出逢い
「おはよ!」
「あっ、夏乃じゃん。元気?」
「そりゃ、もう。」
私たちは慣れない足取りで白羽の街を歩いていた。雨で散った桜の花びらに足を取られたり、何にもないところで転びそうになったり。夏乃も、私も、明日から白羽西高校の生徒になれるんだ。あの名門、白羽西高の。それだけで胸が躍る、というよりも、緊張感が高まるといった方が正しいだろうか。
「この街、そこかしこに白羽産業って文字があるよね。」
夏乃は毎回のようにこのことに驚いている。何故、白羽市がこれほど早く復興を遂げることに成功したかというと、白羽産業というソフトウェア開発を基幹産業とした新興企業の世界的にも稀に見るほどの急成長が一番の要因といって間違いないだろう。白羽産業と白羽市は数年前から蜜月関係を続けている。白羽市だけではない、白羽産業の社長である白羽輝男は日本政府とも強固なパイプを築いている。もはや、一企業ではなく、一つの国である。そんな声も囁かれるほど、白羽産業は大きな企業に成長した。だから、この街のほぼすべての企業や学校は白羽産業の強大な支援を受けている。その資金力を武器に、白羽西高も設備や学校文化形成に多額の投資を行い、わずか五年で以前よりも巨大で、強固な名門と呼ばれる高等学校に白羽西高校は復興を遂げることに成功したのだ。
「明日からだもんね。」
「春休み、短いよ。」
「ほんとそれ。」
「夏乃と同じクラスだったらいいな。」
「私も。」
二人で街を歩いていると、不思議な雰囲気を持つ青年に出会った。
「あの子、ちょっと雰囲気あるよね。」
「確かに。言われてみると。」
そんな話を続けていると、その青年はこちらを振り返った。
「何か、僕に用ですか?」
「いや、なんでもないです。」
「もしかして、明日の入学式に・・・」
「君も白羽西の生徒なの!?」
「一応。」
「名前は?」
「山石湊人。」
「じゃあ、山石くんって呼ぶね。これから、よろしくね。」
「こちらこそ。」
夏乃が無理やり引っ張るような形で、山石くんも私たちと一緒にカフェに向かうことになった。
「ちょっと強引でごめんね。夏乃はいつもこんな感じだから。」
「気にしてませんよ。まだ時間ありますし。」
山石くんはコートを脱いだ。ワイシャツを通してだが、その身体は意外とがっしりとしていた。
「山石くんは何かスポーツでもやってたの?」
「一応、卓球を。」
「そうなんだ。」
「まあ、いろいろやってきましたが、唯一長続きしたのが卓球でした。」
「高校はどうするの?」
「まだ決めてません。」
「そっか。」
私たちの代わりに注文を済ませた夏乃が、慌ただしく席に戻ってきた。
「深青、この子にちょっと気があるんじゃない?」
「そんな、あるわけないじゃん。」
「まあ、そうだよね。でも、山石くんって良い子な気がする。初対面だけど。」
「僕なんて・・・」
「ふふふ。頬っぺたが赤くなってるぞ。」
夏乃が山石くんの頬を摘んで微笑んだ。彼の顔は本当に赤くなっていた。しばらく世間話を続けていると、店員が飲み物と軽食を持ってやってきた。
「こちらが・・・」
「あっ、それはこっちです。これはそっちかな。」
「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「はい。ありがとうございます。」
皆しばらく無言で、ホットドッグを食べるのに夢中になっていた。食べ終わると、今度は山石くんが口を開いた。
「みんなは、なぜ白羽西に入ろうと思ったんですか?」
「えっ。単純に、白羽の街が好きだから。」
「深青も、私も、あの災害で一時期この街を離れてたの。」
「そうだったんですね。うちは、親が白羽産業の社員で。それもあって、この街に越してきたんです。」
「なるほどね。あっ、山石くんも敬語外していいよ。」
「あっ、わかりました。」
「また敬語で喋ってる。」
「ふわぁ。」
「夏乃、山石くんを困らせちゃダメだよ。」
「わかってるよ。」
「じゃあ、皆さんは寮生活って感じですか?」
「そうだね。」
「僕もです。集団生活も良い経験じゃないかって。」
「へぇ。山石くんもなんだ。」
私はフラペチーノを飲みながら、夏乃と山石くんの会話を黙って聞いていた。
「あっ、そろそろ友達が来る頃かな。」
山石くんはスマホを覗いた。それを夏乃は覗き込んでいた。
「結構可愛いホーム画面じゃん。」
「もう、見ないでくださいよ。」
「見えてたから。」
山石くんは深青を助けを求めるような眼で見ていた。
「夏乃、ダメだよ。」
「はーい。」
そんなこんなで、また少し時間が経ち、山石くんの友達がやって来た。
「おーい、やまいし!」
「久々だな。」
「おっ、大谷に本田じゃん。」
「相変わらず大谷は熱そうだし、本田は眠そうだし。」
山石くんは、二人の友達を私たちに紹介した。一人目は、大谷真彦。中学時代はテニス部に所属していて、松岡修造を彷彿とさせる熱血漢である。見かけのわりにと言っては失礼だが、秀才であり、公立高校の試験では全体でも十位以内の成績でこの白羽西高校に合格したと誇らしげに本人が語っていたそうだ。二人目は、本田純希。特撮ヒーローをこよなく愛する男。あまり目立たない存在だが、映画に対する情熱はホンモノ。トランセンデンスマンやコスモファイターワンを幼い頃から見て育って来た、映画監督の卵である。
「もしかして、両手に花って感じか?」
「ううん。夏乃さんって人に無理やり引っ張られて来た。」
「なつの?かの??」
「かの。瀬川夏乃。みんな、よろしくね。」
「あっ、よろしくお願いします。」
山石くんは、夏乃に軽食とドリンク代を渡して、友達とともに店を去っていった。
「山石くんは好青年で、大谷くんは熱血漢。そして、本田くんは地味キャラ。なかなか面白い三人組だね。」
「うん。」
「やっぱり、深青は山石くんに気があるんじゃない?」
「もう・・・」
私は顔を赤らめた。
「こんなこと言った後の反応とか、山石くんにそっくり。」
「夏乃だって一緒なんだから。」
「ふふふ。面白いね。」
「えっ、えっ、あー!!」
「深青、ちょっと落ち着いて。」
三十分くらい話し込んだ後、私たちは店を後にした。それから、門限まで夏乃の衝動買いに付き合わされ、クタクタになって寮の自室に戻った。
「今日も楽しかったね〜。」
「もう荷物持ちなんてやらないよ。」
「でも、深青も買い物したじゃん。」
「トミー・ヒルフィガーの?」
「うん。」
「あれは、必要だったから・・・」
「ふーん。」
「まあ、いいじゃん。明日は入学式だね。」
「一緒のクラスになれますように。」
二人は指を合わせた。そして、珍しく日付が変わる前に眠りについた。
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