第31話
「うん、どこからどう見ても魔の森の入り口だな……」
フィリアの一言はレオンハルトとエリーナリウスに取って驚きだった。
特にレオンにとっては、「見つけられる」と言われていた場所が分からなかったのだ。
何気にショックを受けている。地面に膝を付いて、完全に「orz」状態だ。
「一体……どういうわけ……」
「レオン…………ドンマイですわ……」
「うん……ありがと……」
普段の雰囲気が崩れたレオン。
なんとも慰めにならない言葉をかけられつつも、レオンは思考を巡らせる。
(一体どこで幻覚に引っかかった? 『見つけられる』……いや、『見える』と言われていたが、どうやって見えるんだ? 人数の問題か? もう一度……いや、もう時間も遅い)
セグントスはレオンに「見えるようにした」と言っていた。
だが、どのように見えるのかまでは言われていなかったし、探し方も聞けていない。
そして、既に夕方近くになっているため、また森に入るわけにはいかない。
(こうなると、大聖堂に行ってみるしかないか……また、洗礼の時のようになるかは分からないが……)
もう一度、神達に相談しよう。
そう決め、レオンは二人と共に帰路に着くことにした。
今日、小隊から離れて戻ってくることはレオンの父であるジークフリードも知っていたので、恐らく待っているだろう。
そう思いながら、三人で中隊の野営地に戻った。
「どうだったレオン! 楽しかったか?」
「ええ、父上。ガイン小隊長やセベリノ殿とも知り合えましたし、楽しかったですよ」
「そうか! ガインは今回の有望株でな、その兵士達もよくやっている。いずれレオン、お前が軍に入る時にお前の指揮下になるようにしてやろう!」
今回共に一日目を過ごしたガインの小隊は、ジークフリードも目を掛けているらしい。
そして、何故かレオンの部下にすると言い出している。
こういうところはジークフリードの親馬鹿を窺わせる部分だ。
「さて、父上……いえ、公爵。申し訳ありませんが、我らは領都に戻ります」
「む、そうだな………エリーナ、王女殿下。今回は参加してくださりありがとうございました。また王都でお会いできる日を楽しみにしております。レオンハルト卿、頼んだぞ」
「はい、公爵」
「それではご機嫌よう、ジークフリード公爵。明後日の総評でお会いしましょう。——レオン」
「はい、王女殿下。参りましょう。……それでは」
エリーナは王家代表。ジークフリードは軍の総司令。
立場上、親族といえど今回は話し方に気を遣う。そしてそれはレオンも同じだった。
さて、エリーナは王家の代表として視察という名目で来ているわけだが、ずっと中隊と動くわけではない。
無論、国王であるウィルヘルムなど、男性王族であれば一緒に訓練する場合はある。
しかし、女性王族はそうはできない。安全面もあるので、近隣の安全な都市に滞在するのが通例である。
そのためエリーナが一緒に訓練している……というか分隊指揮しているのは本来おかしい。
そういうわけで、明後日の総評まではライプニッツ公爵領都である「エクレシア・エトワール」に滞在するのだ。
中隊も明後日には領都に併設される軍本部に戻ってくることになる。
(ちょうど時間ができるから、領都の聖堂に行ってみるか……)
そんなことを考えていたレオンであった。
* * *
次の日の朝。
レオンとエリーナは、公爵邸の隣にある騎士団の建物に入り、訓練場を借りて訓練していた。
昨日、領都「エクレシア・エトワール」に入った三人は、そのまま公爵邸に入り、訓練の疲れからか食事もそこそこに休んだが、流石は子供。
次の日には訓練場で思い切り動いていた。
「中々難しいですわね……」
そう言うエリーナは【氣】を試しながら戦う。
エリーナが【氣】を使うと、オーラが鮮やかな紅色になる。
「でも習得はしたんだろう?」
「そうなんですけど……なんか魔法と違って難しいんですの」
「何でかな……」
そんな風に試行錯誤しながら、朝食まで訓練をした。
朝食の時間は、三人揃って……と言いたいところだが、フィリアが起きてこないので、レオンとエリーナは二人で朝食のテーブルに着いた。
今日は朝からフレンチトーストらしい。
実は、レオンはパウンドケーキ以外にも、フレンチトーストを王家と公爵家のシェフに伝え、作ってもらっていた。
無論いずれは商品として出してもいいと思ってはいたが、まだ砂糖の安定供給に至っていないため、パウンドケーキと共に今後コールマン商会に出そうと考えていた。
そんなわけで甘いフレンチトーストに舌鼓を打ちながら、レオンはエリーナと話す。
「エリーナ、今日はどうするつもりだい?」
「特に決めてはいませんけど……レオンはどうしますの? どこかお出かけしてみますか?」
現状、レオンはエリーナに仕える立場だが、それでもエリーナはレオンの意見を優先する。
そのようなわけで、基本的に何か行動する場合、レオンが決めることになるのだ。
「できれば聖堂にでも行って、礼拝をしようかと思っているよ。もしかしたら、魔の森についても分かるかも知れないしね」
「確かにそうですわね。では、そうしましょうね!」
エリーナはレオンと行動出来るだけでも嬉しいのだろう。
ただ一緒に聖堂に行くだけでも喜んでくれるようだ。
* * *
公爵邸から数分で、「セプティア聖教」の聖堂へ到着する。
ほんの短い距離なのだが、レオンもエリーナもお忍びではないため、馬車で動かなければいけない。
レオンは公爵邸から出て行こうとしてメイドに止められていた。
「しかし……王都のにも負けず劣らずだな……」
「まあ、聖教ですからね。そんなに小さなものにはなりませんよ? それに、ここエトワールはイシュタリアの第二の都市ですから!」
「そうか………ふふっ、そうか……」
嬉しそうに告げるエリーナの様子は微笑ましいものだ。
レオンも自ずと笑顔になる。
聖堂に到着すると、司祭が出迎えてくれる。
「ようこそおいでくださいました、エリーナリウス様。そして、レオンハルト様も初めてでございますな。ごゆるりとお過ごしくださいませ」
「ありがとうございますわ」
「突然の訪問で済みません。少し礼拝をと思っております。……これは心ばかりですが」
レオンが、小袋に入れた白金貨を渡す。
やはり王族である以上、こういう寄付を惜しむつもりはない。
教会の影響力というのは侮れないものがある。
「これはこれはレオンハルト様、恐れ入ります。………どうぞ、こちらへ」
そう司祭は言うと、レオンとエリーナを奥の礼拝堂へ案内する。
「礼拝が終わりましたら、そちらのベルを鳴らしてください。すぐに参りますので……」
レオン達が通されたのは、特別な礼拝堂らしい。
見た目は簡素だが、荘厳な造りであり、空気も違う。美しい七柱神の像が祭壇を囲むように並んでいる場所だ。
そして通常共にいておかしくはない司祭もいないのだ。
実は王族が礼拝をする場合、様々な事情や、七柱神の神託に繋がる場合もあるため、司祭は立ち入らないようにしている。
それはどこでも共通であり、実際レオンやエリーナが洗礼の際に入ったのはそのような場所であった。
「さて、と……それじゃ、始めますか」
そう言って、レオンは祭壇の前で膝を付き、両手を組む。
「七柱神よ……我が願いを聞き給え……——」
そうレオンが言葉を紡いだ瞬間、七柱神の像が光に包まれ、レオンの意識は白に塗りつぶされた————。
* * *
レオンが目を開けると、そこは真っ白に塗りつぶされた世界だった。
ああ、白も行き過ぎると闇だな……なんてどうでもいいことを考えていると、何か人らしきものの輪郭が、朧気に見える。
「久しぶりだな、神崎……いや、レオンハルト君。元気そうで何よりだ」
唐突な声は、目の前の存在から出ているようである。
そして、レオンはその声に覚えがあった。
「セグントス様……?」
「ああ、そうだ。しかし……ふむ、まだ私の姿は見えんかね?」
「ええ……」
「そうか、残念だ」
残念という割には、軽い調子の言葉だった。
レオンはそれも気になったが、今回の礼拝の目的を伝える。
「セグントス様、例の『魔の森』に行ったのですが、場所が分かりませんでした。何か必要なことがあるのでしょうか?」
レオンとしては、何か聞きそびれたのではないかと考えていた。
しかし、次のセグントスの言葉はというと……
「うむ、そうであろうな。まだ無理だ」
「なっ!?」
はっきりと「無理」と言われたのだ。
レオンは少しムッとしたようで、声に棘が出る。
「無理なら何故頼まれたのですかね、わざわざ僕が行く必要が?」
「ははは! そう拗ねるな。簡単な話、君のスキルが充分なレベルに達していないのだよ。それをクリアすれば直ぐに分かるさ」
セグントスの言葉に、レオンは声を詰める。
(そんな簡単に言ってくれるが、伸びないんだよ……)
そう心で呟く。
すると、セグントスは唐突な話をしてきた。
「君は、自分の最も強力なスキルはなんだと思うね?」
「強力? ……【魔術】とか【氣】ですか?」
「うむ、確かに強力だろう。だが、それは君の本質のスキルではない。それは努力でどうとでもなるからだ。エリーナリウス君はまさしくそうだろう?」
確かにエリーナはレオンと同じようなことが出来る。
それは以前から不思議ではあった。
しかしそれよりも驚いたこと。
それは【魔術】は自分の本質であるスキルではない、ということだ。
どういう意味か分からず聞き返す。
「本質とは……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。君の
自分の全てのスキルに関連する大元。
そして、【魔術】は旧世界では普通のものだったらしい。
そんな事を聞かされても、流石にレオンも何の能力が大元か分からなかった。
「申し訳ありません、セグントス様。僕のどのスキルが、大元になるのですか?」
「おや、分からなかったか……もう少し考えると思っていたが。まあいい…………レオンハルト君、君の大元であり、最も強力と言える能力。
それは——【
【
確かにレオンの持つ能力において、これは特殊であり、便利であった。
だが、レオン自身としてはそこまで重要視していなかった。
セグントスの言葉を聞いたレオンは、流石に驚いて呆け顔だ。
「はは、中々愉快な顔をしているな。それほど驚きだったか?」
「……っ、え、ええ。普段から使っていたとはいえ、そこまで便利とは……パッシブでもありませんし、レベルも上がりませんし……」
「成る程成る程……ふむ、君はこのスキルをそこまで使っていないようだ。それではレベルも上がらんよ」
レオンとしてはよく使っているつもりであったが、セグントスからみると少ないようである。
セグントスの言葉からすると、「使っていないからレベルが上がらない」と言うことらしい。
「し、しかし……使うと行ってもそんなに色々調べることもありませんし……」
「フッ………聡いと思っていたが、意外と……精神は肉体に引かれるとも言うからな……」
レオンの状況に笑いを抑えながら、セグントスは言葉を重ねる。
それはまるで、講師が出来の悪い生徒に教えるかのようであった。
「レオンハルト君、よく考え給え。君のそれは、単なる分析能力や鑑定能力ではないんだ。あらゆるものを【
「あらゆる……もの」
「そうだ。勿論今は固定されたもの、目に見えるものだけだろう。だがそれだけでも色々なものが存在するだろう? そして何より、【
そう。
【
そして、それを自分にフィードバック出来るのだ。
その言葉は、レオンにとって最高のヒントだった。
「……知りませんでしたよ………ん? まさか、スキルもですか?」
「無論、そういうことだ。そしてレベルが上がれば、気配だろうと何だろうと解析対象になるのだよ」
「!! そうか…………ありがとうございます、セグントス様!」
レオンがお礼を言うと同時に、セグントスの輪郭がぼやけ、身体が後ろに引っ張られるような感覚を覚える。
そんな中、セグントスの声が微かに響く。
『これからも精進し給え——そうすれば彼女も————君は、——鍵——だからな』
* * *
レオンが目を開けると、聖堂の祭壇の前だった。
「どうでしたの、レオン?」
「エリーナ……」
エリーナは先に礼拝を終えていたのか、レオンを気にしていたようだ。
「……ああ、良いことを聞けたよ。待っててくれてありがとう」
「いいんですのよ……さあ、帰りましょう?」
(エリーナマジ天使すぎる……)
かなり待たせてしまった筈なのに、何も咎めずただ微笑んでくれるエリーナは、レオンにとってまさしく天使だった。
「後で詳しく話すよ、エリーナ」
「ええ! もちろんですのっ!」
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