第20話
今回、僕とエリーナが行うのは後方支援だ。
基本的には奇襲に対する予備戦力なのだが、それだけをすれば良いわけではない。
冒険者ギルドに所属する冒険者も出撃しているため、その支援も必要なのだ。
そして、町中の混乱がないかの見回りも必要である。
こういう状況に乗じて略奪などをされては困るからだ。
探査術を使用しながら広い距離を確認しつつ、物資や治療の手伝いを行う。
やはり高ランク冒険者がいないため、結構怪我をする人が多い。
それでも、現時点で死者がいないというのは驚きだ。
リーダーが優れているのか、ダメージコントロールが良く出来ているのだろう。
しかし、かなり大型の魔物が多い気がする。
狼型の魔物である「フォレストウルフ」に「ブラックベアー」か。確かCランクの魔物だ。
体長が割と大きいわ、攻撃力が高いわ、意外と敏捷だわ、近距離戦闘に向かないのばかりだ。
他にも某ウル○ススさんみたいな「ファングラビット」とかもいる。
こいつは耳が鋭く、突進攻撃が強い。
また冒険者が一人飛ばされている。
やれやれ。
「『
「おわっ! ……おおっ?」
近くの安全な場所に下ろし治療術をかけておく。
あの突進なら、下手すると骨を数本折られただろう。
「おおっ! 痛くねえ……坊やがしてくれたのか?」
「ああ」
「恩に着るぜ! んじゃ、またな! ————うおおおおっ!」
お礼を言うと同時に彼はまた魔物に向かっていく。
その間に、冒険者の待機場所に武器を出す。
「交換用の武器だ。置いておく」
近くに立っていた、リーダー格に見える冒険者にそう声をかける。
「おう、すまんな……って子供!? 危ないぞここは!」
まあ、予想通りの反応である。
「大丈夫だ、こう見えて僕らは魔導師団員だからな」
「ほう! そりゃすごいな……確かに、ぱっと見判らないが、相当鍛えているな?」
おや、よく気付いたものだ。
中々目が良いな。
「どうかな。ただ、普通の子供よりは強いだろうな」
その間にエリーナは治療を行っているようだ。
中々の腕前になっている。かなり治療スピードも上がっており、それこそ致命傷を食らっても魔力があれば問題ないのでは? と思えるほどだ。
「さ、良くなりましたわよ? 痛みはありませんか?」
「あ、ああ……すげえな嬢ちゃん。ヘタな治療師より早いんじゃねぇか? ありがとよ」
「いえいえ、当然のことをしたまでですのよ」
うん、実に王女らしい。
「民のために在れ」という王家の訓示のままだ。
すでにエリーナの周りには人だかりができており、治療を受けた人たちがお礼を言っていた。
ちょうどその時。
「抜けたぞっ!!」
という声がして、猛烈な勢いで魔物が走ってくるのが見える。
こいつは……「ブラッディウルフ」か。
フォレストウルフの上位種である「ブラッディウルフ」
こいつはフォレストウルフに比べ体長が大きく、二メートルほどになる。
そして知能も高いので、複数のフォレストウルフを率いるか、単独で突撃してくるか状況に応じて攻撃してくるのだ。
そして、この単独突撃が厄介である。
配下のフォレストウルフを捨て駒にして足止めに使い、自身は中央に突撃をするのだ。
高い身体能力と、魔力を使った三次元機動のせいで、中々捉えるのが難しい。
今回もそれに翻弄された形だろう。
ちょうどこちらは待機所でもあり、けが人もいるのでそれを狙って来ていると思われる。
だが甘い。
「……アイリーン、援護しろ。あれを撃破する」
「了解ですわ!」
二人で待機所から出て、ブラッディウルフに向かう。
「馬鹿やめろ! いくら何でも無茶だ! Bランク冒険者でも手こずるBランクの魔物なんだ! 坊やにお嬢さん、速く逃げろ!」
先ほどのリーダー格の男がそう叫んでいる。
ブラッディウルフの姿が大きくなってきた。
ならばさらに近づき、早めに討伐しようではないか。
エリーナと顔を見合わせ、頷き合う。
「「『
そのまま二人で、待機所の前からブラッディウルフを挟むように高速移動すると、エリーナが拘束魔法を唱える。
「【ウォーター・バインド】!」
流石の動体視力でそれに気づき、ブラッディウルフが回避しようとするが、時既に遅し。
足下に絡まる水の鎖が動きを妨害しているのだ。
それでも少し動けるブラッディウルフは、次に顔をこちらに向けて吠え声を上げ、噛みつこうとしてくる。
だが、もはや終わりだ。
「『
雷の矢を作り出し、ブラッディウルフの額に撃ち込む。
一瞬ブラッディウルフの身体が跳ね、そのまま横倒しに倒れた。
それを待機所から見ていた冒険者たちは、一気に出てきて残りの魔物を討伐して行く。
恐らくブラッディウルフが中心だったのだろう。
すでに散り散りになっているこちら側の魔物は、しばらくするとすべて討伐された。
母上たちの側はどうだろう。後で見に行くか。
* * *
俺は、目の前で起きていることが信じられなかった。
たった二人の子供が、Bランクでも手こずるブラッディウルフを一瞬で倒したのだ。
しかも、目に見えないほどの動きをして、魔法を使って。
俺の名前はペーター。
ヴィンテルで働いてる冒険者だ。
かつてはライプニッツ公爵領都の「エクレシア・エトワール」でBランク冒険者をしていた。
だが、怪我を負い、Bランクとして前線で戦うのは難しくなったので、ギルド職員になった。
その中で、恋人ができて、結婚することになったんだが、彼女の地元はヴィンテルだった。
当時、領都から離れているヴィンテルのことを知っているやつは少なかったが、森がある関係で魔物も出やすい。
それでギルドの出張所を作ることになり、俺はギルド職員として出張所の所長を任されたので、妻の地元であるヴィンテルに引っ越すことにした。
調査で、そこまで強力な魔物が出るわけでもなかったので、怪我をした俺でも戦い、町の人を守ることができたんだ。
だから、今回魔物の襲撃の知らせを聞いたときも、問題ないと思っていたんだ。
蓋を開けてみれば大型含めて百以上の魔物の群れ。
ここにいる冒険者は、精々高くてCランク。大半はDとかEのガキ共だ。
それでも俺が鍛えたからには強いんだが。
だが今回は違った。
どういうわけか、たまたま領主様の奥方様が来ておられて、力になってくださった。
あの方は魔導師団長だから、魔物の多い側を引き受けてくださって、それを難なく魔物を撃破してくださったんだ。
笑顔で魔物の群れを見ながら、「ふ〜ん、これだけなのかしら?」と言われたときは怖かったが。
他にも、古本屋のフィリアさんとかも一緒に戦っていたみたいだ。一体あの人は何なんだ……
そして、俺たちは魔物の少ない側で戦うことができた。
それでも怪我したり、武器を破損したりするやつも多かったが。
そしたら驚いたことに、ローブを着た二人の子供が武器を持ってきたじゃないか。
しかも魔法が使えるらしく、治療もあっという間にしてくれた。
最初見たときに「危ないから下がっていろ」と言ったら、「魔導師団員なので」と返されて驚いたんだがな。
あんな子供が魔導師団員か。相当な実力を持っているんだろう。
……あれ? 魔導師団員ってローブは青じゃないか?
まあいいか。
だが、そんな平和……とは言えないが、損害もなく進んでいた迎撃が失敗した。
一匹のブラッディウルフが単独突撃して来やがったのだ。
実は、俺が怪我をした理由もこれだったりする。
あの時、俺はパーティを組んでいたんだが、調査だったんで少し広がりすぎていたんだ。
フォレストウルフのせいで仲間とは分断され、パーティで一番強かった俺を、ブラッディウルフは狙いやがったんだ。
まあ、そんな理由で、俺はこいつの恐ろしさを知っている。
一瞬、逆に前衛だったDとかEランクの連中が襲われなくて良かったと思ったんだがな。
俺は自分の戦斧を握り、差し違えてやるつもりだった。
そんなとき、子供の魔法使い二人が前に出たのだ。
本気でこの子たちは死ぬ、と思った。
だって止めても聞きやしねえ。
俺は、ランクが上がったことで勘違いして、実力がないのに高レベルの依頼を受け、無茶して死ぬやつを見てきた。
この二人は才能はあるだろうが、それに溺れているんだと思った。
……まあ、それは間違いだったんだが。
一瞬、待機所から出た二人が消えたかと思ったらブラッディウルフの横に現れ、動きを止めたブラッディウルフを魔法の矢で貫いて終わり。
数十……いや数秒の出来事だ。
あんなに簡単に…………
一体あの二人は何者だろうか。
どれだけの実力があるのだろうか。
将来は何になるんだろうか。
もし冒険者になってくれたら、あの二人はSランク確実だな……とか思いながら、俺たちは残りの魔物を潰しに出撃した。
* * *
時間は遡って、しばらく前。
魔導師団長であるヒルデは、目の前の魔物の群れを見ていた。
元冒険者である彼女にとって、魔物は獲物。
たとえ百、二百と来ようが問題ない。
伊達に異名を持っているわけではないのだ。
だが、今回は息子からもう一人の味方と共に戦うように言われてしまった。
「まったくもう……レオンは心配性なんだから……」
もちろん息子が、ただの心配だけでそう言ったのではないことは分かっている。
彼は既に上級騎士なのだ。それも、王家直属である。
何が起きると問題なのか重々理解している故に味方を呼ぶと言っていたのだろう。
ふと背後に気配を感じ、振り向く。
そこには、金髪褐色のエルフが、幅広のクレイモアを背負った状態で立っていた。
「初めまして、ヒルデ・フォン・ライプニッツです。よろしくお願いいたしますね、フィリア・ティアラ・イストリウス卿」
「君にそう言われるとむず痒いな、『黒の魔女』よ。ご存じの通り、フィリア・ティアラ・イストリウスだ、よろしく」
そう言って二人は握手する。
「でも、驚きましたわ? そんな大剣を持ってこられるなんて……」
「ふふっ。これも魔導具であり、杖と同じ役割を果たすんだ。この方が私の戦闘スタイルに合っているのだよ」
そう。フィリアは近接戦闘も得意なので、杖ではなく大剣型の魔法発動体を使う。
対してヒルデは、体術は使えても近接戦は好きではないので、レオンの作った長杖である。
「さあ、お話はこれまでだ。そろそろ射程圏内だろう?」
「ええ、そうですわ。ではどちらが多く倒せるか、勝負ですよ〜♪」
「なっ!?」
ヒルデは明らかに狩り感覚である。
ちょっと面食らったフィリアは、初動が遅れた。
既にヒルデは魔法を構築し、発動させる前のようだ。
「では、お先に〜。『【フレイムウォール】!』」
ヒルデの発動した【フレイムウォール】が、前面にいた魔物を呑み込み、灼いていく。
「やれやれ、仕方ないな………『逆巻け——【テンペスト】!』」
フィリアの発動した【テンペスト】が、魔物の群れの中央に発生して、小さい魔物は跳ね上げ、大きい魔物には風の刃で傷を与えていく。
ただひたすらに、何か素材を取ろうという思いもなしに討伐する。
この二人にとって、この程度の量の魔物は、苦でも何でもなかった。
「あら、一匹向こうに行ったみたいね……」
「そうだな。まあ、レオンが気付くだろう」
「そうね〜」
一匹のブラッディウルフが魔法を逃れて別の場所に移動したのを見たが、彼女たちは特に心配していなかったのだった。
* * *
魔物の襲来には波があったため、意外と時間がかかったが、無事に討伐することができた。
およそ二時間ほどかな。
あとは、この魔物の死体をどうするかである。
「この死骸はどうする? 何か素材として売るのか?」
そう冒険者たちに聞いてみる。
「そうだな、せっかくだし持って帰りたいが……この量じゃなあ」
「途中で腐っちまうな」
なるほど。だがそれなら問題ない。
「僕は『ストレージ』を使えるから、それで持って行こうか?」
「そ、そりゃあ助かるが……こっちとしてはさっきのブラッディウルフも倒してもらっているんだぜ? これ以上迷惑かけられねえよ」
そう、さっきのリーダーの男性から言われた。
あんまり気にしなくて良いんだがな………
「あまり気にしないでくれ、遠慮されるとこちらが気を遣うから。ほら、入れるぞ」
もはや強制的に収納していく。
「あ、だが、ブラッディウルフだけはお前さんが取ってくれよ? それは正真正銘お前さんが倒したやつだからな」
「そうするよ」
しばらく回収を行って、皆で町に戻る。
探査術には特に反応がないので、心配は要らなさそうだ。
無事討伐が終わったため、皆の表情は疲れているが、明るい。
町の人々の顔にも安堵が浮かんでいる。
しばらく行くと、町の中央に母上と町長がいるのが見える。
「ヴィンテルの皆さん、魔物は無事に討伐されました! この町は守られたのです! そして力を貸してくださったヒルデ様、フィリア殿、そして冒険者の皆さんも本当にお疲れ様でした! 心から感謝いたします! ありがとうございました!」
そんな町長の声と共に、町中の人が拍手をする。
万雷の拍手に、母上は嬉しそうだ。
「皆さんが無事で、本当に良かったわ〜! この件はちゃんと考慮して調査なり対策なり立てるから、安心してね〜!」
ちょっと母上がアイドルチックである。
なんか、周囲の男性たちが「うおおおーーーっ!!! ヒルデ様ーー!」とか、「一生ついて行くっす!」とかのたまっている。
女性たちは女性たちで「お姉様〜!」やら、「今、目が合っちゃった!」とか楽しそうである。
しかし、一体何故魔物が出たかな?
後で母上に相談して、調査も視野に入れなければ。
最終的には陛下に伝えた方がいいな。
そんなことを考えながら僕とエリーナは冒険者ギルドの出張所まで移動して行く。
出張所に到着すると、裏手にある解体所に魔物の死骸を出した。
すぐにそれぞれの冒険者が、獲物の解体を始めた。
その様子を眺めていると、先ほどのリーダーの男性がこちらに向かってきた。
この人だけは解体に加わらず、みんなの様子を監督しているようだった。
男性は僕ら二人の前に来て、頭を垂れた。
「俺の名前はペーター。このギルド出張所の所長をやっている。本当に二人には世話になった! 恩に着る! 俺たちの力は些細なものだが、それでも何かあったら手伝うから何でも言ってくれ!」
そう言われた。
そうか、この人、リーダー格と思っていたが、所長だったのか。
「頭を上げてくれ、ペーター所長。こちらこそ実戦を体験できたんだ。『百聞は一見にしかず』だからな。感謝しているよ」
僕はそう答える。
実際、子供だからと追い出すのではなく、あの待機所で受け入れてくれたのだ。
正面に魔物が迫ってくるという体験は、僕ら二人には本当に貴重なものだった。
「いや、それでもブラッディウルフが向かってきたとき、二人とも逃げずに前に出てくれた。本当は俺たちが守る立場なんだがな……本当に感謝している」
「いや、だからさ……」
「俺はあいつに怪我をさせられて、ギルド職員にならざるを得なくなったんだ」
ペーター所長はそんな話を始めた。
確かにどこか故障しているような、少し動きが独特だと思っていた。
そんな理由があったとは。
「こう見えて俺はBランクまでいったんだ。だが、ある調査の途中でやられてな……ちょっとあいつを見ると今でもびびっちまう。だからというわけじゃないが、本当に感謝しているんだ。分かってくれ」
ここまで言われるとな。
エリーナは、どちらかと言えばその故障を治してあげたいと思っているようだが。
「ああ、礼は受け取った。だから、頭を上げてくれ。そして、これからもヴィンテルのために頼んだ」
「ああ、もちろんだ!」
やっと頭を上げたペーター所長は、力一杯の笑顔を見せてくれた。
……ここの冒険者ギルドについては考えないといけないな。
さ、もうそろそろ僕らを王都に帰らせて欲しい。
砂糖を作れるか、早く試したいのだ…………
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