第12話
≪太陽暦:三〇五六年 十一月二十日 十二:二十五 廃殻 壊都大街道≫
白のジープが砂塵を引いて地を疾駆する。
その背後の路を、奇妙な物体が追従する。回転する赤銅色の球体。無数に重なった鉄鋼の甲殻を丸め、荒野を自転して突き進む人造の巨虫――全鋼機蟲 鎧・零七式。莫琉珂の被造物であり自らが操縦する高機動戦略兵器。
その表殻は高速で回転しながらも、内部の球体上の操縦席は自転せず水平を保つ。この二層構造より高速機動中でさえ操縦者に過度な衝撃と三半規管への負荷を掛けない、月都の開発者にもない発想だ。
この機蟲が牽引すれば、目指す壊都――その“北部遺跡”から大羿開発区まで、電想式を半日の内に運び出せる。
ジープの中で、アルナは蛮風の口より語られた“戦略”を反芻する。
――――電想式ってのは前時代の発明だ。
「まぁだから月都がその技術を独占してる。ってか、太陽風が吹き荒れる廃殻じゃあどっちみち作れねえしな
「だが廃殻には遺跡がある。前時代の遺跡が。そこなら電想式の代替品になる何かがまだ残ってるかもしれねえ
「所有権とか何だとかは気にすんな。遺跡ってのはそういう場所。拾ったものは拾ったヤツのモンだ。その代わり遺跡から帰ってこれるかもそいつの責任だがな
「落盤、粉塵爆発、土石流に果ては暴走機械に災厄級害獣なんでもござれの遺跡。そこから電想式を拝借なんて夢見てえな話だが……
「なんでかここにはそれが生業の“遺跡荒らし”が二人
「そして大体の逸脱機なら数時間で修復できると豪語する天才も、な」
はっきり言って荒唐無稽な作戦だ。破れかぶれ、そういうべき最後の策だ。しかしアルナが承諾したのは何も窮地だからではない。全鋼機蟲さえも容易く屠った彼らなら、為して見せると思ったからだ。
「……それにしても」
アルナは座席の向こう、ハンドルを握る蛮風のその癖毛に語り掛ける。
「蛮風さんはなんというか……さすがは遺跡探索家というべきか、前文明に聡しいですね」
「んー?それ、あのちびっこに聞かれたら怒られるぞ。『わたちのがくわしー!』ってな」
「ふふっ……炉那さんの腕も、蛮風さんが?」
逸脱機は大方が自錬鋼という経年劣化速度が極端に遅い鋼でできている。だが、逸脱機も機械、整備が必要だ。まして成長と共に部品を代替していく必要がある義手ならば。
当の炉那はと言えば、顔も向けずその右腕で頬杖をついている。
「もう調整くらいは自分でできる。そのオッサンから教わった。粥の作り方も知らない癖に、なんでかいらない知識は多いからな……俺と会うまでどうやって生活してたんだか」
「前文明の“大老君”は霞だけで生きてられるっていうぜ」
「馬鹿か?」
「かっかっか。まぁアンタらが畏れてたりするほど、逸脱機なんてものは大したことないのさ」
アルナは緊張していた神経が段々とほぐれ、焦燥が少しずつ潜まっていくのを感じていた。そんな様子をまるで背の目で見透かしたように、蛮風は笑う。
「カカッ……まぁそう強張ることはねえよ嬢ちゃん。なんとかなるさ、今回はな」
「……今回は、なのですね」
「応。企業連も馬鹿じゃないねえ。暴力じゃどうにもならんとわかって、今度は金にモノを言わせたか。さすがだな。やっぱ人間ってのは悪行にこそ無限の可能性を見せやがる」
ハンドルを切り、荒野に轍を残す。視線の果てには壊都の太陽プラントと、その向こうに見える巨大な伽藍。
「果たして次は何をしてくるか……二度か三度は凌げるだろうが、いつかは負ける。いつだって敵が多く味方が少ないほうが負けるのが世の常なんだからな」
「それは事実ですね……やっぱり、蛮風さんに言われた通り。私は驕っていたのかもしれません。誰が敵で、誰が味方か、見えてなかった」
「かか、だから、ま。いつかは月都企業連をどうにかしねえと、敵が増えていくばかりってわけだ」
アルナは肩を落とす、その様を見て炉那が深くため息をついた。相変わらずの不愛想な顔に不快そうな顔色が浮かんでいる。
「くかかっ……おい炉那。これはお前にも言ってんだぞ。むやみに敵を作るような真似すんな」
「いつ、だれがそんなことをした?」
「あの、百道が通信機を持ってきた時、あいつのこと絞め上げようとしてただろ」
炉那の身体が硬直した後、すらり、と車外に視線が逸れた。
「……炉那さん?」
「……未遂。それに百道が何かする前に軽く失神させといた方が楽だと……」
「だ、駄目ですっ!道理に沿いません!それに炉那さんが危険すぎます!」
「わかった、わかったから」
「本当?ちゃんと反省しています?」
「……あんた何時からか俺を完全に子供扱いしてるよな……!」
静かに炉那は憤るが、それでもアルナは立腹した態度を崩さない。実際蛮風の言う通り、彼の行動は短絡的で粗暴すぎる。だからアルナの憤りは、護身を考えぬ彼への本物の憤慨なのだ。だから、結局は炉那が折れて、舌打ちと共に顔を逸らす。
「かっかっか。まぁそういうワケであそこで乱闘されるのは俺も不味いんでな。代わりに知恵を働かせてやったわけよ」
蛮風は快活に笑って見せると、運転中でありながらも後部座席を振り返り、その白い歯を煌めかせる。
「そういうワケで、そこのガキが馬鹿すんのも許してやってくれ。全ては嬢ちゃんを想ってこそだ」
鋼の右腕が、その頬を拳風で波立たせた後に、蛮風はハンドルに鼻面を打ち付けた。
*
≪太陽暦:三〇五六年 十一月二十日 一六:二七 廃殻 壊都第六古墳≫
遺跡とは前文明の遺物が数多く残り、かつ“タイヨウ”の熱射と砂塵嵐に浸食されない場所だ。つまりは外殻や隔壁が健在する、前文明の都市。
壊都の遺跡もそう。戦火か災害か、あるいは我らの知り得ぬ何かから人々を隔絶するがための半透明の大球殻が、今や弾痕の残る頭蓋のごとく、楕円形に崩落し、断層を露わにしている。
その淵、降下スポットに四人は立っていた。有刺鉄線の門扉の向こうには、幾星霜と積もった歴史が、繁栄を代謝しつくした都市の亡骸が、息を顰めている。
「広い……そして、とても深い」
「ここらへんがビル群の屋上部。降下掘削で上層はあらかた取りつくされてる。狙うは下層だな」
アルナが覗き込んだ先、延々続く穹窿の内には壊都にも並ぶ規模の都市が広がっている。その穹窿の内壁に円環めいた階層が一重二重と連なり、重層都市を形成していた。そしてその下層ともなれば、もはや日射が刺すこともない。
「あ、あそこへ、降下する……というのですか?」
「まぁだいたい狙いの層まで深度200mってとこか?」
「わ、ワイヤーで降下していっても何時間もかかります!それに、とてもじゃないですがこんな装備じゃ……」
「そうだなっ!壊都の遺跡荒らしでさえ、下層までは30人以上で連隊を組み、一か月の計画を立て掘削するのだぞ!」
節だった人差し指が、喚くアルナと莫琉珂の前で右に、左に揺れる。
遺物荒らし御用達の合皮ベストを着こみ、腰に小型爆薬と牽引機を吊った蛮風と炉那は、大迷宮を前にしても常なる態度を崩さずに、淡々と装備の最終チェックを続けている。
「そりゃあ真っ当な遺物荒らしのやり方さ。生憎俺らは外道でアコギ。俺らのやり方でやりゃあなんとかなる」
「……対象を発見したら、信号弾の後、ここまでワイヤーガンを放つ。そしたら機蟲で引き上げてくれ」
「にゅわわ……?」
訝し気に首を傾げる莫琉珂を余所に二人は有刺鉄線の門を越え、黒曜めいて滑る光を放つ高層建築物群を見下ろす。
「……じゃあ、行ってくる」
「危ないから、間違っても来るなよー」
其れだけ言い、二人ともこちらを向いたかと思えば――そのまま仰向きに、穿たれた断層を過ぎ去って落下した。
「え、ええ、えええええええええええええ!?」
「にゅわあああああああああああああああああああ!?」
雲の上から足を滑らせたかのように、都市の中空を急降下していく。重力の手に引かれ、速度は加速していき、急速にビル壁が、階層が、浮遊する自律機械が急速に過ぎ去っていく。全景が滲み、歪み、引き伸ばされる。
やがて二人の直下に高層建築の屋上が――だがされど、二人は祈らない。
重力によってコンクリートへ叩きつけられる直前に、炉那は鉄腕を振るい、蛮風は金細工の蜻蛉を指に掛けた。
「な、成程……さすがは超力人造腱と“
「ああしていつも、採掘を……確かに、正道ではありません」
だが、それ故に荒業は神業となる。
煌めく翅が二人を階層の七段目あたりに着地したのを見届けると、アルナもほっと息を漏らした。背後では、既に莫琉珂が機蟲の腹に潜り込み、操縦球へと乗り込んでいる。
「あの様子では、寸刻探索を終えるだろう。こっちだってオチオチしてはいられんなっ」
「ええ。そうですね……まさか本当に明朝までに間に合うだなんて、想いもしなかった」
安堵したアルナは顔を綻ばせ、その繊手と繊手と重ね合わせた。
神経が弛緩したからだろうか、かえってその感覚は鋭敏となる。それまでは聞こえていなかった風塵の唸り、穹窿の反響、そういうものが改めて耳に響く。
その中に混じって
何かの器機の起動音が、高音域の叫びを上げていたのを――彼女は確かに、聞いていた。
後にこの“事故”は、遺跡荒らしが廃棄した採掘用の不発爆弾に、振動が伝わり着火、遅発したということに処理された。
まして何者かがこの降下スポットに爆弾を仕掛けたなど、誰が言うこともなく――壊都のある武力団によって、揉み消されることとなる。
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