第34話「神の力を宿す者」


一撃、また一撃と攻撃を加える両者だが、どちらもあと少しというところで、互いの武器に遮られる。

優は能力により緑の光を起こす黒刀・夜那と、蒼刀・空海。龍は背中から能力により出現させた2本の黒龍。

それらを相手の急所を捉えようと何度も衝突させるも、やはり両者とも引かない。


「はぁっ!!」

2本の刀をX字に交差させ、思い切り振り下げた優だったが、龍の操る黒龍の渾身の突きにより龍には届かず。


ここまで来て、地面を蹴り一旦距離を取る優。先程から続く龍との戦いで、攻守を繰り返していた為、自然と息が上がる。

龍も優に合わせて、体勢を整えていた。


そこで、ふと優が龍の髪に目を向けると、以前より白髪が増えていることに気付いた。


だが、再び龍が間合いを詰め、黒龍を放って来たことにより白髪の事は頭の隅に追いやられた。

優も再び刀を胸部に構え、黒龍により放たれた攻撃を防ぐ。


「っ!」


龍は更にもう一方の黒龍を優に飛ばすが、優はそれを空界で流しながらいなす。そこから腰を捻って夜那を龍に突き立てる。


「はっ!!」

「っ!」


だが、龍はそれを紙一重で顔をずらして避け、立て直した黒龍の1本を優に放つ。

優はなんとか空界で黒龍を防ぐも、衝撃で後方へと推し飛ばされる。

追撃を試みようとした龍に優は体勢を崩しながら表情も濁すが、その瞬間龍の足はもつれる。

「くっ!」

「……!?」


その隙に優は龍から距離を取り、刀を持ち直す。呼吸を整え、龍に問う。


「お前……その髪、どうしたんだ」


龍の髪は、以前より明らかに白髪が増えていた。1ヶ月で増えることは不可能な程の尋常でない量に、優は疑問を覚えていた。

龍は一瞬ビクッと目を見開くが、すぐにいつもの余裕顔に戻る。


「なに、能力だ」

「?……どういうことだ」


龍は一呼吸置くと、生やした2本の龍を間合いに収めて話し出す。


「俺の能力の黒触刃(こくしょくじん)は、能力を使用する度に、その身体にダメージを負う。つまり、能力を酷使し続ければ死ぬということだ」


龍がそこまで話すと、優は表情を歪めて龍に叫ぶ。


「な、なんだそれ……じゃあなんで能力を使い続けるんだ!」


だが、必死に叫ぶ優を見て、龍は怪しく笑ってみせた。


「俺は本当の強さが知りたい。この世界を虐げるに足る強さを。その為に、この力を使う。この身を滅ぼすとしても」

「……そんな」

「さあ……行くぞ!!」

「ぐっ!」


龍の言葉に頭を抱える優を構うことなく、龍は再び黒龍を放つ。なんとか防いだ優だったが、時期にその力は鈍っていく。

遂に放った黒龍が優の急所を捉えたかと思われた、その時。

優が夜那を大きく下から振り上げ、迫った黒龍を切り裂いた。


「なっ!?黒龍を……絶った!?」

「……っっ!!」


驚愕の表情を浮かべる龍に、優は迫る。咄嗟にもう1本の黒龍で優の2本の刀を防ぎ、鍔迫り合いに至った。優は刀を強く押し付けたまま龍を睨んで叫ぶ。


「そんなことの為に!命を捨てるのか!この世界には……生きたいと願っても誰かに命を奪われた人たちがたくさんいるんだ!」

「戦争に参加するような奴が何を言う!」

「っ!」


龍は憎しみを露わにする優を構わず、優の刀を押さえていた黒龍を大きく振り払い、優を吹き飛ばす。


「だとしても俺は言う!」

「綺麗事を並べようと、所詮この世界の道理は変わらない!」



そのまま黒龍を怯んだ優に突き立てるが、優は素早く反応して左手に持った空界でそれを防ぎ、左に大きく回って2本の刀を黒龍に叩き付けた。

弾き飛ばされた黒龍に身体を持っていかれ、重心がずれる龍の懐に踏み込み、夜那を逆手に持った右手で強く龍を殴った。


倒れこむ龍から生える黒龍を足で踏み付け、冷静に能力を使用した2本の刀を振りかぶり、大きく振り下ろして切り落とす。

集中力を極限まで高め、能力を最大限に使用していた優は、龍の黒龍を切り落とす程の力を持っていたのだ。


成す術を失った龍は、その場に倒れ込む。


「……俺の、負けだ。殺せ」


龍を見下ろしていた優は、2本の刀を腰の鞘に納め、眉をひそめて龍に怒鳴った。


「俺は、君をとことん否定する!だから殺さない……この世界は、力だけじゃない。力の為に自分を犠牲にするなんて間違ってる!」


「何なんだ……貴様は」

身体を崩し、俯いて額を押さえる龍。


「貴様が分からない……」

「確かに俺は綺麗事を並べて正義を振りかざしてるだけだ」


そこまで言うと、優は一呼吸置く。

龍も優を見上げた。


「でも、これが俺だから。いつか、実現できる日が来るまで、何回でも言ってやる」


物憂げで、優に対する侮蔑を帯びた表情。


「くだらない」


そう零すと、龍は俯く。


「早く行け。色季彩乃を助けに来たんだろ」

「……ああ」


優はそう言い残して、先程クリスの破壊した建物の元入り口向かって走る。

その場に残された龍は、蹲ったまま座り尽くしていた。







今も戦火の止まない建物内へと侵入した優は、足を止めることなく彩乃を探す。


「彩乃ーーーーーーッ!!!」


優の言葉に、一馬と剣を交えていたレイン、大量の構成員たちと戦っていた戒、2階で、追い込まれながらも最上を抑えていた政綺が振り向く。

ライフルを大胆に構えていたクリスは優の到着に安堵の笑みを浮かべる。


「優!!」

「来ると思ってたぜ、優!」


そう優の到着を喜ぶ戒とレインだったが、政綺は最上を構うことなく2階の脇に円状に取り付けられた手すりに身を委ねて、表情を歪ませ小さく呟く。

「な、なんで来たんだ優君」

「余所見しないでよ政綺く〜ん?」

「っ!!」


つまらなさそうに政綺の顔を覗く最上は、能力により召喚したファンタジーゲームの上位剣を政綺向けて大きく振りかざした。

なんとか地面に身体を落としてそれを避ける政綺だが、レベル差は今も健在で、最上のスピードについていけず僅かに髪の毛を剣が掠る。

そのまま振り下ろされた剣は手すりを切り裂いた。

未だ片手をポケットに突っ込む最上に、政綺は歯を強く噛みしめる。


一馬に炎を纏わせた剣を振るうレイン。だが、先の戦いでレインの能力を知った一馬は、レインがもう片方の手を振るう度、僅かに身体をずらして着火地点から離れ、レインに蹴り技を叩き込む。

足の数センチ先に防御壁能力を発動させている為、剣とも攻撃を交えることができる。

大きく踏み込んで剣を振り払ったレインに反応し、一馬は素早くしゃがみ込むと、そこから蹴りをレインの腹に送り、怯んだレインに飛び上がり、更に2段蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ!!」


レインの能力が如何に強力でも、最強の能力と最強の戦闘力を併せ持った一馬にはやはり一歩劣っていた。

膝をつくレインに容赦なく迫る一馬。

何とか防ごうと剣を構えたレインだったが……


ガギィン!!


「はっ、偉そうなこと言っといて、みっともないぞ赤のレイン!!」

「!?テメェ……」


一馬の蹴りを能力により硬化した両腕で戒が防いだ。一旦距離を取った一馬は、一瞬顔をしかめていたが、滾ってきたのか、笑顔を作る。


「いいねぇ、血が滾る」


レインも剣を杖にして素早く立ち上がり、両手首を振る戒と立ち並ぶ。


「やるじゃん筋肉バカ!」

「うるさい!他の奴らはクリスさんが相手してくれてるから、仕方なくだ」


そう言った戒がクリスの方を見ると、レインも同じように振り向く。

その先には、バギーのルーフの上でライフルを構え、向かってくる構成員を片っ端から撃ちまくっているクリスがいた。こちらの視線に気付くと、笑みを浮かべて手を振る。

それに苦笑いを浮かべる2人に、優は近寄る。

「みんな!無事!?」

「優!ああ、任せろ!お前は早く彩乃ちゃんのところへ行け!多分、最上階にいるはずだ!」


戒は優の肩を掴んですごんだ。

レインも笑顔で優に頷き、優を庇うようにして再び一馬と直線上に並ぶ。


「さあ、行くよ筋肉バカ」

「だからお前より頭いいって言ってんだろ!ったく……ああ!!」



「……ありがとう!」


優は2人の背中に笑顔を返し、端にある2階への階段目掛けて走り出す。



数分前。


「彩乃ーーーーーーッ!!!」


「!?ゆ、優君!?」


優の声に反応した彩乃は、導かれるように部屋の出口へと歩みを寄せる。

未だ激痛の止まない両足を引きずって。

天井から繋がれていた鎖は外されている上、カリアや一馬も皆戦闘に出ている為、今の彩乃を妨げる者は誰もいなかった。


拷問部屋を抜け、廊下に出ると、円状に取り付けられた柵に捕まり、下を見下ろす。たくさんの構成員たちの中から、目を凝らして優だけを探し、やがて優を発見すると、今にも枯れそうな声を精一杯に上げる。


「優さぁぁぁぁーーーーーーーん!!!」



彩乃の決死の声は優の鼓膜を揺さぶり、優は上を見上げる。その隙を突いて優に飛びかかる構成員たちは、全てクリスの放つ弾丸が撃ち抜いた。


彩乃と目が合う優。その瞬間、互いの顔が笑顔と希望に満ち溢れた。


「彩乃、今行くから!」



だが。


「ぐっ!!」


政綺を圧倒し、面白くない顔を浮かべていた最上は、再会を果たした優と彩乃を見て、ニヤリと怪しく笑う。


「フフフ……まだ終わらないよ!」


「なっ、やめろ!」


よろよろと立ち上がり手を伸ばす政綺を見向きもせず、掲げた右手に光を灯す最上は能力によりアクションゲームに登場する巨大ミサイルを創り出す。

そのまま彩乃のいる最上階に標準を合わせ、ミサイルを撃ち込んだ。


瞬く間にミサイルは彩乃目掛けて飛び、轟音を立てて、彩乃の立っていた最上階の床を豪快に抉った。


「きゃっ!!」


足が思うように動かない彩乃は、抵抗も虚しく、崩れた床の破片と共に落下する。


「きゃぁぁああああああああっ!!!!」


「彩乃っ!!」

「彩乃ちゃん!?」

「あやのん!!」


優の味方であるメンバー全員が驚愕な顔を浮かべる中、優はすぐさまクリスの車を踏み台にして飛ぶ。

「っ!!彩乃っ!!」


落ちてきた瓦礫を次々と蹴り進め、落下する彩乃に近づく。

遂に手を伸ばせば彩乃に届く高さまで到達した優。そんな優に彩乃は思わず涙した。


「優さん……!」

優は彩乃に手を伸ばし、優しく呟く。

龍の言う通り、誰かを殺す覚悟のない優は、戦うべきでは、ましてや戦争に参加するべきではない。してはいけなかった。それでも……それでも。


「彩乃、俺、決めた。俺は、彩乃を守る為に、みんなを守る為に戦う。彩乃……もう一度、俺を信じてくれる?」

「……うん」


優は笑顔で頷いた彩乃の手を握り、身体を抱き上げる。

戒や、レイン、クリスと政綺も、優と彩乃に笑みを浮かべた。



だが、最上はそれすらも逃がさない。

再び創り出した巨大ミサイルを、止めに入る政綺を押し退けて射出する。

またも迫るミサイルに、彩乃は目を瞑ったが、優は左手で彩乃を抱き上げたまま右手で腰の鞘から夜那を引き抜く。


「ハァァァァァアアアアッッ!!!」


能力を一点集中させた夜那を目一杯薙ぎ払い、ミサイルを真っ二つに斬ってみせた。


「ゆ、優さん!」

「ぐっ!」


だが、多少の爆発は抑えられず、空中の爆発に巻き込まれる。

彩乃を両手で支えて、急降下する優。

7、6、5、4、3……と凄まじい速さで階層を落ちていき……


「グギィッ!?」


彩乃を横抱きしたままなんとか両足で着地する優だったが、8階から落下での足への負担は相当で、足を伝って全身が痙攣する。

偽界転移での筋力強化がなければ普通に死んでいる、おまけで全身バラバラになる高さだからだ。


「優さん!大丈夫!?」


自力で地面に降りた彩乃は、心配そうに優に寄る。そんな彩乃に優は、にっこりと笑みを返した。


「大丈夫。それより……無事でよかった」

「……ありがとう……ございます……」


優の言葉に頬を赤らめる彩乃の手を引いて、出口へ走り出す優。現在も尚ここは戦場。少し見渡せば戦闘が起こっている場所に2人はいる。一刻も早く彩乃を逃がさなければならなかったのだ。


だが、そこへ……


「桐原優っっ!!」


剣を装備したミサクが空中から斬りかかってきた。優はすぐに反応して彩乃を守るように抱えて、素早く抜いた夜那でミサクの剣を防ぐ。

「くっ!お前……」

「へへへっ!ようやくだ……兄貴の仇、殺してやるよ桐原!!」

「彩乃、少し下がってて!!」


彩乃を脇に逃し、ミサクを押し込み更に空界を抜いて懐に潜る優。一瞬にしてミサクの剣を弾き飛ばす。


だが……


「よくやったミサク!!おるぁぁああ!!」


背後に迫るカリアに気が付かなかった。同じく優に飛びかかり、もう既に剣を振り上げていた。


「優さん!!!」


優が振り返った時にはもうカリアは目の前にいた。優すらも瞼を強く瞑った、その刹那。


グシャァッ!!


優の頬に真っ赤な血が飛ぶ。

鉄の匂いが優の鼻を刺激し、ゆっくりと瞼を開ける。そこには……


「あ、彩乃!!!」


カリアに僅かに背中を斬られ、大量の血液を流して倒れる彩乃の姿があった。

優を守ろうと前に出た結果だ。

倒れ伏した彩乃と、慌てる優を見て、カリアとミサクは満足そうに笑みを浮かべる。


朦朧とする意識の中、僅かに動く腕を伸ばして優に手を伸ばす彩乃。


「……ゆ、う……さ……ん」

「あ、彩乃っ!」


咄嗟に伸ばした手が彩乃に触れたその時、優に何かが走った。


「なっ、またっ!?」


カリアやミサクは、優に瞬時に集まる幾多の光に圧倒され、身を引いていく。

他の構成員たちも、皆手を止めて優を驚愕の表情で見つめていた。

政綺は手すりに流れ込むように身を預け、顔を歪めた。


「くそっ、やっぱりか!」


大量の光が優を包み込み、優の赤い瞳も同時に光を放っていく。

光の中、数多の記憶が優の頭に流れ込む。

どんどん息を荒げる優。


「これは……っぐ、ぐぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!」




やがて、纏っていた光が優の身体から退き始め、徐々に優の顔が露わになっていくと、最上が両手を広げて堂々と語り出した。


「祝いたまえ!遂に来たこの時を……!最早、都市伝説とまでされていた神の力、この偽界を掌握できる程の力、あの遊鬱神をも退ける力を持つ者!そう!桐原優こそが!!偽界で生まれたただ1人の存在……纏う光と、その身に持つ赤い瞳が何よりの証。君が……神の力の持ち主だぁぁぁぁっ!!!!」



最上の言葉に、その場にいた者たちは呆然と立ち尽くし優を見つめるしかなかった。

やがて光が収まり、その沈みきった顔を公然とさせた優は、静かに振り返って彩乃を見下ろす。


「君だったんだね……あの日の女の子……」



「やっと……思い、出してくれた」

彩乃は優に微かに笑みを残して目を閉じた。





「……彩乃」


ーENDー

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