚げ物料理はお酒のおつまみとして鉄板だ。
抵抗なく受け入れた様子の三人に、満足した様子で頷いたランドルフがさっと手を挙げる。
「そういうこったな。じゃ、注文するぞ」
呼ばれてやって来たウェイトレスのエルフ、アニー・シュタッフェルターに注文を告げる。そこから厨房に向かっていったアニーが、程なくして五人分のエールのジョッキと、ローズビートのピクルスが盛られた皿を盆に乗せて持ってきた。
「お待ちどうさまでしたー、最高級のゴールデンエールとピクルスです」
「おおっ、香りが強いね」
エールから立ち上る華やかな香りに、政親が目を見開いた。確かにゴールデンエールは香りが強いことで有名だ。このギルドは毎日のように酒屋にゴールデンエールを買い付けているから、いつでも新鮮なゴールデンエールが飲める。
小さく笑みを見せながら、僕がゴールデンエールについて三人に解説した。
「ディエチ首長国産のファイスというハーブを、コルネというホップみたいな花と一緒に使った、ゴールデンエールという高級エールです。軽やかな旨味と強い香りが特徴なんですよ」
「ふむふむ、なるほど」
僕の話に政親が興味深そうに身を乗り出してきた。そのまま下を向いて、少し濁ったガラス製のジョッキに入ったゴールデンエールに目を向ける。
何だかんだ、酒のバリエーションは多い世界だ。醸造技術もそれなりに出来上がっている。後は流通経路の問題だ。
そうこうする間にも、さっさとランドルフが各人にエールのジョッキを回していく。
「よし、それじゃ
ランドルフの言葉に従い、五人ともがジョッキを持つ。そしてランドルフが、高らかに野太い声を張り上げる。
「異世界からの来訪者の健康と、新しい事業の成功を願って……
「
乾杯の温度に、政親もすぐさま
そこからは酒盛りの時間だ。勢いよく政親がジョッキを傾ける。ぐっぐっと音を立てながら、僕を含む五人がエールを口、喉、食道、と流し込んでいく。
「ぷはーっ、なるほど美味い! 苦味はそこまでではないがなかなか甘いね」
「これはなかなかハマる味ですね。重厚感がない分飲みやすい」
「そうですね。随分と旨味もあります。驚きました」
宗二朗も由実も、シュマル王国のエールの美味しさに驚いたらしい。際立つ香りは地球のエールにも負けていない。それに麦芽の甘味と旨味、ファイスの爽やかな苦味。これがまたいい具合に刺激を与えてくれる。
大きく笑いながら、ランドルフがテーブルを指先で叩いた。
「はっはっは、なんだお三方、なかなか味のわかる連中じゃないか」
「三人とも飲食のプロですからね」
彼の言葉に、小さく笑いながら僕が言葉を添えていく。
そしてエールを飲み進め、ピクルスをつまんでいると、アニーが大皿にどっさりと盛ったフレットを持ってきた。
「ジャガイモのフレット、お待ちどうさまでしたー」
「お、来たか」
テーブルの真ん中にフレットの大皿が置かれる。たっぷりとかけられたペペルの実の香りが鼻を刺激した。その香りを嗅いだ三人が目を見開く。
「ほう、これがフレット」
「確かにフライドポテトとよく似ていますね」
「嗅いだことのない香りがします。これが、ペペルの香り、と?」
三人とも、異世界の料理に興味津々という様子だ。にやりと笑ったランドルフが、フレットの大皿を指し示す。
「ま、とりあえず食ってみろ。美味いぞ」
「では」
言われるがままに、三人ともがフォークをフレットに伸ばした。ジャガイモの表面を刺せば、小さなパリッと言う音とともにフォークがジャガイモに突き刺さる。
湯気を立てているそれを政親が率先して口に運ぶと、彼は目を見開いた。
「ほうっ、美味い!」
政親に続いて、宗二朗と由実もフレットを口に含む。そして二人とも目を見開いた。
「口の中にも香りが広がりますね。美味い」
「火が通ってホクホクしています」
そのままどんどん、フレットを食べていく三人だ。どうやら味を気に入ってもらえたらしい。
これで、この国の料理がどんなものか、どのくらいの調理技術があるのかを分かってもらえたはずだ。嬉しそうに言いながら、ランドルフがまたも手を挙げる。
「そうだろうそうだろう。よーし気に入った、どんどん頼め、そんで俺に話を聞かせろ! おいアニー、ゴールデンエールを5杯追加だ!」
「はーい」
注文をとったアニーが厨房へと向かっていく。そしてすぐに、お盆に乗った5人分のエールが僕たちのテーブルに運ばれてきた。
~第80話へ~
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