第31話「掴み損ねた手」
優は2本の刀を引き抜き、殺意を露わにする。同じように、以前優に足を奪われたカリアも優に殺意を向けた。
それを遮って、龍は優の前に立ってニヤリと笑う。
「久しぶりだな、桐原優。ようやく戦える」
その時、龍を憎しみの瞳で睨む優の背後、足音が聴こえた。
その足音はやがて近付いて、声を上げる。
「優さん!!」
「あ、彩乃?子供たちは!?」
息を切らした彩乃だった。草木を退け払い、優の隣まで駆け寄って来た彩乃は、腰の剣を引き抜いて龍たちに向ける。
「全員に能力を使いました……クリスさんたちに手伝ってもらって、病院に運びました。でも……助けられなかった子が……」
「……そっか、ありがとう」
そう言って、視線を落とす2人の隣で崩れ込んでいた友花は、彩乃の言葉に泣き崩れてしまった。
「そんな……私が……私に力があれば……」
優は友花の前に片膝をついて、肩に手をそっと乗せる。
「ここに、いてくれ」
「……」
「彩乃、まだ……戦える?」
「……うん」
立ち上がり、彩乃に頷いた優は、龍たちを振り返り再び眉をひそめる。
「また関係ない人たちを……俺はお前らを……許さないっ!!」
「……行くぞ桐原優!!」
優は龍に、龍は優に向かって迫る。
彩乃も優に次いで走り出した。彩乃を迎え撃とうと一馬はカリアとミサクに待機命令を出し、能力を使用し始める。
「面白くなってきたなぁ!!」
「強化開始!!」
「能力黒触刃!!」
能力で強化された刀と、能力により出現した黒龍が互いにぶつかり、火花が散った。
互いの刃が重なる度、辺りに生え渡った草木が揺れ動く。優も龍も攻守を繰り返し、それぞれ必殺の隙を伺っていた。
その横で、一馬へ次々と剣撃を撃ち込む彩乃。だが、その攻撃は全て一馬の能力の防御壁によって防がれていた。
あらゆる方向からの攻撃を繰り返すが、大きさ、数を自在に操れる防御壁の前では、命中することさえできなかった。
一馬は余裕の笑みを浮かべ、透明の壁越しに彩乃を見る。
「もうやめたら?俺の能力が尽きる前にテメェの体力が尽きるぜ?」
「くっ!」
一旦防御壁から遠ざかる彩乃。
一馬はそれを見越して一気に彩乃との距離を詰め、防御壁を装備させた蹴り技を放つ。
彩乃は華麗な剣さばきで全てを防ぎ、隙を伺って更に剣を突き立てる。
「そんなっ!」
だが、一馬は軽々しくそれを手で流し、地面を蹴り破ってかかと落としを繰り出す。
彩乃はなんとか凌ぐも、体制を整える為再び距離を取る。
「ちっ!避けるか」
「ふぅ……っ!!」
静かな呼吸を置き、彩乃は開眼させた目を凛々しくつり上がらせ、剣を構える。
一馬は彩乃の狙い通り、目の前に聳え立たせていた防御壁を彩乃に向かって放つ。
迫った3つの防御壁をステップにより次々と左右に避けた彩乃は、中段に剣を構えて一馬に突進する。
防御壁を形成する前に一馬に攻撃を加えるという考えだ。
まさか避け切るとは予測していなかった一馬は、微かに表情を変える。いけると確信した彩乃は一層剣を強く握る。
「はぁぁぁっ!!」
しかし……
「ぐっ!」
彩乃はその場に倒れ込んだ。
両手で右足を押さえ、苦しみの唸り声を上げる。
よく見ると、右足のふくらはぎに大きな切れ込みがあり、流血が始まっていた。ジュクジュクと流れる血液が、湿った土に染み込む。
「テメェ、出てくんなって言ったろ」
一馬は、ポケットに手を入れたまま彩乃の背後に立つカリアを細目で見る。
カリアは血の付いた剣をクルクルと回し、彩乃の左足に突き刺し、抉る。
「ぐぁっ、ああああああああっ!」
有り得ない程の激痛に泣き叫ぶ彩乃。
「あ、彩乃!!」
「彩乃ちゃぁぁぁんっ!!」
龍の攻撃を防ぎながらも叫ぶ優。そして泣き崩れる友花。
彩乃を見下ろしてカリアは笑みをこぼす。
「はははっ!桐原優!大事な物を傷付けられた気分はどうだ!俺の足も……これ以上に……!」
「やれやれ兄貴!」
更にカリアの背後で喝采を送るミサク。
「彩乃!!今助ける!」
「よそ見をするな桐原優!!俺との戦いに集中しろ!」
龍は優へと突進する。腹部を貫こうと迫る黒龍を、優は屈んで避け、地を抉り蹴って龍との間合いを詰め、X字に刀を構える。
「邪魔だどけっ!!」
素早く反応して伸ばした黒龍を縮め、もう片方の黒龍を分厚くし、それで身を庇う龍。優が放った攻撃は、巨大な黒龍により防がれた。
鍔迫り合いの中、優は一層鋭くなった目を龍に向ける。龍も優の瞳を凝視していた。
「俺との戦いに集中しろ」
「っ!お前らはなんでいつも!なんで子供たちを!!あの子たちは、これから幸せにならなきゃいけなかったのに!!」
「愚問だな。あの子供たちは、いつも楽しんで潰していたアリたちが、どうやって生まれたか、どんな困難を乗り越えてそこにいたか、誰を愛していたか。そんな事を考えた事があるか?」
「な、何の話だ!」
「否だ。俺たちがしたことは彼らのしていたことと変わらない。強い者が弱い者を捩じ伏せる。それがこの世界の真理だ!彼らがどんな人生を歩んできたかなど知ったことか。力を持たない者に生きる価値などない!!」
そう強く言い放った龍は、防御を固めていた黒龍を薙ぎ払い、優の胸部を切り裂き吹き飛ばした。優も無抵抗にその身を衝撃に預ける。
龍の言葉に、間違いはないからだ。強い人間が弱い人間を殺す。それが偽界、いや、全世界の理り。
現に自分たちが偽界にいることだって、偽界戦争をすることだって、全ては人類が遊鬱神より弱いからだ。
でも……それを認めてしまったら……
「お前の敗北だな桐原優。守る者を持つ貴様では、俺には勝てない。政綺さんのお気に入りとて……所詮はこの程度か」
龍は、続けて優に罵声を飛ばす。
「っ……奪う覚悟のない貴様に!戦争に勝つことはできない!!」
両手の手首を黒龍に突き刺された優。
仰向けになった優の視界を、吸い込まれるような青空が覆っていた。
こんな美しい空の下で、罪のない人たちの血が流れてしまうのは……嫌だ。
今は龍の言葉より、彩乃を助けなければという思いが優の頭の中を急速に広がらせた。
痛みを抑えながら両手を持ち上げる。
肉を抉る音が鼓膜を揺さ振り、吹き出る血が優の額に飛ぶ。
そんな優に龍は呆れ……いや、驚愕する。
「何故……何故、そこまでする……?所詮、ただの他人だというのに……」
「……アンタには分からないよ」
「!?……誰かを救おうとする思いは、誰かを愛する想いは、人にここまでさせるのか……いいだろう、付き合ってやる」
戦闘姿勢を取るが、そんな龍の肩を何者かの掌が押さえた。
「!?……首領!?」
「首領、なんでいんだよ」
最上だった。
龍は最上を確認すると、優の手首から黒龍を引き抜く。
最上へと視界が追い付いた優は、愕然とする。先程まで共に喫茶店にいた男が、今は敵の首領として目の前に立っているからだ。
「最上、さん……?なんで……」
最上は龍の前に余裕顔で立ち、首を傾げる。
「なんでって〜私がアブソルートキルの首領だから?」
「じゃあ……あんたが……舞友実を……?」
「まあそうだね。視野に入れてなかったけど、あの子、死んじゃったのか」
絶望する優を見て、最上は面倒そうに耳を掻く。優は胸部と手首の痛みなどとうに忘れて叫んだ。しかし、どちらからもみるみる血は流れ落ちている。
「ふ……ふざけんなよ!!」
「んー……このまま連れてっても後々めんどくさいからなぁ……一馬、そこの女の子、連れ去れ?」
そう言って痛みに悶える彩乃を指す。
一馬は最上に溜め息を零すと、彩乃の脇を掴んで強引に立ち上がらせる。
両足を塞がれた彩乃に、最早振り払う力、いや、自力で立つ力すら残されていなかった。
「ぐぁっ……」
「離しなさいよ!!」
両手を縛られながらも彩乃を助けようと一馬に迫る友花を、ミサクが殴り飛ばす。
「ぐっ!!」
「邪・魔・だ」
「ちっ、両足塞ぐんじゃねぇよアホ」
「さ、さーせん……」
彩乃を肩に抱えた一馬と、カリアがそう言い合う。その横から、夜那を握り直した優が攻撃を仕掛ける。
「彩乃……彩乃を返せっ!!」
刹那。
「ぐはっ!!」
一馬により形成され、放たれた防御壁で、血だらけの優は更に傷を負い、跳ね飛ばされてしまう。
「や……やめて!!」
必死で抗う彩乃の腹を殴り、意識を失わせた一馬は、地面にひれ伏した優を、無慈悲にも蹴り落とす。
その先は、崖だった。
宙に浮いた優は、それでも真っ赤に染まった手を彩乃に伸ばすが、届かない。
どんどん、どんどん彩乃から遠ざかって行く。
「彩乃ぉぉぉぁぁっ!!」
優の必死の足掻きも虚しく、絶壁を流れる滝の下、湖に着水した。
ーENDー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます