マーガレットの新たな挑戦
ワシントン州 香澄の病室 二〇一五年八月二七日 午後六時一五分
ジェニファーへお礼の言葉を述べた香澄は、彼女の一番の親友 マーガレットへ声をかける。数日前までにお互いの気持ちを語り合ったためか、香澄とマーガレットの顔はいつになく優しい微笑みを浮かべている。
「メグ、あなたにいくつか聞きたいことがあるのだけど……いい?」
「相変わらず水臭い性格ね、香澄。それはもちろんいいけど――」
「――どうしたの? あなたにしては珍しく、すいぶん歯切れの悪い言い方ね」
普段はムードメーカー的に明るい性格のマーガレットなだけに、どこか他人行儀な対応に香澄は不思議でならなかった。その理由を香澄が問いかけると、
「――香澄の聞きたいことには何でも答えるから、銃だけは私に向けないでね?」
と言いながらとっさに両手をあげるマーガレット。そんな場を和ませるような発言をするマーガレットに、香澄たちはただ苦笑いを浮かべていた。
マーガレットのさりげない気遣いによって、これまでどこか重苦しい空気が漂っていた病室も、まるで彼女たちの部屋にいるかのような雰囲気へと変わる。
「この間のオーディションをメグは“事情を説明せずに抜け出した”って言っていたけど――あなたは今後どうするの? やっぱり新しい劇団を探すつもりなの?」
ある意味自分のせいでマーガレットの夢を壊してしまったようなものなので、彼女に説教される覚悟で質問した香澄。そんな香澄の思惑とは異なり、マーガレットからは思いがけない答えが返ってくる。
「……大丈夫よ、香澄。ポートランドからシアトルへ戻った後に、すぐに支配人へ事情を説明したの。そうしたら支配人が、“演出家の友人が数日後にシアトルへ来る用事が出来たから、その時で良ければもう一度オーディションを受けさせてくれる”って言ってくれたのよ」
「えっ、それ本当なの!? おめでとう、メグ!」
さすがのマーガレットも今度ばかりは駄目かと諦めていたが、ベナロヤ劇団の責任者兼支配人のアレックスは、彼女の事情を
「ありがとう、香澄。でもその代わり、支配人には後で色々とお説教をされたのよ。まったく、お説教されるのは香澄だけでたくさんなのに」
「……ふふ、それもそうね」
いつもの香澄ならここで文句を返すのだが、さすがに数ヶ月ほどの入院生活に不安を感じているためか、いつもの調子が出ないのかもしれない。ここで再度暗い影を見せる香澄をフォローするかのように、
「で、でも香澄が自分の病気と向き合い、そして自分から生きたいと思ってくれた――それだけで私は幸せよ。だから香澄、そんなに思い詰めないでね」
マーガレットは彼女にもっと前向きになって欲しいと激励する。
そんなマーガレットからのさりげない心配りに、
「……今回のことでは、あなたには色々と助けてもらってばかりね。メグ、本当にありがとう」
と小声でお礼を言いながら笑みを浮かべる香澄の姿が、とても印象的だった。
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