決めては〇〇の香り
ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一五年八月一五日 午前二時三〇分
軽く口げんかをしながらも、謎の不審者を捕まえるために準備を整えたマーガレットとジェニファー。そして手を前に伸ばせば、相手のうなじや背中に触れる距離まで相手に近づいたマーガレット。催涙スプレーを散布する準備も完了しており、マーガレットの後ろには少し猫背状態のジェニファーがいる。
『よりによって私たちの家で盗み食いするなんて、いい度胸ね。……覚悟なさい!』
不審者に催涙スプレーのみで立ち向かう姿は、ある意味無謀とも取れる。だが自分の身は自分で守るというアメリカならではの認識が、今ここで役立っているのかもしれない。
マーガレットが不審者のすぐ後ろで催涙スプレーを噴射し、相手の動きを止める拘束する――少なくとも彼女の後ろを猫背で歩くジェニファーはそう思っていた。マーガレットがいざ催涙スプレーを噴射しようとした矢先、
『!? ちょ、ちょっとどういうことなの? ど、どうしてこんなことが……』
何かに恐怖するかのように突如後ずさりしてしまう。
この時のマーガレットはなぜか冷や汗を大量にかいており、心なしか呼吸も荒い。不審な様子を疑問に思うジェニファーが声をかけようとする間もなく、マーガレットは彼女の手を強引に引っ張り忍び足でリビングを出る。
途中までは率先して不審者を捕まえようと必死になっていたマーガレットだが、今はなぜかその場から一刻も早く離れようとしている。急いで一階の階段前に戻ってきたマーガレットの顔色も、なぜか真っ青だ。
「――ちょ、ちょっとマギー、どういうこと!? いきなりリビングの外に連れてくるなんて!?」
ジェニファーの声は耳に届いているはずだが、目を大きく開いたマーガレットは一向に答えようとはしない。……一体マーガレットはリビングで、何を発見したのだろうか?
「も、もしかしてマギー。リビングで見てはいけない光景でも……見たの?」
不審な素振りを見せるマーガレットへ、単刀直入に問いかけるジェニファー。
先ほどから何度も胸に手を当てており、必死に自分を落ち着かせようとするマーガレット。何回も深呼吸をしながら心を落ち着かせる。そして胸の鼓動が落ち着きを取り戻しはじめ、自分が見た光景をジェニファーへ伝えるマーガレット。
「た、確かにあの時私は催涙スプレーを使って、背後から不審者を取り押さえるつもりだったの。でもね、私が不審者の背後まで近付いた時に――ある香りがしたのよ」
「――えっ? それってもしかして、不審者が食べているイチゴの香りのことですか?」
そのように思うジェニファーの心理は当然なのだが、マーガレットの動揺ぶりから察するにそうではないだろう。むしろこれほどの動揺を見せるマーガレットを見たことがないだけに、ジェニファーの脳裏にも少なからず彼女の言いたいことが伝わっている。
意を決しリビングから出てきたためか、玄関口の電気でさえも点け忘れている。……夜空に浮かぶわずかな月光だけが、マーガレットとジェニファーのシルエットが映っている。
そして若干心が落ち着いてきたマーガレットは、
「お、落ち着いて聞いてね、ジェン。わ、私があの時嗅いだ香りの正体は――」
ジェニファーの耳元でその正体を呟く――予定だった。
だがその瞬間突然玄関口が一斉に明るくなり、とっさの光におもわず目をつむる二人。右手で瞳を押さえながらも、突然のハプニングにその場から動くことが出来ない。不審な行動を見せるマーガレットとジェニファーを注意する人物の声を聴くや否や、
『! な、何であなたがここに……』
驚きを隠せずとっさに身震いしてしまう二人。
だがそれは突然声を掛けられたことに驚いたのではなく、マーガレットが言わんとしていたことを裏付ける、残酷な現実を目の当たりにする光景でもあった。
かつてない恐怖に、心身ともに
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