第67話~予期した再会~

~新宿・歌舞伎町~

~居酒屋「陽羽南ひばな」 歌舞伎町店~



 時間は過ぎていって、午後9時。バイトの二人は仕事を終えて帰る時間だ。


「お疲れさまでーす」

「また明後日、よろしくお願いします」

「はーい、お疲れさまでーす」


 私服に着替えた寅司とディトが頭を下げれば、僕も朗らかに声を返して。

 二人がエレベーターに向かったところで、ちょうどそのエレベーターの扉が開く。中から姿を見せるのは澄乃だ。


「お邪魔しまー……あれ、そうか。寅司君とディトさん、上がり?」

「あ、澄乃さん」

「お疲れ様です、お先に失礼します」


 澄乃がこの店にいた時からここで働いている両名、彼女がこの店にやって来ても驚くことはなく。ペコリと頭を下げるが、エレベーターには乗り込んでいかない。どうも、人が多くいる様子だ。

 ちょうど側を通りがかったアンバスが、彼女の姿を見やって声をかける。


「あれ、寮長。どうしたんっすか」

「うん、ちょっとね……さ、早く降りて降りて。エレベーターあんま止めてられないから」


 別の寮に引っ越したのに寮長も何も無いものだが、今はそれを気にする様子も無い。澄乃がエレベーターの方に視線を向ければ、そこから姿を表したのは一人の鳥人バードレイスだった。

 翡翠色の短髪に淡い色の肌、髪色と同じ色をした翼を背中から生やした、顔立ちに比して筋肉質な肢体。

 すぐに、それが誰かを思い当たった。アンバスも同様に声を張る。


「カルロッタ!?」

「お前、バンフィか……?」


 驚きの声を上げたアンバスに、鳥人バードレイスの女性――カルロッタ・ガーギッジは目を見張って目の前の竜人ドラゴンレイスを見た。

 シュマル王国でも最強の一角を担う冒険者。『飛跳ひちょう』の異名を取る王国最強の軽戦士。冒険者としてはそれなりの高みにいたアンバスとも、当然のように顔見知りである。

 次いで、アンバスの視線は彼女の後方、エレベーターから降りてきた女性たちに向いた。

 人間ヒューマンが二人、鹿の獣人ビーストレイスが一人。カルロッタを含め、彼女たちにも見覚えが当然のようにあった。

 アンバスが、呆気にとられたように声を上げる。


「それにお前、アランナに、ロザリンダ、フィーナまで……おいおい、マジかよ」

「あ、彼女たち、やっぱり皆の知り合いだったんだ」


 三人と入れ替わりにエレベーターに乗り込んで帰路につく寅司とディトを見送りながら、アンバスがぴしゃりと額を叩いた。彼女たちの出自を知っているかのような物言いに、澄乃が笑みを見せた。

 厨房から顔を出した僕も、したり顔でカルロッタに声をかける。


「あぁ、やっぱり新宿区に転移していたんだな、『八枚の翼オクタアイレ』の皆」


 そう、ここに新たに現れた女性四名は、シュマル王国最強のパーティーとして名高い『八枚の翼オクタアイレ』のメンバーだ。

 リーダーで軽戦士、Sランクのカルロッタ・ガーギッジ。

 A+ランクで召喚士のアランナ・レイヨン。

 同じくA+ランク、弓兵の獣人ビーストレイス、ロザリンダ・モンルイ。

 Aランクの僧侶、フィーナ・ブレディフ。

 構成員の全員が女性という異色さも相まって、世界中にその名を知られている冒険者パーティーが、そこにいた。

 僕の存在に気が付いたカルロッタが、ゆるゆると頭を振る。


「カマンサックか……まさかこんなところで、お前たちと顔を合わせることになるとはな」


 脱力しながら話すカルロッタに微笑みかけて、僕は彼女たちの後方に立ったままの澄乃に目を向けた。ここに連れてきたからには、相応の理由があるはずだ。


「で、澄乃さん、どうしたんですか、彼女たち」


 僕が問いを投げれば、澄乃も苦笑しつつ肩をすくめて。そうして、事情を話し始めた。


「うん、彼女たち、うちの店に来たんだよ。『陽羽南』新宿西口店の方に。話を聞いたらチェルパからの転移者みたいだし、マウロちゃん達とも知り合いっぽいから、連れてきた方がいいかな、って思って」

「なるほど、ありがとうございます」


 彼女の慧眼に、僕は素直に頭を下げた。新宿西口店であれこれとやられるよりは、早急に歌舞伎町店こっちに連れてきてもらったほうが、確実に面倒にならない。

 僕は視線をフロアに向けた。ちょうど、B卓を片付け終わったエティが、新しい皿をセットし終わったところだ。


「エティ、B卓はもう片付いてるよな?」

「うん、オーケー。通せるわ」


 僕の言葉に、彼女はこくりと頷いて。それを受けて、僕は大きく声を張った。


「よし、じゃカルロッタ達を案内して。B卓4名様のお越しでーす!」

「「いらっしゃいませー!!」」


 エティも、アンバスも、パスティータも出迎えの声を張り上げる。ただ一人、状況を直接見ていなかったシフェールが、厨房の奥から僕に声をかけてきた。


「『八枚の翼オクタアイレ』が来たのか?」

「ああ。まぁいずれ来るとは思っていたけどね」


 彼女の言葉に苦笑を返して、僕は戻ってきた皿やグラスを洗う。

 実際、予期出来た再会だ。チェルパに一時帰還した際に、アキレスが『八枚の翼オクタアイレ』が転移した話をしてくれていた。

 彼女たちが地球に、それも日本の東京に転移しているというのは、容易に予想がつく話であって。

 僕がそんなことを考えている合間に、最初の注文を受け取ったアンバスが声を張り上げる。


「B卓生4いただきましたー!」

「「ありがとうございまーす!!」」


 四人とも生ビール。概ね通常のオペレーションどおり。洗い物の手を止めて手を拭い、ジョッキを握ってはサーバーからビールを注いでいく。

 すぐさま四人分、なみなみとジョッキにビールを注いだら、それをカウンターに置いて声を張る。


「B卓生4どうぞー!」

「「了解ー!」」


 それを受け取り、盆に載せたエティがB卓までビールを運んでは、テーブルの上に一つ一つ置いていく。その動きには、淀みは一切無い。


「はい、お待たせしました。生ビール4つです」

「ありがとう……わ」

「ここのビールも冷たいな……シンジュクの酒場は、どこもこうなのか?」


 ジョッキをそれぞれに振り分けようと、手を触れたアランナが咄嗟に手を引いた。やはり、冷たさに驚いた様子で。数ヶ月前の僕たちを見ているかのようだ。

 感心した様子のカルロッタへと、エティが笑みをこぼしながら答える。


「ちゃんとしたところは大概そうね、ぬるい生ビールはまずいもの。注文があったら、手を上げて呼んでちょうだい。メニューが読めなかったら説明も出来るから」

「ああ……その、ジスクール、早速で済まないんだが」


 答えるエティへと、カルロッタが早速声をかける。やはり、まだひらがなやカタカナを読むまでに、日本語に習熟しているわけではない様子だ。

 僕たちは地球に転移してきたその日のうちに政親に拾われ、そのままリンクスに就職してみっちりと日本語の教育を施されたから、一ヶ月でひらがなカタカナを読めるくらいにはなった。

 だが、他の転移者が同じルートを辿るとは限らない。

 僕は後ろを振り返りつつ、唐揚げを揚げるシフェールへと声をかけた。


「シフェール、やっぱり、ラトゥール文字対応のメニューも作った方がいいと思わないか?」

「そうだな……チェルパからの客ばかりが来るわけではないとはいえ、ここはチェルパからの入植者がやる店だし」


 フライヤーに視線を向けながら、彼女がこくりと頷く。

 この店の従業員はほとんどがチェルパ出身、提供する料理もチェルパの郷土料理がちらほらある。メニューにチェルパで広く使用されているラトゥール文字を載せたとして、誰も文句は言わないだろう。

 そんなことを考えている間に、カルロッタたちは注文が決まったようで。エティがテープルのそばにいながら元気に声を発した。


「B卓、キャベツ1唐揚げ1ポテトフライ1グスターシュ1いただきましたー!」

「「ありがとうございまーす!!」」


 応答する僕たち。早速色々入ってきた、準備をしなければ。

 塩ダレキャベツを用意する僕の耳に、ロザリンダが話す声が聞こえてくる。


「ねえ、エティ」

「はーい?」


 気軽に返事を返すエティ。そんな彼女に、ロザリンダは殊更に不安そうな声色で声をかけた。


「お仕事、つらくない? 大丈夫?」


 その言葉に、きっとカルロッタ以下の三人も神妙な面持ちをしていたことだろう。しかし問われた彼女は、明るい口調で言葉を返した。


「私は平気よ。毎日充実しているし、楽しいわ。心配なのは、私に会えないお父様が荒れていないかってことくらいよ」


 その発言に、四人とも思うところはあったらしい。からからとした笑い声が、テーブルから聞こえてきた。


「ははは、なるほどね」

「ジスクール司祭様は子煩悩でいらっしゃるから、今頃枕を濡らしていらっしゃるかも」


 アランナが笑えば、フィーナも軽口を叩く。

 それを聞きながら、カルロッタが静かに言葉を漏らした。


「そうか……なら、いいが……」


 そう話しつつ、運ばれていった生ビールを飲みつつ。カルロッタは神妙な表情を崩さない。

 しかして、ビールを半分ほど飲んだところで、カルロッタの視線がカウンターの中の僕へと向いた。


「カマンサック、いいか」

「はい、何か?」


 努めて平静に、僕は声を返す。この瞬間はまだ・・僕は店主で、カルロッタは客だ。あんまり親しく話すわけにもいかない。

 とはいえ、その関係はすぐに崩れることになるわけで。


「少々、込み入った話をしたい。仕事中だろうから、そっちに近い席に移りたいんだが……もし全員移るのが難しいようなら、私だけでも構わない」


 カルロッタの発言に、僕はカウンターへと視線を向けた。

 1席と2席は埋まっている。他は空いているから、来てもらう分には構わないだろう。四人ともカウンターに来られて、カウンターが埋まっては本末転倒だが。


「分かった。今はお客さんも少ないから、カルロッタだけならいいよ。パスティータ、カルロッタのお皿と箸、カウンターの4席に移して」

「はーい」


 僕の声を受けて、パスティータがすぐさま動く。

 カルロッタの使った皿と箸、彼女が飲んでいた飲みかけの生ビールのジョッキが、僕の前にある席に運ばれて。

 しかして、カルロッタが僕の目の前の席へと、静かに腰を下ろした。



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