第三章 天才登場
第6話
≪太陽暦:三〇五六年 十月十三日 〇九:〇〇 廃殻¨大羿¨開発区≫
少年と少女が出会い、その手を握りしめてから、約二週間が経った。
少女の言葉は嘘でなく、人員は即時配備され、巨砲の周囲には耐熱樹脂板の宿舎とソーラープラントが三日と経たず用意された。
ソーラープラントは概ね傘のような形をしている。これは小規模な部類だが、それでも3mあり、日の照り具合を高度知能機構“電想式”が自動で計算し、ソーラーパネルが満遍なく張られた傘の開き具合を自律的に変化させるのである。
日が昇り始め、タイヨウが起動したばかりの今頃ならば、斜向きの陽も捉えられるよう半開き程度の角度で傘は停まっている。その影の下で、炉那と蛮風は涼んでいた。
「電気も使えて宿舎は断熱素材に冷房完備。な?悪くねえ仕事だろ?」
炉那は答えない。そもあの日から、蛮風には最低限の応答さえもしないようになった。端的に言えば、拗ねているのだ。
蛮風は頭を掻き、そして胡坐にした足の上に据えた吸熱ポッドを抱きしめる。周囲の温度を吸収するそれは屋外じゃそう効果はないが、それでもなかなかに涼しい。初日にアルナから渡されて以来、常に持ち歩いている。
まるで新しいおもちゃを手にした子供だ、そんな様を炉那は鼻で笑い寝転んだ。
あれから二人はいくつかアルナの仕事を手伝った。護衛兼ガイドとして、廃殻市民の建築業者との仲介。周囲の集落への案内。そして廃殻の知識の教授――そんなとこだ。
事実、あの太陽官はよく働いていた。初日から命を狙われたというのに物怖じせずに周遊に努め、協力者と理解者を集めている。
だが、廃殻民にとって月都民とは、猛暑に弱く貧弱で、その癖こちらを侮蔑する鼻もちならない支配者。だからこそ、あの少女は未だ奇異、あるいは猜疑の視線を集めている。アルナの話では事前に各都市の都首に話が言っているのだろうが――それでも、美味い話にすぐに飛びつく程、廃殻民は善い人生を送っていないのだ。
「蛮風さん、炉那さんっ」
それを自覚していないのか、アルナは無邪気に二人に声をかける。炉那が顔を上げれば、彼女がその白金の長髪を垂らし、こちらを覗き込んでいた。初日来ていた厳めしいスーツではなく、薄手のシャツ姿。
「おうどうした嬢ちゃん。仕事か?」
「ええ、またお二人にご助力をお願いしたいのです。本日は壊都に向かいます」
「……
壊都、もともと炉那と蛮風が向かっていた都市。ここからならば車を使えば、まぁ正午ごろには着くだろう。この廃殻で正午過ぎに移動するのは自殺行為にも等しいので(つい一週間前二人はそれをしたのだが)、この早朝に出立するのは賢明だろう。
「まァもちろんいいが……面子は嬢ちゃんと俺と炉那と、あとあの眼鏡の秘書かい?」
「百道さんは此処に残り事務を。代わりに運転手さんを一人確保しています。それがどうかしましたか?」
心配そうに首を傾げるアルナを他所に、蛮風は唸り、顎を擦る。その視線は彼女ではなく炉那を向いていた。
炉那は話を聞いているか聞いていないのか、横目に彼女を見ていた。それにアルナが笑いかけてみせるが、特に感慨も無さそうに、淡白な視線を向ける。
「あ、あの。勿論何か用事があるならば……」
「別に」
それだけ言うと首につっていたタオルでその顔を隠す。煩わしい、とでも言うようにだ。拒絶されているわけではないが、取りつく島もない。アルナは少し寂し気に俯いた。
突如、砂埃がふわと巻き上がる。目を向ければそこには、ついさっきまで快活に笑っていた蛮風が倒れこんでいる。
「あ!あーあーあー!腹がいてぇ~~~!」
「……はぁ?」
「大変腹が痛い!つい先ほど腹が痛くなってきた!恐らくは胃の内壁が寄生虫にくわれている!」
「え、ええ!?死んじゃいますよ!?」
「俺は強かに生きてるから死にはしないがこれは休養が必要だ!悪い!お前らにはついていけない!」
だばだばと都合のいい口上を捲し立て、唾と嘘を吐きつくしたかと思えば、唖然とする二人を他所に蛮風はにやりと笑った。
それはまるで、悪魔か神か、あるいは五歳の悪童か。飛び切りのいたずら心を持つ者が、その才気を煌めかせた会心の笑み。
「二人で行ってきてくれ」
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