フローラからのお手紙(三)

 [そして事件が無事解決したことを受けて、私に何が出来るのか改めて考えてみたの。そこで私は、ある一つの結論にたどり着いたわ。


 私ことフローラ・S・ハリソンは二〇一五年八月をもって、ワシントン大学教職員をを決意しました。もちろん最初は夫のケビンや大学側からも反対されたけど、最終的に彼らは納得してくれたわ。むろん彼らが最終的に納得してくれなかったとしても、私の決意は変わらなかったことを香澄には知っておいてほしいの。


 また臨床心理士・AMISA職員としての職については、辞職ではなくという形にする予定よ。一応表向きは休職という形で済ませたけれど、当分の間復職する予定もないわ。

 このことは私たちの目の前でトムが他界してしまった時から、すでに心の奥底で私が決めていたことなの。だけど私の心の中では、一向に踏ん切りがつかない日々が続いてしまう――そんなつらい日々を少しでも忘れようと思い立ち上げたのが、あなたへ臨時顧問をお願いした心理学サークルなのよ。


 しかしそこでも私の考えが裏目に出てしまい、すでにご家族を亡くし深い哀しみに浸るエリーへ、更なる追い打ちをかけるかのような出来事が起きてしまった。あげくの果てにようやく癒えかけていた香澄の心に、その傷口を悪化させるような愚かな行為に出てしまったわ。

 無意識とはいえ身近にいる子どもたちの命や人生を軽んじてしまった今の私に、ワシントン大学で講義をする資格なんてない。もちろん臨床心理士やAMISA職員としても……ね。


 なお香澄の女性としての夢を壊してしまったことへの償いとして、あなたが臨床心理学の博士号を取得するためのサポートとして、大学院入学~卒業までに必要な学費をわ。だから香澄はお金のことなんか心配しないで、大学院で臨床心理学を学んでちょうだい。……もっともお金なんかで償えるほど私の罪は軽くはないけど、言葉よりも行動で私の気持ちを香澄へ証明したかったの。


 そして私には何の法的責任は問われていない――確かにそのことはまぎれもない事実だけど、私は自分自身が何より許せないの。罪人として本当に裁かれなければいけないのは、むしろ私なのかもしれないわ。


 今まで仕事一筋に生活をしてきたためか、トムや香澄たちが家族の一員となってからも、私の頭の中では常にお仕事のことが離れなかった。“固定概念に囚われないように注意しなさい”と、私は以前香澄たちの講義で教えたことがあると思うけど――どうやら心の感覚が麻痺していたのは、香澄たちではなく私の方だったみたいね。

 すでに香澄のように若くない私には少し遅すぎることかもしれないけれど、今後は一人の女や母親として生活することが出来る――そんな当たり前のことだけど、今の私にとってはそれがとても嬉しいのよ、香澄。


 突然の決断で香澄もさぞ驚いたと思うけど、これも私なりの罪の償いだと割り切っていただければ幸いよ。このことをお家に戻った時にメグとジェニーへ話しておくから、あなたからもエリーへ同じ内容を伝えてくれる……かしら?

 こんな形で香澄へ色々と伝える流れになってしまい、本当にごめんなさい。だけど私のことをよく知る香澄なら……いえ、娘のあなたなら母親の気持ちをきっと分かってくれる、そう信じているわ]


                       フローラ・S・ハリソン

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る