39.リーベ救出(1)

 牢獄らしき場所の中、一人の少女──リーベは横たわっていた。その彼女が目をおもむろに開く。


「起きましたか?」

「!?」


 リーベがその場から飛び退こうとするが、手足を拘束されており身動きが取れない。


 牢獄の外には、1人の金髪の青年が座っていた。牢獄外にいることから、彼は捕まっているのではないとリーベは悟る。


「お久しぶりです、リーベ様」

「……ぅ、ぁ」


 状況も相まって、リーベの極度の人見知り、人間恐怖症が発動した。


「漸く、漸く。この時が来た。どれだけ待ち侘びたか──」


 男は牢獄から体を逸らし、手をめいっぱい広げて、これ以上ない喜び、といった感じを体で表現した。そんな彼の姿が、リーベの恐怖症をさらに煽ぐ。


「な、何が、目的なんです?」


 震え声を必死に抑えて、リーベが問う。すると、男は顔をぐいっと牢獄に近づけて、


「君だよ」


 これ以上ない笑顔でそう言い放った。リーベの顔が絶望に染まる。


「本当に待ち侘びた。今すぐその尻を、胸を、顔を……ぐちゃぐちゃにしたいぃ」


 くしゃくしゃに顔を歪めて、顔を更にリーベに近づける。


「犯したい、犯したい、犯したい、犯したい──」


 それは、欲望に堕ちた顔だった。彼の口が、さらに三日月のように裂ける。


「駄目だ、もう我慢できない」


 男は服を脱ぎ始めた。やがて男は全裸になる。


 リーベは、悟った。全く運動していない女性と、男の腹筋から見るに明らかに鍛えている男では、力の差は一目瞭然。逃亡はまず無理だろう。戦うこともできない。完全に詰みと言えた。


 牢がガシャりと開き、全裸の金髪男が入ってくる。リーベは必至に動かせる分だけ後ずさりした。しかし、そんなことをものともせず、男は近づいてくる。


「ノア……」


 リーベは無意識に1人の男の名を呼ぶ。それは、助けて欲しいという意思表示だったのか。


 すると男が、激昂した。


「ノア?ノアだと!!あの糞ガキがぁ!」


 ズダァン、とありえない音を響かせて地団駄を踏んだ。その姿はまるで、彼女を取られた彼氏のように見える。


「あのエセ冒険者がぁ!僕のものにまで手を出していたなんてぇ!許せん!許せん!!」


 耳を劈く大声で、ノアへの罵声を精一杯響かせる。男は声を荒らげたあと、鼻息を荒くしながら、リーベにズイッ、と近づいた。


「お仕置きな」


 それからは意味が分からなかった。それは理解が及ばなかったのではない。あまりに男の行動が早すぎたのだ。リーベは気づくと……自分の胸元が破れ、見られたくないものが見えてしまっていた。


「キャアアアァァァァ!!!」


 身を捩り隠そうとするも、縛られているがために何も出来ない。


「フーッ、フーッ……。やっと、やっと……」


 男の吐息が、リーベの肌に当たる。リーベは泣き崩れかけていた。


 男の手が、リーベの胸に触れかけたその時。


「グヘァッ」


 男は吹き飛んだ。助けを求めていた存在によって。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 ふぅ、間一髪だったな。まさか、転移剣ウヴァーガンで転移すると同時に、最後の抵抗ラスト・ウィダースタンドが発動するとは。こういう時は、最後の抵抗ラスト・ウィダースタンドが優先されるみたいだな。ちなみに、設定していた剣は転移剣ウヴァーガンだ。


「大丈夫かリーベ──」

「見ないでください!」


 後ろを振り向こうとすると、拒否られた。まだ怒ってる……?仕方なく、真雫に保護するよう伝える。


「……ノア、絶対にリーベを見ないで」

「あ、あぁ」


 真雫にも見るなと言われた。そう言われると気になるのが、人間の性だと思うのだが、見ちゃいけないのなら見ないでおこう。無意にカオスを呼び起こすのはアニメだけでいいんだ。


 それよりもまずはこいつだ。


「お、お前はノアか!」


 何その悪役が言いそうな台詞。まぁいいや。というか、何故こいつは全裸なんだ?恥ずかしくないのかよ。女子に見られているんだぞ?それも2人。……ん?こいつは俺達が来る前から全裸だった。つまり裸でリーベに迫っ……なるほどな。だとすると、今のリーベはあられもない姿になっている可能性が高いな。それなら、真雫とリーベがリーベを見るな、というのも頷ける。


 兎も角、こいつは危険だ。感情が荒ぶっているかもしれない。早急に対処しよう。


「”武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 衝波籠手ファウスト”」


 男に一瞬で距離を詰めて、みぞおちに一撃をかます……といきたいところだったが、男は難なく避けた。大してスピードに乗せていないが、一般人には絶対に避けられないスピードだ。


 男が見事な踵落としを披露する。踵の先には、言わずもがな俺がいる。


「”形態変化フォーム : 吸収アブソービラン”」


 踵を衝波籠手ファウストで受け止め、物理衝撃を吸収する。男の目が驚愕に染まった。


「──ぐっ」


 掌底を男の腹にあてて、放出レリーズで踵落としの衝撃を返す。一瞬だけ、隙ができた。


 そこにすかさず、もう片手でみぞおちを殴る。割と本気で殴ったので、男は血反吐を吐いてうずくまった。


「ギイィィィ!許さぬ!許さぬぞぉ!」


 何を許さないのか分からないが、聞く理由はないので、最後に蹴りを入れる。男はあっさり意識を手放した。


 ……ん?こいつどこかで見たな。こんな印象的な顔をしているのなら、忘れるはずはないと思うが、はてどこで会ったのだろう?他人の空似かな。


 とりあえず、リーベ達の元へ行く。リーベは背を向いており、真雫は「見ちゃダメ」と大の字を立ちながら描いていた。なんだろう、ものすごく微笑ましい。主に、真雫が。


 リーベは、予想通りあられもない姿になっているみたいなので、着ているコートを貸してやる。リーベは必死にそのコートで胸の部分を隠した。なんとなく、目を逸らす。真雫とリーベからジト目で見られた。俺は何もしていない。


「とりあえず、ここから出るぞ」


 この空気から逃げるように、俺はここからの離脱を諭した。何故か2人のジト目が深まる。……反応しないでおこう。


 転移剣ウヴァーガンによる転移を図る。しかし、転移はできなかった。チッ、あの時と同じ転移阻害か。侵入は許して脱出は許さないとか、なんでそんなことをするのか、意図が全く分からない。


 そんなことを考えるよりは、脱出法を探そう。


 このまま大棍棒ダグダで天井に大穴空けて、逃げ出してもいいのだが、そうした場合、上にいる人を殺しかねない。無意味な殺傷はしたくないのだ。


 故に、この案はボツだ。


 しょうがない、このまま先に進むか。他に案もないみたいだし。一応聞いてみるか。


「転移ができないみたい。どうする?」

「進む」

「進みましょう」


 俺と同意見のようだ。まぁ、それでいいけど。無駄に案があると、かえって収拾がつかなくなりそうだ。


 実を言うと、男に聞く案もあったが、裸の男を拘束して、そいつに色々聞くのは気が引けたので、2人には明かしていない。


 扉は……牢獄から真正面に1つのみ、か。罠がある可能性が低いと思えるが、警戒しておこう。


 俺が先行して扉を開ける。


「あ」


 目が合った。そこら辺に通り過ぎようとしていた警備員たちと。思わず声が出てしまう。


 それからの俺の行動は神がかっていた。即座に彼らの中心に立ち、一人一人の首に手刀を入れ、1秒も経たないうちに全員気絶させた。


 うわ、危なかったぁ。マジ俺ファインプレー。


 念の為周囲を見渡す。他には警備員はいないみたいだ。


 内心少しヒヤヒヤしながらも、真雫とリーベに「こっちに来てよし」という合図をジェスチャーで表現する。


 さて、どちらに行こう。俺達の目の前は、二つの分かれ道に阻まれている。下手したら二度手間がかかるかもしれない。彼女らへの危険性がある以上、一刻も早くここから出たい。


 どうしようもないので、右に進む。建物の構造か分からないって、割と不便だな。


 敵意を持つやつを、【感覚強化】で捉える。早速バレたようだ。


 とりあえず、極小の自動剣フラガラッハを召喚し、そいつの意識を刈り取る。


 それから当分、誰もいなかった。元々少ないのだろうか。


 最後の最後で、行き止まりにあった。まさか、二度手間か?念の為、壁を調べる。


 ……これは、向こうに空洞がある?ほかの壁に比べ、1つの壁だけ音の響きが違った。可能性はある。


 問題は、どうやってこの中に入るか、だ。警備員が来るのも時間の問題だろうから、逆戻りはオススメできない。つまりこのまま進むのが、俺的には好ましいのだが……。


 ふと、そこでとある呪文を思い出す。ネイヒステン王国にてゴット・ストゥールの過去の記憶らしきものを見た時のことだ。あの時の3人が使っていた呪文は、色々インパクトがありすぎて覚えていた。ダメ押しで使ってみるか?


「”開け、ゴマ”」


 すると、ゴゴゴゴッ、という音を立てて、そこに扉が出現する。それは、この場所がゴット・ストゥールと関係している可能性を示唆していた。まさか、ここでゴット・ストゥール関連の場所に来てしまうとは。好都合かもしれない。


 とりあえず、中を調べる。なかは、地球の現代科学もかくやの機械でいっぱいだった。中には、映画でしか見たことのないような、中に液体が入っているカプセルがあった。その数、およそ100。全て人が入っている。


 俺達は言葉を失った。今までのファンタジーだと思っていたこの世界への認識を、突然塗り替えられたのだ。なぜ急にSF?


 パキパキ、と。どこかから亀裂が入る音がした。どこからか。そんなものは容易に察せた。音の出どころは……カプセルだった。


「……マジかよ」


 カプセルの中の人が、一人一人出てくる。無論、なのかは別として、全員全裸だ。それも男女問わず。


 しかし、彼らの目は、心ここに在らず、といったようだった。まさか、また死んでいるとか?あの時みたいに?……可能性がある。否定はできない。


 まず、真雫達を壁の隅からほんの少しだけ離れたところに非難させる。


 さて、今日はなんか全裸に縁があるが、嬉しくないな。そんなことを思いながら、衝波籠手ファウストを出す。剣だと彼らを殺しかねない。生きている可能性があるのなら、後で話ができるよう殺さないでおかないとな。


 途端、100人一斉に飛びかかってきた。とりあえず、この場を切り抜けよう。

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