#3 Фюркяэрл 《罪》


 少女は俺の横についてきていた。身長差がなんだか変な不釣り合いを感じさせる。いきなり学校の案内をしろと言われても何処に行くべきか分からなかった。まず、既に授業が始まっている教室へ女の子と共に入っていくのは無理。となれば図書室か屋上か、ともあれ人に見られたくはなかった。


「ボク、名前は三良坂みらさか 理沙りさって言うんだ!君の名前は?」

「ヴェルガナフ・クラン」

「へえ、名前がどっちもシェオタルの単語って珍しいね」


 興味津々といった様子でこちらを見上げてくる。頭の上のアホ毛が左右に揺れている。どうやらこのアホ毛は気持ちと同調しているらしい。

 廊下を歩いていると向こう側から先生が歩いてきた。クリャラフではなく、英語担当の教師だった。こちらを一瞥する。


「基礎英の先月のテスト酷すぎだったぞー、もうちょっと勉強しろ」

「頑張ります」


 三良坂が通り過ぎる英語教師を見送ると、俺はまた歩き出した。慌てた様子で彼女も後をついてくる。横に並んでくすっと笑った。


「英語が苦手なの?」

「苦手じゃない」


 彼女はその回答に良くわからないという顔をしていた。アホ毛が疑問を表すかのように傾く。


「英語が嫌いなんだよ」

「嫌い……?」

「言語に無関心な人間が少数言語を殺してきたんだ。極東だって少数言語となったシェオタル語を……」


 気づいたときには三良坂はこちらから顔を背けていた。極東人としてこの話は耳に痛いのだろう。だが彼女や自分のような子供にはどうすることも出来ないことだ。

 だが、それでも極東人がやってきたことはシェオタル語を無かったことにするのと同じことだ。死にゆくものを見捨てて、助けなかったという罪を彼らは背負った。だが、シェオタル人もまたその罪を追求しなかった。


「ごめん」

「ねー、これから何処に連れて行ってくれるの?」


 少し居心地が悪い様子でこちらに尋ねてくる。アホ毛も萎びたように伏せている。やはり、あまりこの話は人前ではしないほうが良さそうだ。


「とりあえず、図書館に行こう」


 この高校は勿論極東の占領後に新しく出来たもので図書館に入っている本は新しいものが多く、蔵書数も他のところと比べると多い。俺にとっては、学校で数少ない安心できる場所だった。

 三良坂は図書室に入って見回して、地味だとでも言いたげに眉を下げていた。


「ここは極東語の本しか無いの?」

「英語とかスペイン語、フランス語の読本くらいなら何冊かあるらしいな。それ以外は知らない」

「ふーん……そうじゃないんだけどなあ」


 三良坂は俺の回答を聞いてなにか寂しげな顔をしていた。本棚の間を通りながら、蔵書を眺めていくのを俺は図書室の出入り口に寄っかかって待っていた。


「見学は上手くいっているかの?」

「わっ!? ちょ!?」


 寄っかかっていた引き戸が開けられて、よろける。空いた戸の方に倒れないように無理やり前に足を出してしまう。変に地面を受けた足は体重を受けて、体を回転させた。そのまま地面へと後ろに倒れて行く。視界に移るものが驚いた表情のクリャラフから天井へと変わっていく。まるであの時の事故のように感じて俺は動けなかった。

 瞬間、背中を何かが支えた。蔓のような感触が背後を伝う。安定したところで我に戻って、地面にへたり込む。頭から地面に打ち付けることは無かったようだ。


「だ、大丈夫? 怪我は無い?」


 三良坂があたふたした様子で近づいてくる。クリャラフは驚いた様子で三良坂と俺をきょろきょろと交互に見ていた。


「大丈夫、お前が支えてくれたのか?」

「ま、まあそんなところかな」

「そんなところ……?」


 クリャラフは、こちらの様子を見て安心して胸をなでおろすような表情になっていた。こちらに手を差し伸べてきた。髪の銀の部分が開けたドアの後ろから差す光に当てられて艶やかに光沢を帯びる。


「立てるか?」

「怪我は無……いてて……」


 立とうとしたところ、足首が酷く傷んだ。立ち上がることもままならない状態で、俺はその場にまたへたり込んだ。クリャラフがまた長い髪を弄りながら、面倒臭そうにため息をついた。


「ちゃーんと学校の案内をしているかと思って見てみたら、全くしょうがない奴じゃ。三良坂、車椅子を持ってくるからそいつの面倒を見ておれ」

「は、はい」


 クリャラフは俺と三良坂を図書室において階段を降りて去っていってしまった。

 授業が終わったチャイムが聞こえる。数分後には廊下が生徒たちで埋め尽くされるのだろう。そんな中を怪我して連れて行かれるなどみっともないことこの上ない。


「あれ、この単語帳英語じゃないね」

「お前いつの間に……」


 三良坂はいつの間にか俺の極東語・シェオタル語単語帳をめくっていた。多分倒れた拍子に持っていたかばんから飛び出たのであろう。彼女は興味深そうにその単語帳をめくりながら眺めていた。俺の悩みもよそに、好奇心で感情が昂ぶっているのは何よりもそのアホ毛が表していた。


「この文字、ローマ字じゃないってことは……瀬小樽語だね!?」

「ローマ字って……ラテン文字のことか」

「ラテン文字……?何それ……」


 俺はまたため息をついた。

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