第15話「蒼黒は死と共に誕生する」
「色季さん、ごめん。俺、この街を出るよ。金は全部払ったから、問題ない」
「えっ?」
昼の眩ゆい太陽の光が差し込む病室。ベッドに横たわっていた彩乃に、優はそう言い捨てた。
優はもう決断していたのだ。セーフティータウンを去ると。
戦争に本格的に参加するという理由もあるが、1番は、戒から逃げる為だった。
全てが抜け落ちたかのような死んだ顔で、目を見開く彩乃を見下ろす。
「俺たちは所詮、開戦の日に出会っただけに過ぎない。君は俺を助けて、俺も君を助けた。これ以上は必要ないよ」
「……っ」
そう言って、背後を歩き出した優を、彩乃が掴む。
俯いて、涙を流して。
垂れ下がった髪で隠れて、表情は読み取れなかったが、頬に涙が伝っているのが見えた。
そして、小声で言った。
「待っ……て、よ。ようやく……会えたんだから」
「何、色季さん」
彩乃の声は優には届かなかった。
正直、舞友実のことや戒のことで頭がいっぱいで、彩乃の言葉など微塵も耳に入っていない。
それを察したのか、彩乃はそっと、摘んだ優のコートを離す。
「い、いえ。気をつけて……ください」
彩乃は涙を人差し指でそっと撫で、笑顔で優を送り出した。悔しそうに、虚しそうに。
優も、それ以上は言わなかった。
戒に見つかるまいと、過疎地の人通りの少ない路地を用いて門前へと向かっていった優。
だが、それは杞憂だった。
誰にも会わずに門前まで辿り着くことができ、今自分がしていることが如何に外道で非道なのかはすっかり忘れ、安堵の一呼吸を置く優。
だが優は、子供達を、戒を裏切っているのだ。
戒の最後の顔が忘れられない。それが優のそれらの後ろめたい気持ちを忘れさせ、足を動かす唯一の理由である。
そもそも優は誰とも関わりを持たないままこの戦争に参加するつもりだった。戒たちとは、金を集める為に一時(ひととき)を共にしていたに過ぎない。だからこれでいいんだ。
そう自分に言い聞かせても、何度も、何度も、戒のあの表情が脳裏で蘇る。
『俺はお前を許さないからな』
あの時の戒の形相が鮮明に浮かぶ。
同時に、共に過ごした1週間の記憶も。
『うわっ!なんだこれ!また失敗かよ!』
『お兄ちゃん、料理マジ下手』
『……』
『おっ?親友、食うか?』
『……』
『お、お兄ちゃん!優君気絶してる!!』
『ねぇ、優君は向こうに帰れたら、何したい?』
『えっ……そうだな』
『あ!俺はな!この十数年間溜まってる特撮番組を全部
観たいな!最近ここに来た奴に訊いたが、去年の仮面ライバーは傑作らしい……』
『はいはいお兄ちゃんには訊いてません』
『なっ!?』
『……君は?』
『私はねぇ……本物の学校に行ってみたいかな!』
『おっ舞友実!いい心掛けだ!』
『だっしょ〜』
『……』
『で!親友は?』
『……考えとくよ』
『あのさ』
『どした親友』
『お前は……戒は、何で戦争に参加しようと思ったんだ?舞友実の為に、そこまでできるのか?』
『……それが、兄ちゃんってもんだからな。それに舞友実は、俺1人に戦わせないって、戦争に参加したんだ。そんな出来た妹。助けたくないわけないだろ』
『凄いな……誰かの為に、殺し合いに身を投じられるなんて』
『へへっ、だから俺は死ねない。アイツを助ける為に、これから戦っていく覚悟を決めたつもりだ。生きる為に』
『……分からない』
『別に自分の為に戦うことが間違ってるわけじゃねぇよ!お互い、頑張ろうぜ。いつか敵になっちまう時が来てもさ』
『……うん。そうならない未来でありたいと思うけど』
『んなもん、俺もだよ』
優は……悲しげな顔をしながらも、うっすらと笑みを浮かべる。正直、この1週間、凄く楽しかった。切夜が死んで、ずっと戦争のことばかり考えてきたこの数年間。でも彼らに出会って、久しぶりに本当に笑えた気がしたからだ。
戒には感謝している。
でも、もう無理だ。
「優」
「!?」
セーフティータウンの門をくぐったその時、トーンの低い殺意に満ちた声が優の足を止めた。
声のした方を見ると、戒が轟々と立つセーフティータウンの壁にもたれかかっていた。優を待ち伏せしていたのだろう。
「戒……どうして」
戒が徐々に優へと歩みを寄せる。
「どうして?セーフティータウンの中じゃ戦えないからな」
「まさか、今、やる気か!?」
応答することなく、戒は地面を飛び、優に迫った。
「ぐっ!」
ガランッッ!!
戒が放った拳は、優を捉えることなく壁を抉った。
戒の両手は光を纏い、銀色に輝いていた。恐らく、部位を鋼鉄化させる能力かなにかだろう。だから容易く壁を抉ることができた。
「戒!違う!本当に勘違いなんだ!」
地面に片膝をつきながら必死に優は叫ぶ。だが、戒は聞く耳を持たない。優の声はもう聞きたくない、と言わんばかりに再び優に迫る。
「……っ!」
ギュィィィン!!
優は黒刀で戒の拳を流す。蒼刀は……抜くことができなかった。
鍔迫り合いが始まり、戒に縋る。
「戒!だからっ!舞友実はっ!」
「優……悪いな。俺がお前を巻き込んじまったのに……でも、俺はお前が許せない」
「だからっ!!」
説得を試みるが、戒は黒刀を弾き、優の腹に攻撃を加えた。
「ぐっ、ふぅっ!」
鋼鉄化により強化された攻撃は強力で、内臓が破壊されてもおかしくない勢いだった。
連続して戒の蹴りが入り、優は後方へと吹き飛ばされる。
砂埃の中辛うじて立ち上がる優。それでも尚戒の説得を試みる。
「か……い、俺は……」
「うぉぉぉぉおおおああっ!」
戒は、そんな優に構うことなく再び攻撃を図った。傷を負い、ヨロヨロと立ち上がる優に更に迫る。
「……っ」
優は素早く夜那の刃をこちらに向け、迫る戒に大きく踏み込んで振り下ろした。
ガッ!……
ガチャッ……ギィィィ……
クリス武器店のドアが、脆い木を軋ませてゆっくりと開かれた。
「いらっしゃぁい(よっしゃああ!キタキタ7日振りのお客さん!いや寧ろ優君以来のお客さん!!詐欺ってでも色々買わせて金むしり取るぞ!頑張れ私!頑張れクリスちゃん!)」
「やあ、クリスさん?」
「えっ?」
入ってきたのは、政綺だった。
クリスは一転して表情を落ち着かせ、腰を下ろす。
「あ、政綺君……」
「久しぶりですね。優君、第4次に参加したんですね」
政綺は、クリスの居座る奥のカウンターへと徐々に歩みを進める。
「まあ、現実世界に行きたい行きたいうるさいし、私が口出しする必要はないかなって」
「そうですか」
そして……クリスの間近に迫り……
「あの事は……優君に伝えてないでしょうね?」
「……ああ」
「便利な力ですけど、表に出ると面倒なので、これからも黙っていてください」
妙に真剣な顔で言葉を紡ぐ政綺。
クリスは横目に言った。
「君……何する気?」
政綺は、変わらぬ不穏な顔でクリスを向き直った……が……
「あーっ!相変わらずクリスたんお胸デカイし可愛いねー!いやー僕もこんな人と付き合えたらなぁーっ!」
両手で型取った四角形にクリスの胸を収め、瞬時に作り出した笑顔でクリスを宥める政綺。そんな政綺に、クリスはつい表情を緩めた。
「え、えっ!やっぱりぃぃ?!私可愛いよねぇ!?切夜は本当に馬鹿だなぁっ!あはははははははは!!」
「あはははははははは!!」
「ごめん、戒」
優の足元に倒れ伏した戒。優が刀を上手く使い、気絶させたのだ。
弁明できなかった以上、いつ今回のように襲われるかも分からない。
でも、殺すなんて出来るわけない。
「……ごめん」
優が今戒に告げられるのは、この一言だけだった。
優は腰を抜かしてその場を去る。みんなから、関わりを持った全ての人から逃げるように、セーフティータウンを離れた。
1ヶ月後。第4次偽界戦争には変革が起きていた。
黒いコートに身を包み、蒼と黒の刀を自在に操る二刀流使いの出現により、それまで戦況を牛耳っていた者たちは次々に身を引いていった。
だが、その男は人を殺さない。弱者が窮地に陥ると、颯爽と現れ参加者……敵を瀕死に至らしめる。
その男はこう呼ばれていた。
殺さずの剣士・蒼黒(そうこく)、と。
ーENDー
次回、新章開幕!
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