#16 Эстэнтошун 《アニメーション》


「やっぱり心配になってきた……」

「確かに……」


 示し合わせたわけでもないのに時間帯が同じだからか、俺と三良坂は共に駅から学校までの道を歩いていた。彼女は道端に目を向けながら、申し訳無さそうな顔をしていた。


「コンロとか村で使わないよな」

「間違って学校全部燃えてたりしないよねえ」

「……そう願いたいが」


 二人同時にため息をつく。心配なのは部室に閉じ込めたサルニャフのことであった。いきなり都会に連れてこられて、文明の利器が使えるのかどうかは謎であった。火起こしはきりもみ式とかだったら、コンロの使い方がわからないだろう。それでクリャラフに訊いても、彼女のような自由人がちゃんと教えるとは思えない。


「ところで、食べ物は何を用意したんだ?」


 サルニャフの食料は彼女に買い出しに行かせていた。そんなところで疑問が浮かんで、何か嫌な予感がしていた。いや、この瞬間、彼女ならやりかねないと直感で確信したに等しい。


「ミューズリーバーだけど」

「まさかそれだけじゃないだろうな?」


 この少女はミューズリーバー以外食料に見えないのだろうか。自分の知人に常識人が居ないことは十も承知だが、聞かずには居られなかった。当然答えは――頷きで帰ってきた。


「ミューズリーバーと水だけあれば十分でしょ! エクストラミューズリーバーは完全食品で――」

「もういい。分かった。止めろ」


 三良坂はミューズリーバーの説明を中断させられて、少しばかり不満げな様子だった。

 きっとあの男にミューズリーバー一本の食事では3日で倒れるだろう。ただ、多分食料はクリャラフが足りなければ出してくれるはずだ。さすがにそれくらいはやってくれると信じている。


 学校に到着すると朝休みの時間は十分に残されていた。教室に手荷物を置いて三良坂と合流し、直接部室に向かうことにした。大切なパフォーマーなのだから体調を崩されては困る。部室の前まで来ると中から何やら騒がしい音が聞こえていた。三良坂と顔を見合わせる。腹が減りすぎて暴れだしたとかを考え始めて、心配度が一気に増していた。

 息を整えて、部室のドアに手をかけた。


Элаярнэрфэнだ、大丈夫ですか ?」


 テーブルの上に散乱するスナック菓子の袋、DVDのケース。テレビ画面に映し出されているのは朝九時の魔法少女アニメ、クリャラフとサルニャフはそれを見ながら熱狂した様子だった。テレビ画面に映し出された変身する少女を二人は拳を握りしめて見ていた。


「おい」


 呼びかけても答えは来ない。二人とも部室のドアが開いたことにすら気づいていない様子だ。三良坂はその様子を見て、完全に引いていた。

 しょうがないと思った俺は部室に入っていき、テーブルの上にあるリモコンを取って電源を落とす。


「あ、あぁ!? 何をするのじゃ、ヴェル! 女児アニメオールナイト視聴チャレンジを中断するとは!」

「何するんじゃーじゃねえ!!!」


 クリャラフの頭を左右の拳で挟んでぐりぐりと攻撃する。彼女は痛そうに手足をバタバタさせた。サルニャフはそんな様子を見ながら、自分は関係ないとばかりに目を逸らして頭を掻いていた。


「あいででででで!? ごめん、ごめんなさいなのじゃぁ!!!」

「心配になって見に行ったら、徹夜でアニメを見てたとか」


 三良坂はこの様子を見て呆たようで、らしくもなくため息をついていた。


「文化祭まであと四日しか無いんだぞ。体調を崩されたら困るんだよ。」

「わらわも分かってたのじゃけど、こやつが暇つぶしをしたいと言ってきて……」


 クリャラフも申し訳なそうな顔をして言う。

 確かにこんな部室に留め置かれて、退屈になるというのも分かる。多分彼はキリル文字も読めないから、部室にある本を読むというわけにもいかない。アニメは動画だからある程度退屈を紛らわせるのかもしれないが。


「悪いことだけじゃないのじゃぞ?極東語を少しづつ覚えたからな。Салняфастиそうじゃろ、サルニャフ ?」


 クリャラフは手をわたわたさせて言う。しかしながら、今更何を言っても言い訳にしか聞こえなかった。問われたサルニャフは肩をすくめて、良くわからないという顔をした。一日漬けで覚えた外国語などたかがしてれていると確信させてくれる。クリャラフは観念したようで、ばつが悪そうにうなだれてしまった。これでもいい年の高校教師である。

 一つため息を付いた。時計を見る。朝休みはまだ少し時間があった。文化祭まで時間が豊富にあるわけではない。一応部員全員が集まっているので出し物に関することをいくらか進めたかった。


「とりあえず、皆居るから分担を決めよう。三良坂はポップコーンと部屋の飾り付けの手配、先生は字幕動画の作成とプロジェクターの手配、俺は地名語源の展示を作るっていう分担でいいか?」

「面倒じゃなあ」

「二回目が必要か?」


 拳を準備するとクリャラフは怯えた様子で首を何回も横に振っていた。そんなこんなでチャイムが鳴った。時間があると思いきや、時計を良くみると秒針が動いてなかった。

 俺はクリャラフに顔を寄せた。


「あの時計、動いてないからどうにかしておけよ」


 クリャラフはまだ怯えている様子で首を振った。またため息を付いて、俺は部室をあとにした。


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