第3話

《僧侶の現実?》

 

 ふと、誰かに呼ばれた気がして、午睡から目を覚ました。

 はっきりしない頭で周囲を見回すと、そこは午後の光が柔らかに差し込むなにかの店内だった。窓際には長椅子が並べられ、他にも客が座っていた。ここはどこだろう?自分はなにをしてたんだっけ?

「僧侶ちゃん?」

 横合いから声を掛けられ、拡散しかけた意識が収束する。

「…ふぇ?」

 頭を横に向けると、そこには美しい女性がいた。褐色の肌に紫の髪、ひらひらした布でできた、露出の多いオレンジ色の服。首元や手首には金のアクセサリ。

 誰だっけ?よく知っている気がするんだけど…

「まだ寝ぼけてるの?ほら、さっさと目を覚まして。そろそろあたしたちの番よ」

 わたしたちの番?

 すると、店の奥から店員の声が響いた。

「お待たせしましたー!次のお客様!」

「行きましょう」

 女性に手を引かれて立ち上がる。奥には大きなテーブルが置かれ、上には色とりどりの…

「うわぁ…」

 無数のケーキが、ホテルパンに並べられている。正統派のショートケーキから、チョコレートケーキ、ミルフィーユ、フルーツケーキ、チーズケーキ…そうだ、思い出した。

 魔王討伐の旅の途中、立ち寄った街でスイーツフェスティバルが開催されていて、ケーキバイキングのお店に無理を言って入らせてもらったのだ。甘い物に興味のない勇者さんと使は少し渋い顔をしていたっけ。

 だけど、スイーツ大好きの女性陣が、珍しく強気で迫り、押し切ったのだ。

…あれ?

「どうしたの?」

 思い出した。彼女は一緒に旅をしている仲間、《踊り子》だ。寝ぼけていたとはいえ、どうして忘れていたんだろう…

「なんでもありません、踊り子さん!さあ、食べましょう」

「ええ!絶対に元を取るわよ」

 ケーキに手を伸ばす。甘い匂いが充満して、脳髄がとろけそうだ。どうして男の人には、このスイーツたちの素晴らしさがわからないのだろう?

 自分の皿に、いくつかのケーキを取り分けて、食べるための席に向かう。時間内なら何度でも取りに戻ることができる…はやくお皿を空にして、次のケーキを食べに行こう。

 一番最初は、苺がこれでもかと載ったケーキだ。ストロベリーソースがかかった上に、さらに苺が畳みかけてくる苺尽くしの一品。下部のムースにも苺が入っているみたい。

「いただきますっ!」

 ケーキを手に取り、大きく口を開ける。はしたないなんて言ってられない、ここは戦場なのだ!


 戦場?

 ふと…誰かの言葉が頭をよぎった。

『見えているものが現実とは限りません』

『口にするのはよしたほうがいいでしょう』

 えーと…誰が言ってたんだっけ?

 そうだ、さっき見た夢の中で魔法使いさんが言っていたんだ。魔王と戦っていたわたしたちは幻の世界に閉じ込められて、そこでお茶を飲もうととした時。確か、五感を支配する幻術の場合は、嗅覚や味覚まで乗っ取られるから、おかしなものを食べさせられても気づかない、って話だった。

 魔物…とか、毒の…とか、もしかしたら蟲とか。食べても解らないんだっけ…


 夢の内容を思い出して、一瞬食欲が後退する。先に食べ始めていた踊り子さんが、怪訝そうな顔で見つめてきた。

「食べないの?」

「いえ…」

 解ってる、あれは夢だ。このケーキバイキングが現実で、これが蟲や何かだなんてのは変な夢を見たせいで浮かんだ妄想に過ぎない。

 …本当に? あの魔王城に突入したくだりはやけにはっきりと覚えている。これは本当に現実なの?

 そういえば、あの夢には踊り子さんは出てこなかったな…なんでだろう。

「食べないなら、もらっちゃうわよ?」

「た、食べますっ!食べますってば!」

 ばかばかしい。アレは夢だ…ただの夢。

 

「いただきます!」

 言い直して、ケーキにかぶりついた。食べ方が乱暴だったせいか、つぶれたケーキからストロベリーソースが流れ出して、口元から手までを赤く汚していく。ドロッとした感触が、指の間を通り抜けて腕を滑り落ちていく…

 汚れちゃったな。でも、あとで手を洗えばいいや。口のなかに広がる芳醇な味わいに、今はもう他のことなんて考えられない。


 僧侶は、一心不乱にケーキを食べはじめた――――

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