第28話

「レオンもエリーナちゃんも、アレクくんも、もうすぐ洗礼から一年経つのよね〜」

「どうしたんですの伯母様、いきなりそんな……」


 レオンの母であるヒルデ公爵夫人の突然の一言に、エリーナが聞き返す。

 確かに、洗礼からほぼ一年が経とうとしている。

 はっきり言って平和な一年とは言えないが、それでも無事過ごすことが出来た皆である。


 現在の気候は冬。

 王都である「ベラ・ヴィネストリア」には雪は降らないものの、気温は下がっており、皆が暖炉の側にいることが増えた。

 普段外で遊ぼうとするヘルベルト王子や、レオンの兄ハリーも室内で勉強したり、遊んだりしている。


「ほら、もうすぐ年越しじゃない? 年が明けたら王都にいる法衣貴族たちはみんな挨拶に来るのよん。その準備をしておかなきゃ♪」

「そういえばそうだな。洗礼が済んでいるので、今年は皆参加だ。良いな?」

「そうか、僕らも出る訳か…………」


 レオンが呟く。

 気乗りしなさそうな声だ。

 それはそうだろう。普通の貴族の子供でもまだ参加しない年齢である。

 それを聞きつけたエリーナが素早く反応してきた。


「あら、良いじゃありませんの。この機会にしっかりとわたくし達の繋がりと、レオンの立場を法衣貴族達に明確にすべきですわ」

「ふむ、あながち間違っていないぞ、エリーナ。基本的に貴族が挨拶に来るわけだが、その時に顔つなぎをするんだ。そして、エリーナとレオンの事や立場を見せる必要がある」

 

 そう、ウィルヘルム陛下——ウィル叔父上からレオンは言われた。


 宮殿内ではよく知られているし、レオンも上級騎士爵のメダルを持っているので気にしていなかったが、実はレオンの立場やエリーナとの関係はそれほど知られていないのだ。

 地方は当然のこと、法衣貴族でさえあまり知らない。

 それこそ知っているのは、宮殿の中でも上級貴族や、王家に近い面々である。


「確かに、僕らの立場や関係は知られておいた方が良いですね……そして今のうちから顔つなぎをしていれば、十歳のお披露目会で面倒が減りますね」

「よく分かっているな、流石俺の息子だ」


 レオンの一言に対して父であるジークフリード公爵が反応する。

 かつてほど絡んでは来ないが、子煩悩なのは変わっていない。


「はあ…………みんなの前にでるの? きんちょうするよ……」

「文句言うなアレク。どうせみんな一緒だし、お披露目会ほど来るわけじゃないんだ。怖いなら俺とハリーの後ろに隠れてて良いぞ!」

「ベルト、そこは慣れさせようじゃないか。甘ちゃんに育っちゃうよ?」


 アレクサンドはインドア派であり、出たいと思わないようだ。

 それを窘め、連れ出そうとする兄であるベルト王子とその親友であるハリーの笑顔が黒い。


 というより、レオンとエリーナが異常なのだ。

 幼い頃より自らに課題を課し、徹底的に物にしてきている。

 対大人に慣れており、物怖じしない五歳が一体どれほどいるだろうか。


「というか、ダンス踊らなきゃいけないよね? どうする?」

「はぁ〜? ……あ、そっか、レオンはエリーナと……ルナ! アンタ、アタシと踊りなさいよ! 男装して」

「出来るわけないでしょ!? 大体ステップも違うじゃないのよ! わたしはアレクもいるし!」


 第一王女のルナーリアと、公爵家長女のセルティックがダンスの件で揉めている。

 実はセルティのパートナーがレオンだったのだが、婚約関係を明らかにするためエリーナとパートナーである。そして今後、セルティではなくエリーナがレオンのパートナーである事は間違いない。

 そうなると、セルティには相手がいないのだ。


 一方のルナーリアは、第二王子であるアレクサンドがパートナーであるので、心配ない。

 しかし、相手がいないセルティにとっては困ったことである。

 本来、近親者か婚約者などがパートナーである事が多い舞踏会である。

 そして既にお披露目会の終わった彼女たちは、他の貴族家にとってはある意味獲物である。


 どうにかして王家、そこまで行かなくても王族に連なる公爵家との縁を望む者も多く、言い寄ってくる連中がダンスに誘ってくるのだ。

 これがセルティの嫌いな物だったのである。

 それで弟をパートナーにしていたのに、あっさり弟は婚約者を持っているという状態。

 セルティの気苦労は続く。


 そのようなわけで、色々ワイワイと騒ぎながら、新年のご挨拶についての流れが決まって行く。



 * * *


 レオンは独り、自室で悩んでいた。

「やばい……いい加減魔の森に行って、セグントス様からの依頼を果たさなければ……!」


 七柱神・第二柱の天地神セグントスから、魔の森に存在する隠された家に行き、とある宝珠の望みを叶えなければいけなかった。


(一応十歳までにと言われたが、早めに行っておくか……せっかく外出許可があるし)


 できる限り、早めに出来る事はしておくというのがレオンの指針であった。

 勿論、ただ外出したいというのもあるのだが。


 実は、例のマーファン商会の件が終わってから、外出許可はあったものの中々出る機会がなかったのである。

 特にレオンはエリーナの近侍であり、中々離れようと思わなかったというのもある。


「参った…………どうしたものかな」


 何か上手い理由を考えつくことも出来ず、時間ばかりが過ぎて行く。

 いくら外出出来るとはいえ、簡単ではない。

 理由、行き先、門限もある。

 それが「魔の森にいって、七柱神の依頼を果たしてきます。いつ帰るか分かりません」なんて言えるわけがない。


 ひたすらベッドの上でゴロゴロするしかないレオンであった。


 * * *


 朝早く。

 宮殿内の近衛騎士団の訓練場。


 ————キンッ!

 ————カッ、カカカカカカッ!


 凄まじい剣戟の音がする。

 これをしているのは誰かというと…………


「レオンどうしましたの? 少し剣が乱れていますわよ、何か悩んでいません?」

「ぐっ………流石エリーナだ。ちょっと考え事をしててね………」


 エリーナからそう話しかけられたレオンは、ぐっと言葉に詰まった。

 朝からかなりの勢いで模擬剣を振り回すのは、レオンとエリーナである。


「おい、どこが乱れてるんだ?

「知るかよ……というより見えねえよ……」


 不運にも、偶々早朝の訓練をしようとやってきた近衛騎士は、その状況に唖然とするしかなかった。

 五歳の男女が、凄まじい早さと勢いで戦っている。

 しかも、これでも乱れているらしい。


「おい、端っこで素振りしようぜ」

「だな」


 やむを得ず、二人の騎士は素振りだけにした。


 しばらくして、休憩に入ったレオンとエリーナは、訓練場の横にある休憩室で話していた。


「実はさエリーナ、僕が前に転生者だって話はしたよね?」

「ええ、勿論ですわ。そして、その頃の記憶を使って、色々作ったり考えたりしているんですのよね?」


 エリーナにだけは、ステータスを見せたときに転生者である事が知られている。

 そして、この前レオンが作った「リバーシ」やシュガービートについても地球での知識を使っていることを分かっていた。

 だが、それがどうしたのか。


「実は、洗礼の際に七柱神に出会って……」

「いや、どこからその話になったんですの!?」

「うん、なんか転生したのは七柱神のおかげらしい………」

「そうなんですのね……いえ、それは良いですけれど! どうしたんですの?」


 レオンは話した。

 実はセグントス様からの依頼で、魔の森に行く必要があること。

 そこで「とある宝珠」を手に入れる必要があること。

 でも、流石にこれで外出するとは言えないこと。


「そうなんですのね………でも、早めが良いのでしょう?」

「うん、まあ、そうなんだけどね………」

「でしたら丁度良く————」


 * * *


「————魔の森の手前までやってきましたわ!」

「いやいやいや、何で!? 助かるけどさ!」


 そんなわけで、レオンとエリーナ、さらにはライプニッツ公爵と王国軍の一個中隊は魔の森の近くにいた。

 エリーナから「丁度良く」などと言われたが、一体何のことだろうか、とレオンは考えていた。


 実は、この冬の時期を利用して、氷点下サバイバル訓練を軍は行うのだが、それに同行することを許可されたのだ。

 勿論レオンにとって外出許可を取るのは難しくはない。

 だがエリーナはというと…………


『ねえ、お父様! そろそろ王国軍のサバイバル訓練の時期ですわ! これには王家も誰か参加しなければなりませんわね!』

『ああ、そうだな。今年はどうしようか————』

『わたくし、参加しようと思いますの! レオンと一緒に軍の訓練に参加しまして、兵士達と交流し、そして心身共に強くなろうと思いますのよ? 良いですわね?』


 最早有無を言わせない勢いである。


『い、いや、流石にお前、子供にそれは…………』

『お父様はお仕事でしょう? 当然お母様も色々年始の準備がありますわ。流石にお兄様では足手まといでしょうし、ルナも行きたがりませんわ? アレクなんてもってのほかです。ほら、そうすると私とレオンが安心ですし、確実でしょう? 違いますかしら?』

『おま、お前、ヘルベルトに何という………お、おう…………』

『あ、足手まとい……俺が……足手まとい…………』

 

 明らかに陛下が口負けしており、エリーナに条件を呑まされていた。

 エリーナ曰く「純然たる交渉ですわ!」と言うことらしいので、レオンは深く追求しなかった。

 そして可哀想なヘルベルト王子である。


 さて、普段から訓練しているレオンやエリーナにとって、軍との訓練は歓迎できるものだったが、それ以外の人にとっては地獄である。


「うぅ………寒い。いくら大人だからとはいえ、何故私が行かねばならんのだ…………」


 寒さに凍えているのは誰であろう、フィリア・ティアラ・イストリウスである。

 元・宮廷魔導師団長であり、魔導発動体がクレイモアのような形状をしている事からも分かるとおり剣の使い手でもある彼女だが、彼女は冬が苦手だった。

 基本的にエルフ領は暖かく、寒暖差が少ないように結界が施されている。

 だからあまりに寒いところは、エルフ全般が苦手であった。


「お、おおおおおおおい、レオン……何でこんな時期にこんなところに………」

「………うん、なんか済まない」


 震えて歯の根が合わないのか、震える声で文句を言ってくるフィリア。

 レオンにとって、今回の件は自分の一言で参加になったものである。

 そして巻き込んでしまったフィリアに対し、罪悪感が少なからずあった。


「レーオーンー! 皆待っていますわ! 早くこっちに来てくださいまし!」


 エリーナはしゃぎすぎ問題である。

 さて、この訓練で行うことは以下の通りである。


 ・寒い状態でも剣を振るための訓練

 ・寒い状況で獲物を手に入れ、生き残る訓練

 ・属性魔法なしでも生き残る訓練


 軍にとってはこの三つが主な目的である。

 毎年行うのだが、これを経験するのは基本的に新人である。


「うぅ……マジ寒い……」

「何でこんな訓練を……」

「つうか、王女様とレオン様が元気すぎる……」


 兵士達のなんとも言えない言葉が聞こえてくる。

 そんな状態の各小隊に対して、それぞれの小隊長はというと………


「…………」


 反応がない。ただの屍のようだ。

 あまりの寒さに精神が保っていないのだろう。目が死んでいる。


 何を隠そう、この年末のサバイバル訓練は、春に入隊したばかりの新兵と新任の小隊士官の訓練でもある。

 当然これまで、ここまでの寒さに耐える必要がある気候で生活したことがなかった。

 勿論、これまでの半年以上の訓練で鍛えられたが、一般人に比べて強くなっただけで、こういう過酷な状況は初めてだった。

 特に士官達は貴族出身だ。目が死んでも仕方ない。

 

 そんな様子を見ながら、レオンは首を傾げるしかなかった。


(おいおい、軍人ともあろう連中が、この程度の気候でこんな面になるのか? 大体、士官である小隊長がなんて面してんだか………訳分からん)


 前世では南の方に住んでいたが、なんだかんだ雪も降る気候で、一時期寒冷地に住んでもいたレオンにとってはこの程度がどうした、という思いであった。

 そしてそれはエリーナも同様のようだ。


(この人達は何故こんなにお顔が死んでますの?)

(多分慣れてないんだろ)

(でも軍人でしょう?)

(まあ、気にしてやるな。それより僕らも今回魔法は無しだ。自分の身体能力と直感が頼りだぞ、いいな?)

(ええ!)


 レオンとエリーナは、目と口の動きだけで会話していた。

 流石はこの二人、以心伝心である。


 この訓練には中隊長や新しい小隊長と隊員以外に、ベテランの兵士達もいる。

 彼らはいわば教官役であり、新兵達の訓練とサポートをするために連れてこられていた。

 彼らは既に慣れており、この程度の寒さなど全く気にしない。


(どうだ? 新兵の様子は?)

(ふん、ひよっ子ばかりだ。付与効果エンチャントかけている奴もいる)

(まあ、それはすぐバレるだろ。だが、王女様とレオン様はすごいな。平気な顔しているぞ)

(流石に何か付与効果エンチャントかけているだろ。それか魔導具だな。流石に司令官閣下もそんな無茶はしねえよ。息子と姪、しかも王族だぜ?)

(…………いや、何も感じないぞ?)

(((マジか!? パネェ!)))


 ちょっと驚いたベテラン兵達である。



 さて、一緒に付いてきていたフィリアも寒がりなのだが、


(ふう……魔導師である私は魔法を使えば自分の周りを暖めることが出来るからな……これで問題ないだろう。レオンとも距離があるからバレまい)


 一人だけ魔法を使って暖を取っていた。軍人ではないからという理由で使っている。

 そしてわざわざレオンから距離を取ってバレないようにしているのがズルい。

 だが、こういうことをしていると……


「いいか! これから三日間行うサバイバル訓練では、魔導具や魔法の使用は不可だ! 暖を取るのも火をおこして使え! 獲物を狩るのも同様だ! 分かったか!」

『『『は、はっ!』』』


 この中隊を指揮する中隊長が、軍の総司令であるジークフリードからの命令を大声で伝えている。

 中隊長の命令とはいえ、大元はライプニッツ公爵……いや、ライプニッツ総司令の命令である。

 小隊長以下、すべての兵士に魔導具の使用が禁止されてしまった。

 だが、中にはずる賢い奴もおり、


(ふう、魔導具は持ってこなくて正解だったな……知り合いの魔法使いに付与効果(エンチャント)で【耐寒】を掛けてもらっていて助かったぜ……)


 とか、ベテラン兵達が言っていたような抜け道を突いて行動したのがいた。


 しかし流石はライプニッツ公爵や中隊長はそのあたりよく知っている訳で。

 ライプニッツ公爵の声が響き渡る。


「さて! この中で付与効果エンチャントを掛けているのがいる! ああ心配するな、罰則などない! どうせ毎年いるんだ! それに一瞬で全員の魔法効果は解除してやるからな! レオンハルト!」

「はい閣下! 『付与魔法よ、散れエンチャント・ディスペルサ!』」

『『『!?』』』


 一瞬にしてレオンの魔術が広がり、皆の付与効果エンチャントが剥がされる。

 そしてそれはフィリアにも…………


「寒いっ!!」


 一人だけズルしようとするとこうなるのだ。自業自得である。



 * * *


 訓練が始まった。

 今回、レオンは盾と少し幅広の片手剣、エリーナは短剣と弓である。

 兵士達は剣や槍を持っているようだ。


 それぞれ分隊に別れて行動し始める。

 中隊長や各小隊長達も共に行動を始めているが……


「小隊長! そのままでは風に飛ばされてしまいますよ!? 先に向こうを固定するのです!」

「うるさいっ! お前こそ手伝え、命令だ!」

「ここではテントを設営できません! もう少し奥に行く必要がありますぞ、小隊長!」

「だ、だが、奥は危険ではないか! この貴族である私がどうなっても良いのか!」


 どうも、小隊長とベテラン兵達が揉めている。

 というか、ベテラン兵の言葉に耳を貸そうとしていない連中がいるようだ。


(やれやれ、これは父上……いや、この場合は司令官閣下か……報告が必要だな)

 

 横目で様子を見ながら、レオンはそんな事を考えていた。

 ちなみにレオンやエリーナ達も一つの小隊に入っている。


 これはジークフリードが「今日一日、小隊の指揮を執ってみろ! 良い経験になるぞ、ははは!」なんて言い出したためである。

 兵士達としては子供、しかも王族ともあって緊張するわ、厄介だわと思っていたのだが………


(((なんでこの二人、こんなに平然としてんだよ!)))


 子供用とはいえ普通に武装しているのに、平然と雪の降る森を行軍しているのだ。

 しかも、先頭に立って。

 そしてこれまで訓練してきたはずの兵士達の方が疲れてしまっていた。

 それに気付いていた教官役のベテラン兵が側にやってくる。


「レオン様、少々急ぎすぎかと。一旦休憩をした方が良いのでは? そう思いませんか、ガイン小隊長殿?」

「た、確かに……レオン様、兵士達が、遅れそうですから……」


 少し小隊長であるガインも息が上がっている。

 それに気付いたので、気付かせてくれたベテラン兵と小隊長にお礼を言う。


「ん? ………そうか、そうですね。ありがとうガイン隊長、そしてセベリノ殿」

「いえ、とんでもない。そしてレオン様、『セベリノ』で結構ですよ。今はあなたが上官ですから」

「わ、自分も、どうか『ガイン』と……」


 ガイン小隊長は、ベテランであるセベリノのことを理解しており、かつレオンが指揮を執ることに対しても従っていた。

 そして、二人とも、この期間はレオンを上官と認めるらしい。呼び捨てで良いとまで言い出したのである。


「分かった。ガイン、セベリノ。この辺りはどうだろう? 良いと思うか?」

「そうですね、問題ないでしょう」「ああ」

「分かった————小隊、止まれ!」


 丁度休憩に良い場所を見つけたので、ベテラン兵であるセベリノの言葉の通りに、レオンが小隊全体に号令を掛ける。

 すぐに分隊の移動は止まり、その場で停止する。


「小隊——休め! これより二十分間休憩を取る! いいな!」

『はっ!』


 どうしてもレオンの声なので子供の高い声だが、それでも芯のある、強い声は小隊に十分聞こえていた。

 分散するわけにはいかないので、その場で全員休憩を始める。


「セベリノ」

「はっ」

「小隊各員の状態を確認して。水分補給を忘れずに。それと、二人一組、五分ごとで警戒を。いい?」

「了解です」


 するとレオンの側にエリーナがやってきた。


「流石ですわね、レオン」

「エリーナもお疲れ様。大丈夫かい?」

「ええ、このくらいの寒さでしたら……これ以上寒くなると気をつけなくてはいけませんわね」

「確かにな……あくまで平気なだけだからな……」

「ええ、勿論ですわ。それよりも……今日は難しそうですわね……」


 エリーナは今回の魔の森への外出目的を知っているので、心配してくれたようだ。


「まあ、仕方ないだろう。せめて場所だけでも分かれば、どうとでもなるからな」

「ああ、そういえばそうですわね……」


 レオンは転移術が使える。

 今回は無理でも、場所さえ分かれば今度転移できるのだ。

 そのようなわけで、今回はこのサバイバルを楽しもうと思っているレオンであった。



 二十分後。

 休憩が終わりの時間なので、レオンはガイン隊長に命じ、号令を掛けさせる。


「小隊、分隊ごとに集合! 点呼!」


 ガインの言葉に反応し、直ちに小隊が分隊に別れて点呼をはじめ、不足がないことを確認する。

 人数が確認できたところで、レオンが前に出る。


「小隊、気をつけ!」

「今から野営予定地に移動する! 少し奥の部分になるが、心配する必要は無い! だが、どこで魔物が出てくるかは分からないので各自警戒を怠るな! 分かったな?」

『はっ!』

「小隊! 前へ、進め!」


 ガインが小隊を並べ、整列させる。

 その後にレオンが話し、終わればガインが命令し、小隊が動き出す。

 それを見ながら、セベリノは満足そうだった。


(大体こういう訓練で、隊長や新兵の性質が分かるんだが、中々良いな。それにレオン様も…………)


 行軍の中でも、危険な場所や注意点など、都度セベリノに確認しているレオンとガインは非常に珍しいタイプだったようだ。

 いくら軍人家系とはいえ、子供。知っていることは高が知れている。

 そして、基本的に貴族が士官になるので、多くの場合傲慢だったり、兵達を気遣わない者が多い。

 その中で、不器用ながらも兵達に親切で、ベテランとはいえ平民のセベリノに意見を聞くガインも珍しかった。

 訓練とはいえ、二人がここまで的確に指示し動くというのは驚きだった。



 しばらく奥に進むと、少し開けており、かつ岩などの遮蔽も存在する場所が見えてきた。

 そこまで小隊を導き、野営を張る。

 八個の分隊があるので、それぞれ薪の調達、食材の調達など分けて行動を始める。


「待機する分隊は、今のうちに汗を拭いて着替えるんだ。装備も極力乾かしたり、拭き上げたりしておけ。そして装備には手袋をして触るんだ。いいな?」

『はっ!』


 そう野営地に残る兵達に伝えると、レオンは出て行った。

 レオンとエリーナもそれぞれ一個分隊を指揮し、食材調達に当たる。

 小隊長であるガインは、自分が行くと言ったのだが、レオンから野営地で指揮を執るようにと言われたのでお留守番である。


 レオンは兵達の先頭に立って森を進んでいた。

 そこまで雪が多いわけではないが、吐く息が白いことから冷え込んでいることは分かっている。

 冬用装備なので、顔の辺りも覆ってはいるが、露出している肌が赤くなっている。


「ふむ……やはり寒いな。雪はそれほどでもないが、装備を濡らすなよ」

「レオン様、質問であります!」

「どうした?」

「何故レオン様は待機している連中に、汗を拭いたり着替えるように言ったのですか? 今も装備を濡らすなと言われておりますし……」


 一人の兵士が質問してきた。

 レオンの指示が不思議だったのだろう。


「何故だと思う? セベリノだってそう教えていたと思うが……」

「それが分からないのであります……もちろん指示ですから従いますが、理由が分からないと釈然としないと言いますか……」


 この兵士は従おうという気はあるものの、理由が知りたいらしい。


「ふん、指示だから従うか……少し反発の気があるのか? まあいい。気温が低い状態で水はどうなる?」

「は? 水ですか……凍る?」

「そうだ。同じように、こんな気候の中、汗を掻いている状態で動きを止めると、凍るとまで行かなくても汗は冷たくなる。そうすると体が冷え、体力が奪われる。だから濡れない事や、汗を拭くんだ」

「な、なるほど…………ありがとうございました」


 納得したらしい兵士は、頷きながらお礼を言ってきた。

 だが、次のレオンの言葉に兵士達は体を硬直させた。


「さあ、好奇心は良いが、それどころじゃないぞ。大物のお出ましだ」


 離れているが、見えてきたのは体高で1.5m程の大きな猪——ファングボアだ。

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