論理的思考と人の良心

     ワシントン州 香澄の部屋 二〇一五年八月二四日 午後二時〇〇分

 香澄の心身を案じながらも、何とか落ち着こうと深呼吸するジェニファー。数分ほどして少し落ち着きを取り戻したジェニファーは、親友のマーガレットや今教員室へいるはずのフローラとケビンに連絡を試みる。

 三〇分ほどかけてフローラとケビン、そしてマーガレットへ連絡を終えたジェニファーは、詳細を伝えるためにワシントン大学へと向かうことになった。その前に衣類や身だしなみを整えるため、自分の部屋で身だしなみを再度整えるジェニファー。

「うん、これでいいわ。さぁ、急いでフローラの教員室へ向かわないと!」

自分自身に気合いを入れるかのように、ジェニファーは右手で自分の髪をかきあげる。

 家の鍵を手に握りしめながらも、ジェニファーは急いで玄関口へと向かう――緊張によるためか彼女の心拍数も上がり、軽度の息切れの様子もうかがえる。客観的に見ても、ジェニファーが動揺していることは明らかだ。


 なおジェニファーが家を飛び出す一五分ほど前に、彼女はフローラのスマホへ連絡する。しかし電話口に出たのはフローラではなくケビンだったため、

「……あら? もしかして私、間違えてケビンの番号へ電話しました?」

とジェニファーは少し困惑してしまう。電話口で軽い笑い声が聞こえると同時に、

「いや、確かにこの番号はフローラのものだよ。だけどフローラは今ちょっと手が離せないから、僕が変わりに電話に出ているんだ――ところでジェニー、フローラに何か用かい? 当分は電話に出れないと思うから、僕が変わりに聞いておくよ」

とジェニファーへ事情説明をしてくれた。


 フローラではなくケビンが出たことは予想外だったものの、ちょうど彼にも事情を説明しようと思っていたところなので、ある意味ジェニファーにとっては都合が良い展開。少し慌てながらも、ジェニファーはほんの少し前に自分が見た光景をありのままケビンへ伝える。 


 事の一部始終をジェニファーから聞いたケビンの顔は、次第に真っ青になってしまう――ここ最近様子がおかしい香澄が行方不明、それも誘拐ではなく家出となるとこれは大問題。連絡を絶っているだけでなくに家を出ていることから、今の香澄の精神状態はかなり危険な状態だ――同時の彼らの脳裏には、数年前の悪夢が再び蘇ろうとしている。

「ジェニー、僕はこのことをフローラとエリーに伝えておくから……き、君も準備が出来次第、なるべく早く彼女の教員室へ来てくれ。……それと分かっていると思うけど、この件は誰にも言わないでね」

「誰にもってことは……んですか!?」

「あぁ、そうだよ。メグは今ごろ、クリスマス公演に向けたオーディションでカリフォルニア州にいるはずだからね。それに今回のオーディションは、あの子にとって何よりも重要なんだ――それはジェニー、君が一番良く知っていることだろう?」


 現状ではまだ正式に香澄が行方不明になっていないと判断したケビンは、“このことをメグに伝えるのは早計だ”とジェニファーへ伝える。だがそのことを聞いたジェニファーは、

「ケビン、何を言っているんですか!? 香澄は私たちにとって……ううん、マギーにとってかけがえのないお友達なんですよ!? そのお友達の行方が分からないという時に、マギーだけ仲間はずれにするんですか? ……仮にマギーへ知らせないままで香澄に何かあったら、あの子絶対に私たちを責めますよ!?」

と我を忘れるほどの怒りをケビンへぶつけてしまう。


 あくまでもするケビンに対し、べきだと真っ向から反論するジェニファー。双方の意見は食い違うものの、どちらの判断も間違っていないこともまた事実。複雑な気持ちが入り乱れているが、今は二人が口論している時ではない――香澄のためにも、今は一刻の猶予も許されない。

「……わ、分かった。メグの一件についてはジェニー、君の判断に委ねるよ」

「あ、ありがとうございます。今は二時前後なので、大学にはおそらく三時くらいには着くかと思います」

「ジェニー、ありがとう。それからさっきも言ったけど、エリーとフローラには僕から話しておくから……君はメグのことをよろしく頼むよ」

「……わ、分かりました。ケビン、エリーたちのことよろしくお願いします。そ、それではまた後ほど……」

ケビンにエリノアのことについて尋ねようと思ったものの、今はそれどころではないと判断したのか、ひとまず電話を切るジェニファー。


 突如香澄が行方不明になってしまったことをうけて、彼らの心に動揺の荒波が襲いかかる。“これは何かの間違いよ”と、必死に自問自答するジェニファー。そして身支度を終えたジェニファーは一心不乱になりながらも、フローラとケビンが待つワシントン大学へと向かう。

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