転生②
私、神崎 静(かんざき せい)は。▼
「レオンハルト・フォン・ライプニッツ」に。▼
転生したようです。▼
いや、どこぞのゲームよろしく説明しても何も変わらないことはわかっている。
とにかく、状況を整理してみよう。
仕事が終わって帰っていた時に何かにぶつかられたことまでは覚えている。
そこからの記憶がなく、目覚めたのがさっきのようだ。というより、恐らくだが転生はしていたものの、前世の記憶がすぐには戻らなかったのだろう。
まあ、それはいい。
流石に精神がおっさんなのに、親からいろいろされるのは勘弁である。
すでにこの身は4歳。大抵のことは自分でできる。ここで記憶が戻ったのはいいタイミングだろう。
しかし、このままでは変な子供になってしまう。この世界についてやスペックのおさらいと合わせて、自分の精神を少しは子供に合わせていかなければ。まず、一人称は基本「僕」にしよう。
* * *
さて、僕のライプニッツ家は、正式には「ライプニッツ公爵家」と呼ばれるものらしい。
不確定なのは、そこまで詳しい内容を両親やメイドが教えてくれるはずもなく。前世の記憶が戻る前の「レオンハルト」の記憶に朧気にあっただけだからだ。
公爵という地位は一般的に、王家を除けば最上位の爵位である。
つまり僕の一家は最上級の貴族だということになる。
いやいや、普通転生のお約束は貧乏な騎士とか、平民に嫌われている権力を笠に着た中途半端な子爵とかだろう。何か間違っているに違いない。
そして、僕の一族であるライプニッツ家は「イシュタリア王国」に所属しているらしい。
「イシュタリア王国」というのがどのような国かは詳しく知らない。
ただ、両親がいつも笑顔であるということや、父が自慢げに話をしているところからすれば、良い国なのだろうと信じたい。
そして恐らく、父が剣を佩いていることを考えると、この世界は、地球とは全く異なる世界であり、恐らく文明や技術は地球と大きく異なるのではないかと予想できる。
もしかしたら剣と魔法のファンタジー世界なのでは、という期待を持ってしまう。
そして何度か馬を見かけたことから、移動手段や技術は地球より低いのでは、とも感じる。
実際、部屋に置いてあるものを見ると、どことなくクラシカルな雰囲気を醸し出しているのがわかる。
そして今の記憶の中に強く残るもの。
それは「魔王」と「勇者」のおとぎ話である。
果たしてそれが真実なのかもわからない。だが、その中で印象に残っているのが最後の場面だ。
それは「世界の崩壊」。
――
戦いの果てに魔王が世界を呑み込む禁呪を発動する。
そしてそれを勇者は自分の全力を持って止めようとするが、世界が崩壊を始めてしまう。
そしてすべてが崩壊するその瞬間。
勇者は命を引き換えに聖法術を発動させる。
それは魔王を倒し、彼らが戦っていた部分を除き世界を修復させた。
――
……ハッピーエンドではない時点で、子供向けではないと思うのだが。
それは置いておくとして、何故か妙に残った話だった。
そしてそれを聞くたびに、勇者というものに憧れた――のではなく、その魔王に興味をそそられたのだった。
* * *
前世の記憶が戻るまでの「今の記憶」を思い出してみる。
現状は理解した。
「結構とんでもない世界にきたんだなぁ……」
そうぼやきながら、洗顔を終えた僕はミリィが準備してくれていた服に袖を通す。
服は地球のものとは比べられないが、見るからに上質なものだ。
ワイシャツに似た形状のものはシルクと思わしき光沢を持っており、濃緑で詰め襟のジャケットに似た服やベストには、豪奢ではないが丁寧で美しい刺繍がされている。
ズボンは身体に良くフィットしており、所々の飾り鋲やボタンは金色に輝くのに嫌味ではなく、上のジャケットとのバランスが絶妙に取られた紺色で染められている。
身だしなみを整えるため鏡を見る。といっても、この世界の鏡は金属の表面を磨いて作られているもののため、地球の物には及ばない。
鏡に映った姿を見てみる。
蒼み掛かった漆黒の髪。青と緑が綺麗に混ざりあった、深いエメラルドのような瞳。
顔立ちは整っており、幼い子供の柔らかさの中に鋭さを保つ。
磁器のように透明な色白の肌。
どこをとっても文句のないイケメンだった。
「いや、顔からチート過ぎる……」
頭を抱えるしかなかった。
前世では「いい人」止まりであり、異性との交際の経験もなかったのに、転生したら誰もが羨む立場と顔立ち。
あまりの変化について行けそうもなかった。
しかし「レオンハルト」としてこの世界に生を受けたのだ。前世の記憶は過去のもの。これからは今を生きていかなければならない。
とにかく、このままではミリィに怒られるので、早い所下の食堂に行こう。
食堂まで降りると、家族全員が揃っていた。
「申し訳ございません、父上。遅くなりました」
すでに家長である父が食堂にいたので、深く頭を垂れて詫びた。
本来、家長は最後に食堂にくるのがマナーである。
平民でさえそうなので、貴族ならばなおのことである。
父上が席を立ってこちらに歩いてくる。
どこぞの少年漫画よろしく「ゴゴゴゴ」だの「ドドドド」だの背景に擬音が出てきそうな雰囲気だ。
それもそのはず、父上は非常に鍛え上げられた肉体を持っており、歩く姿も全く隙をみせない、まさしく「武人」という言葉が似合う人だからだ。
その父が近づいてくる。
正直、普通の子どもであれば泣き出すだろう。
コツ……コツ……という足音が目の前まで到達し、僕を見下ろす紺色の瞳が細められる。
怒られても仕方ない。だが、目だけは逸らさない!という覚悟を決め、その紺色の瞳を見つめ返す。
すると、
「レオン起きたか! 相変わらず可愛いなぁ。どうした? お前が寝坊するなんて。何があった? 体調が優れないのか!? こうしてはおられん、直ぐに休むんだ! さぁ、パパが子守唄を歌ってやろう! 寝室に抱っこして連れて行ってやるぞ!」
猛烈な勢いで頬ずりされたかと思うと、いわゆる「たかいたかい」をされる。擦れた頬が摩擦で熱い。
そして、すでに座席に座っている母親や兄姉からの目線が痛い。
……僕の父上は、とんでもなく息子を溺愛しているようです。
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