第30話
「【氣】…………ってなんですの?」
エリーナの気の抜けたような反応である。
だが、これを「気が抜けている」と言える人はほぼいないだろう。
「おやおや、また懐かしい名前が出て来たな……【氣】か……」
一方で、フィリアは懐かしい目をしてその名を口ずさむ。
「やはり、一般的ではないのか」
「それはそうだ、セベリノからも聞いただろう? 【気功】はあっても、【氣】の使い手はそれこそ二十年は出ていない。それに、【氣】を使う連中は目立つことはないんだ」
どうも【氣】の使い手は珍しいようである。
レオンは薄々感じてはいたものの、「目立たない」ということに驚いたようだ。
「なんで目立たないんだ? それこそ使えるなら、実力者になるはずだと思うが……」
「あー………うん、あまり知られていないのも当然か…………【気功】の興りを知っているか?」
「いや……」「知りませんの……」
レオンは自分が使った感覚から、放出系の魔法や魔術と違い、【氣】を使うイメージを持てば高い能力を得られることを感じていた。
そして、それを習熟すれば、それこそ魔物だって素手で倒せるのでは? そういう人物は有名になっているはずだと思った。
それはエリーナも同様だったが、そんな二人に話されたのは、【気功】の興りについてだった。
〜〜〜〜〜〜〜
元々、【氣】は人間が使っていた物ではない。
それは「獣人」として知られる亜人達が使っていたものだそうだ。
どんな種族にも魔力はあるとはいえ、実用レベルに魔法を使えるのは人間が多い。
亜人たちも使える者はいたが、あまり多くはなかった。特に「獣人」たちは。
エルフ達は「精霊」と呼ばれる存在と契約し、その力を借りて魔法を行使し、人間達は「詠唱」により魔法を構築する術を得た。
だが、獣人達は?
彼らは力が強かった。
彼らの身体能力は、どの種族をも上回っていた。
だから、魔法を必要としなかった。
そしてそれは————魔法を持つ人間達の「欲」へと繋がった。
高い身体能力を羨み、恐れた人間達は、平和に、自由に森で暮らしていた獣人達を襲った。
あるものは「奴隷」として。
あるものは「兵士」として。
あるものは単なる「欲望のはけ口」として。
「国家」という枠組みを持たなかった獣人達には、「群れ」としての保護も力も無く、ただ蹂躙されていた。
それを、とある獣人が嘆き、自分たちでも使える「力」を手に入れようとした。
「友」を守るため。
「家族」を守るため。
「同族」を守るため。
「獣人達」を守るため。
唯一人で獣人達の背後を守り、そのために自らの肉体を極限まで昇華させた存在。
そして彼が見つけたのが、旧世界の文献に存在した【氣】。
旧世界の獣人達が使ったと語り継がれるもの。
しかし誰も本質を知らない力。
その獣人は、自らの肉体と魔力だけを頼りに、唯ひたすら剣を振るい、盾を構える。
肉体の限界を超えても戦い、守るために。
どの獣人でも、愛する家族を守るために。
唯独りで、同族を守るために。
その中で遂に彼は【氣】を理解し、それを習得した。
しかし、その獣人も歳を取り、自分だけでは守れないと理解した。
だから彼は【氣】を獣人達に伝授した。
だが、すべての獣人が使えたわけではない。というより、使えた者は少数にとどまった。
【氣】を習得するための鍛錬やその気高い精神性は、圧倒的な身体能力を持つ獣人を持ってしても耐えきれるものではなかった。
もちろん少数の獣人達は、師であるその獣人の教えをすべて耐え、弟子になったが、完璧ではなかった。
だから、誰もが自らを守る力を得られるようにするために、派生の形である【気功】を編み出した。
師である例の獣人もそれを認め、獣人達で少数が【氣】を、他の大勢が【気功】を学んだ。
そのおかげで多くの獣人が戦いを生き残り、自分の家族を守ることが出来た。
だがそれを見た人間達は、今度はその力を欲し、獣人に近づきだした。
明らかな手のひら返しであるが、獣人達も疲弊していたことから【気功】を人間達に伝え、獣人達は自分の国を得た。
しかしながら、人間達は獣人ほど強くなく、高い精神性も持ち合わせていなかった。
そして魔法に重きを置いていたことや、元々の【氣】の精神性を知らない人が増え、理解されていなかったことで、【気功】はガチンコバトル系の脳筋や、魔法の使えない者達が行うもの、というイメージが定着してしまった。
そして稀に人間で【氣】の使い手が生まれ、獣人の国で修行をしても、その使い手は高い精神性から過度な注目を避け、弟子を育てながらひっそりと生活するのだ。
〜〜〜〜〜〜〜
「——そんな状態を何世代も続けた結果が現在の状況な訳だ。たまにスキルを得る人はいても、結局スキルだけでは限界がある。修行を受けても耐えられないか、耐えたら世捨て人になるかだ」
「…………そりゃ、稀なわけだな」
「ですわね…………」
「まあ、そういうことらしいぞ。少なくとも私がかつて出会った【氣】の使い手はそう言っていた」
どうもフィリアには【氣】の使い手の知り合いがいたようだ。
流石はハイエルフ、伊達に長く生きてはいない。
しかし、そういう話を聞くと、獣人の国に行きたくなるレオンであった。
そしてレオンが新しい力を使えるようになると、その影響をもろに受けるのが一人。
「レオン! わたくしにも教えてくださいですの!」
「今度な」
もはやお決まりである。
そして、ますます強くなるエリーナを見て、「またやりやがった……」と頭を抱える陛下もお決まりである。
* * *
次の日。
早朝からレオンは起きて、周辺の警戒に当たりつつ剣を振る。
もはやこれは日課だ。
魔力循環の訓練と剣の訓練は、毎日欠かさず行っている。
そしてその横では同じように剣を振るうエリーナの姿。
やはり二人で訓練している。
「ねえレオン、【氣】を教えてくださいですの!」
「今からか? 良いけど、すぐに出来るとは限らないぞ?」
「それでも構いませんの」
そう断言されては従うしかないレオン。
基本的にエリーナに対してはかなり甘いのではなかろうか。
結局エリーナは【氣】を習得できた。
ただ、纏う
さて、今日は小隊を離れ、魔の森の探索を行う。
例の、セグントス様との約束を果たすために、場所を見つけなければいけないのだ。
「十歳までに」と言われているものの、早めが良いらしい。
しばらく二人で【氣】を利用した訓練をしていると、フィリアが眠そうな目をこすりながらテントから出てくる。
彼女は自分専用のテントを持っており、悠々自適に参加していた。ちなみにエリーナもそのテントに入れてもらっている。
ちなみにレオンは、男性兵用のテントに雑魚寝である。
「……あふぅ…………ん〜……お早う二人とも、というか早すぎるぞ」
「そうか? 僕もエリーナもいつもこのくらいだぞ?」
「フィリアさんはこのくらいではないんですの?」
あまりにも二人が早起きなので、フィリアは驚き、かつ少し皮肉を言いたくなったのだが、逆に自分が遅いと言外に言われ、「むぐっ」と唸る。
「……王族とはこんなに早いのか? 私は良いんだ、研究職だからな……」
「ああ……まあ、母上もゆっくりだったな、そういえば」
「確かに、ヒルデ伯母様は朝が苦手でしたわね……そういえばお祖母様も……」
レオンとエリーナから、なんとも言えない情報が出てきた。
レオンの母であるヒルデも朝が苦手だった。そして、エリーナの祖母、つまりクレアラーラ王太后殿下も同様であるらしい。
彼女達が元、もしくは現役の魔導師団長だということを考えると、魔導師とはそういうものなのかも知れない。
「魔導師とはそういうものだ……基本的に自分の研究が好きだからな」
少しフィリアは自分の方に見方がいることを喜んでいるらしい。さっきより声が弾んでいる。
そんな話をしている三人の背中に、声がかけられた。
「おはようございますエリーナ様、フィリア様。ゆっくり休まれましたか?」
「ガイン小隊長殿、ありがとうございます。ゆっくり眠れましたわ」
「私もよく休ませてもらった。済まんな、君たちに見張りをさせてしまって……」
今回、エリーナとフィリアは見回りを免除された。
通常、兵士達は男性も女性も同じように歩哨に立つ事が要求される。
だが、彼女たちは特別参加なので、歩哨を免除されていた。
尤も、エリーナ自身は歩哨をする気だったのだが、流石にレオンに止められていたという状態である。
「ガイン、残りの二日間はしっかり指揮を執れよ。セベリノもいるから心配ないと思うが……」
「勿論ですレオン隊長。それより、歩哨にも立っていただきありがとうございました。いずれ我らの上に立つ方が率先して動かれたのを見て、兵士達も心を動かされたようですし」
「それは買いかぶりすぎだし、必ずしも軍人になる訳ではないんだがな……だが、楽しかった。またいずれ、な……セベリノにも宜しく言ってくれ」
「ええ、勿論です。お気を付けて」
そんな会話を済ませ、レオンとガインはお互い敬礼する。
本来立場としてはガインが小隊長で、正式に士官なのだが、なんだかんだでレオンを隊長と呼んでいるあたり、彼の柔軟さが窺える。
いずれまた会える日を楽しみにしつつ、レオン達は小隊から離れた。
* * *
三人で魔の森を探索する。
レオンはすでに『探査』を魔術で行っており、他の二人——エリーナとフィリア——も同じように魔法で探索している。
だが、一体どの方角にその隠された家があるのか、全く分からない。
魔法を使いながら、特殊な魔法が使われていたり、建造物がないかを探していても反応がないのだ。
「うーん……隠された家と言われていたが、ここまで隠されているのか……全くつかめないな」
「本当ですわね……」
「家という話だが、どんな家なのだ?」
今回の目的について、エリーナは完全に知っているがフィリアは詳しくは知らない。
あくまで監督者として同行しているだけなので、把握が出来ていなかった。
「済まないフィリア……聞いているところだと、隠された家と言われていて、僕にしか見えないらしいんだ。でも、建物である以上、何らか痕跡があると思うし、それこそ魔の森という広大な場所を探させるんだから……」
「何か分かるものがあるはず……か」
「そう思うんだけどな……」
そう言いつつも、レオンは不安に感じていた。
「魔の森」と呼ばれるだけあって、魔物のレベルは通常より高く、様々な罠や幻覚があることでも知られている。
(そんなところに、自分だけならまだしもエリーナやフィリアを連れて行って大丈夫なのだろうか……)
そう考えても仕方ないだろう。
とは言いながらも、既に探索を続けている以上、引き返せとも言いがたい。
「そういえば、エルフの里では、魔の森を『迷いの森』と呼んでいたな。あるところまで奥に進むと、気付いたら入り口に戻っていたとか……」
「何だって? 入り口に戻るのか?」
「ああ……確かな。予想としては、幻影の類かと思うが……」
フィリアがふと漏らした言葉はレオンの思考を動かす。
「そうか……なるほどな」
「どうしましたの?」
「いや、何故この森にはそんな仕掛けがされているのかと思ってな」
「……どういうことですの?」
「何故この森は奥に行くと、入口に戻すようなものになっているんだと思う?」
そうレオンは問いかける。
確かに幻覚や感覚を狂わせて迷わすというのは、このような森や、ダンジョンと呼ばれる特殊な構造物に見られる。
それは多くの場合、獲物を狩るための罠だ。
だが、この森はというと……
「あら? でも嫌がらせのためじゃないんですの?」
「それだったら、入口に戻す必要はないのでは? ……まさか」
エリーナは別におかしく思わなかったようだが、フィリアは違和感に気付いたようだ。
「確かにおかしいですわね…………まさか、幻覚とか感覚を狂わせて、大切な場所に近づけないようにしているんじゃ……」
「まあ、そう考えるのが妥当だな」
「なるほどな、だから『迷いの森』になっていたのか」
三人ともこの魔の森のおかしさに気付く。
明らかに人を害するのではなく、「避ける」ように作られたもの。
つまりはその先に、大切なものがあるというわけだ。
三人はそのまま魔の森の中心近くに向かって移動する。
途中で休憩を挟みつつ歩いて行くと……
「ん? ここは魔の森の入り口ではないか?」
「……なに?」
フィリアの言葉に怪訝そうにレオンが返す。
どうも三人とも、入り口に戻って来てしまったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます