マーガレットの些細ないたずら

   ワシントン州 グリーンレイク 二〇一二年一〇月八日 午前一一時五〇分

 トーマスの無邪気な寝顔に癒される香澄たちだが、まもなくランチの時間となる。安心しきっているトーマス優しく声をかけるが、一向に起きる気配がない。するとそこへ何かを思ったマーガレットは、

「ほら、トム。もうすぐお昼の時間だよ。……あんまり眠っていると、いたずらしちゃうぞ」

熟睡しているトーマスの頬を“ツンツン”と軽く押す。卵のようなツルツルなトーマスの感触に、思わずうっとりしてしまうマーガレット。

「うわぁ、トムの頬っぺた……プルプルだよ。ほら、香澄とジェンも触ってみなよ!」

「本当ですか? ではちょっと失礼して……ふふ、本当に柔らかいわ」

マーガレットに続いて、ジェニファーもトーマスの頬の感触に魅了されてしまう。だが真面目な性格の香澄は、

「二人とも、よしなさい。トムはおもちゃじゃないのよ!」

年甲斐もなくトーマスをからかう二人を注意する。

「……もぅ、本当に香澄は真面目なんだから。それにしても、一向にトムが起きる気配がしないわね。みんな、どうする?」

 

 何度も優しく呼びかける香澄たちだが、そんな事情など知らないトーマスはまるで子猫のように静かに眠っている。だがトーマスは一向に起きる気配がしなかったので、香澄たちはトーマスより先に近くのレストランでランチを取ることになった。なおトーマスが起きるまでの間、ケビンは少年の小さな体を自分の背中に抱いている。


 グリーンレイクでは静かに寝息を立て、香澄たちが何度声をかけても起きなかったトーマス。だがランチの時間になりグリーンレイク周辺のレストランへ入ると同時に、トーマスはそっと瞼を開く。……まるで食べ物の美味しい匂いに誘われるかのように、目を覚ましたようだ。

「あ、あれ? 確かグリーンレイクで……僕はフローラとお話していたはずなのに。ここは……どこ?」

 寝起きでまだ半分夢の中にいるのか、とっさに自分がなぜレストランにいるのか判断出来なかったトーマス。そんなトーマスに答えるかのように、

「おはよう、トム。私と一緒にお話していたら、トムが突然眠ってしまったのよ。――その時のことも覚えていない?」

フローラは優しく状況を説明する。


 どうやらトーマスの記憶は一時的にあやふやになっているらしく、少し前のことなのに自分が何をしていたか思い出すのの時間がかかっているようだ。そこで不敵な笑みを浮かべるマーガレットが、

「もうしょうがないな。……突然ですが、ここでクイズよ。今から見せる私のスマホの画像に写っているのは、一体誰でしょう!?」

先ほど撮影したスマートフォンのある画像をトーマスへ見せる。

 トーマスがさりげなくスマートフォンの画像に目を向けると同時に、

「ちょ、ちょっとメグ――そんな、勝手に撮らないでよ!? と、とにかくそのスマホ、僕に貸して。は、早くその画像消さないと!」

まるでトマトのように頬を真っ赤にしてしまう。興奮のためか、周りの人の目を気にすることなく声を荒げてしまうトーマスだった。


 しかしそんなトーマスの恥ずかしがる姿がツボに入ったのか、

「残念でした! この画像は後で大学の友達たち全員へ見せるつもりで撮ったのだから、トムに拒否権はないのよ」

マーガレットは嫌がる少年の小さな手を押さえながら伝える。

「メグ、あまりトムをいじめないの。この子が可哀想じゃない?」

「そうですよ、マギー。子どもの寝顔を勝手に撮るなんて――ふふ、あまり良い趣味ではありませんよ?」

 とっさにマーガレットを注意する香澄たちだが、その言葉が本心ではないのは明らか。香澄たちもまた、久々に駄々をこねているトーマスが可愛くて仕方がないのだ。

「み、みんなして僕をいじめて……も、もう知らないんだから!」


 その場の勢いとはいえ、香澄たちは多少トーマスをからかい過ぎたようだ。そのためか、この時ばかりはトーマスもどこかご機嫌ななめだった。

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