幻影を追い続ける香澄

    ワシントン州 シアトル郊外 二〇一五年八月二四日 午後八時一五分

 ケビンが運転する車がポートランドへ到着するまで時間があることを踏まえ、後部座席に座っているジェニファーとエリノアの二人はゆっくりとまぶたを閉じる。緊張感ゆえに仮眠を取ることが出来なくても、瞳を閉じるだけでも少なからず心のゆとりは生まれる。

『……香澄、あなたの心はいったいどこへ行こうとしているの? そしてあなたはいつまで、トムの幻影を追い続けるの?』


 まるで香澄を憐れむような言葉をかけると同時に、その答えが返ってくることを密かに期待しているエリノア。眠りに就くまでの間でも、エリノアは自分の両手をしっかり握っている。……その姿はまるで神様に祈りをささげるシスターのように優しく、同時にエリノアから香澄へ問いかける純粋な疑問でもあった。


 二人が眠りに入ろうとするつかの間だった――いつでも香澄と連絡が取れるようにジェニファーが握っているスマホが、突然震えはじめたのだ。軽く眠りはじめていたジェニファーだったが、

「……こ、これは!?」

とっさのことに思わず声を出してしまう。仮に電話だった場合には着信音が鳴るため、一同はこれが誰かからのメールであることを一同はすぐに察した。

 

 とっさにメールの内容を確認するジェニファーだが、そこには意外な人物からのメッセージが表示されていた。その内容が緊急を要すると思ったのか、

「け、ケビン……車をどこか落ち着いて話せる場所に停めてください!」

ジェニファーは思わず声を荒げてしまう。普段は大人しいジェニファーが声を荒げることに一瞬冷や汗をかきながらも、

「わ、分かった。もう一〇分ほど車を走らせれば一休み出来るレストランがあるから、そこで詳しい話を聞く――という流れでいいかな?」

と言いながら近くのレストランで車を走らせ、その後ケビンはゆっくり彼女の話を聞くことを約束してくれた。


 ケビンが運転する車がレストランに到着するまでの間も、ジェニファーはその体を一人震わせている。詳しいメールの内容について語ろうとしないものの、ジェニファーの動揺ぶりから送信者はおそらく香澄だろう。それも決していつもの楽しい話題ではなく、ジェニファーを震撼させるほど恐ろしい内容が表示されているに違いない。


 ジェニファーを静かに見守るケビンやフローラ、およびエリノアもまた彼女と同じ気持ちだった。いや、ジェニファーが怯える理由がはっきり分かっているからこそ、エリノアたちはその真相を聞くことが出来ないのかもしれない……

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