Sky Blue.

坂岡ユウ

第一部「始まり」

第1話「悲劇2008」

悲劇2008

 あの日、私は全てを失った。それは七夕の夜だった。私は昼間から変な予感がしていた。その日はいつもと同じように学校で授業を受けていたのだが、当時八歳の幼い私は幼いなりに、何か感じるものがあったらしい。心配した担任の鈴木先生が私の元へやって来たから、この変な予感のことを話してみた。だが、現実主義の担任は微笑を浮かべながら言った。


「大丈夫。そんな予感がする時って、逆に良いことが起こるものだよ。」


 担任の微笑みに合わせるように、周囲のクラスメイトたちも笑った。私は無理やり自分を納得させるしかなかった。だが、給食が終わっても、放課後のチャイムが鳴っても、クラブ活動でソフトボールをしている時も、何故かその不安が頭から離れることはなかった。私は不安を抱えたまま家に帰り、シャワーをサッと浴びて、宿題に取り掛かった。相変わらず、宿題の量は多かった。国語に、算数に、社会に。漢字とか、音読練習とか。特に義務教育の時はそうだと思うが、教師たちはとにかく反復練習をさせたがる。「親に聞いてもらいながら、国語の教科書の何ページから何ページを五回読みましょう。」や、「英語のこの文章を十回書いてきましょう。」のような感じで。友達の瀬川夏乃に教えてもらった、AKB48という東京のアイドルのCDを聞き流しながら、果てしない量の宿題を溜息混じりに片付けていこうとした。その時だった。


「深青!深青!窓の外、カーテン開けて見てみなさい!」


 声の主は母親だった。慌ててカーテンを開けてみると、そこには思わず目を疑うような光景が広がっていた。今でも、あの現象をちゃんと誰もがわかるように説明するのは不可能かもしれない。だが、私の拙い語彙力を最大限に活用して、なんとか皆さんにも解るように説明を試みてみよう。もう単純に一言で表すとすれば、光と光がぶつかりあっている。ということになるだろう。白い光と、黒い光。まるで太陽のように暗闇の中で蠢く光は、一方では神秘的に見え、一方では悪魔のように思えた。私がしばらく見惚れていた後、突然「キーッ」という音がして、青白い光線が街全面に向かって放射された。放射された光は、これまで当たり前のように日々の暮らしを営んでいた故郷を、まるでミニチュアの街を破壊するかのように、粉々に消し去った。「これは只事ではないぞ」という父親の声に導かれ、私たちは家族四人揃って、街からの脱出を試みた。


「一家が一斉に避難して、もしあの光線にやられたら元も子もない。俺は美雨を連れて行く。お前はお母さんと一緒に逃げろ。」


 父の指示に従い、私は母親と共に逃げた。一方、父は腰を悪くしていたため、妹の美雨と共に二十年落ちのカローラワゴンで郊外へと掛けていった。二人になった私たちは、何度も何度も放射される光線から、泥まみれになって生き延びようと頑張った。こいつは、建物の中に逃げても意味がないぞ。それにいち早く気付いた母親は、街を逃げ惑う民衆とは逆に遠くへ遠くへ、私を少しでも遠くへ逃げさせようとした。自分の身体のことを悟って。


「私のことはいいから、深青だけでも、とにかく早く逃げなさい!!」

「お母さんは?」

「私は、もう走れない。」

「一緒に逃げようよ!」

「実は、私もお父さんと同じように腰が悪いの。なんとかして、あの光から逃げられるように頑張ってみるから。」

「お母さんと一緒じゃなきゃ嫌だ!」

「ここで皆死んだら意味ないでしょ?」

「でも・・・」

「死んだら何もできなくなっちゃうんだよ?楽しいことも、面白いことも。」

「それは嫌だ。私、逃げる。」

「いい子ね。」


 母は私を抱きしめた。そして、訴えかけるようにして言った。


「さあ、逃げなさい。今は逃げ延びることだけを考えて。後で、どうにでもなるから。」

「絶対逃げてね。またぎゅってしてね。約束だよ。」

「もちろんよ。これ、お母さんの代わりだと思って持ってて。」

「うん。じゃあね。」


 私は抱きしめる母の手を解いて、歩き出した。母は我が子を静かに見送った。その瞳は悲しみに満ちていた。だが、私はあえてそれを顧みることはしなかった。とにかく、生きなければ。無我夢中で走った。光線は不規則に放射される。こっちに来たら最後だ。全ての力を振り絞り、私はなんとか街から脱出することに成功した。そして、この脅威を生み出した二つの光は幾度もぶつかり合い、最後は同士討ちのような形で衝突。その衝突によって発生したエネルギーは、故郷・白羽市の九割以上を消し去った。騒乱は終わった。

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