25.初クエスト&約束(1)

「”転移ファシーベン”」


 誰もいない裏路地へと真雫と一緒に行き、転移剣ウヴァーガンを召喚してから転移する。転移先はシューネがいる村だ。


 光に包まれ、視界に色が戻った時には、平穏な村を見渡すことの出来る場所に立っていた。ここは、前回来た時に転移剣ウヴァーガンを設置させてもらった場所だ。


 とりあえず、シューネに会いに行きたいが、まずクエストを終わらせよう。


「真雫、標的のメイジックベアーの居場所は?」

「……ここから北、数百mに2体、東に約100mに3体」

「了解、じゃあ行くか」

「うん」


 真雫の言う通りに進めば、青い鬣を持った熊の親子がいた。まだ俺達には気づいていない。今がチャンスだな。


 親子仲良く食事しているところに悪いが、自動剣フラガラッハで逝ってもらう……と思ったが、恐らく油断して遅かったからだろう。子はともかく、見た目に寄らない俊敏な動きで、俺の初撃を見事に躱した。


「グワアァァァァァァアア!!」


 メイジックベアーが雄叫びを上げる。それは、子供を失った悲しみと、俺への怒りが混じっているようにも聞こえた。


 青い鬣が逆立つ。同時に、熊の周囲に大きい火球が5つ出現した。本当に魔法が使えるようだ。


 火球が俺に向かって飛んでくる。後から知ったが、この火球は中位魔法に値する魔法で、生身の人間であったら一溜りもない攻撃らしい。


 不壊剣デュランダルで、火球を真っ二つに切り捨てる。その瞬間、火球が破裂した。熱っ。


 【身体強化】のおかげがどうかは分からないが、火傷はしなかった。だが熱かった。そう言えば、自動盾モルガナを付けるのを忘れていた。そう思い返して、手に自動盾モルガナを装着する。


 今度は、熊が手を振り下ろしたかと思うと、空気の刃が俺を襲った。これも魔法の一種だろうか。自動盾モルガナが防いだため、強さの具合は分からなかったが。


 どんな魔法を使うのか気になっていたから、わざと魔法の発動を待ったが、大して強い魔法は使えないみたいだ。


 俺に最大の強みであろう魔法が聞かないと悟ったのか、発狂したように俺に突進してきた。やはり、見た目が2m強あるためか、その体重は重く、ドンドン!とうるさい音を立てて迫ってくる。


「”武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 斬滅剣カラドボルグ”」


 斬滅剣カラドボルグを縦に一振する。手加減したため、地面には影響がなかったが、メイジックベアーは綺麗に2つに切れた。プシュー、とアニメみたいに血が吹き出し、辺りに流れ出る。幸いといっていいのか分からないが、俺に血はかからなかった。


 懐から袋を取り出して、青の鬣を切り取りそれに入れる。


 狩猟系クエストをクリアするには、対象の魔獣のどこかしらの部位を、専用の袋に入れてギルドに提出しなければならない。後ほど、ギルド職員がクエスト完了について調査に来るのだが、万が一としての証拠らしい。


「さて、あと3体?」

「3体」


 また、真雫の指示に従って、歩く。


 数分も経たずに現場に着いた。今度の熊達は感がよろしいようで、すぐに俺の存在に気づき、威嚇してきた。


 面倒くさいので、自動剣フラガラッハで頭を狙った。速さは、先程の親子熊を殺した時の比ではない。が、しかし、普通に避けられた。こいつら、初撃絶対回避の能力とか持っているのか?それとも、俺が単純なだけか?


 そんなことを呑気に考えている俺に、3匹同時に雄叫びをあげた。青い鬣が一斉に逆立つ。3匹の中央に、先程の火球とは比べ物にならないほど大きな火球が生まれた。複数いれば、上位魔法は使えるらしい。


 飛んできた大火球を破魔盾アイギスで霧散させる。衝撃で足が少し後方に動いたことが、大火球の本来の勢いと威力を物語っていた。直に食らうとやばそうだ。


 いつ間に動いたのやら、俺を3匹が囲む形で、剛腕を振り下ろしていた。同時に空気の刃が3方向から飛んでくる。いいコンビネーションだ。先程の熊と攻撃パターンが同じということから、恐らくだがこの種族には決まった戦闘スタイルがあるのだろう。


 転移剣ウヴァーガンを上空に投げ、それを伝って転移する。それとほぼ同時に、下方で空気と空気がぶつかり、ガアァァァン!とありえない音を出していた。魔法って本当になんでもありって言うか、俺の頭では計り知れないな。


 魔法を使って隙ができた3匹に、不壊剣デュランダルを3本召喚して投擲する。見事に脳天に突き刺さった。我ながらナイスショット。


 ズズズウゥゥゥゥン、と3匹が倒れ、少し大地が揺れる。どれだけ重いんだ、こいつら。


 ずっと傍観していた真雫だが、やはり生き物を殺すことに嫌悪感を拭いきれていないらしく、少し目を逸らし気味だ。俺みたいに【精神強化】がないから無理もないな。


 3匹の鬣も、切って専用の袋に入れる。


「よし、クエスト完了。あっけなかったな」

「下級クエストだったから」

「あぁ、そうだな」


 本来なら、移動なり探す手間なりで、それなりに時間は食うのだろうが、俺達にはその手間が殆どなかった。


 1度ギルドに戻ろうと思ったが、先にシューネとの約束を果たしておくか。


 村へと歩いて進む。


「ん、あれ可愛い」

「本当だ、ウサギだな」


 途中でウサギの群れに遭遇。確かウサギは縄張り意識が強い動物だから、あれ全部親族なんだろう。


 そういった微笑ましい光景を見送ったあと、また歩みを進める。空は青く、周りには草木が生い茂っている。のどかな場所、というのはこういった場所のことを指すのだろうな、と変な感慨を抱きながら村に着く。


「あっ、おにぃちゃーん!」


 外で遊んでいたのか、俺達にいち早く気づいたシューネが手を振っている。相変わらず整った容姿の美幼女だ。頑張って背伸びしているところがまた微笑ましい。


「久しぶり、シューネちゃん」

「久しぶり」

「『黒いの』退治にしてきてくれたの?」

「うん、一度、村長さんに会わせてくれるかな?」

「うん!こっち!」


 そう言って俺達の手を引っ張った。別にそれはいいんだが、前傾姿勢になって少し歩きずらい。


「ここ!」

「ありがとう」

「えへへ、どういたしまして!」


 シューネにお礼と一緒に頭を撫でてあげる。シューネは照れくさそうにした。可愛いなこの娘。


 シューネの愛らしい姿に優しい感情を抱きながら、まず家の中にいるか確認を取る。すぐに「はいはーい」と村長の家内らしき人が出てくる。


「あら、転移者さん達じゃない。今日は何用で?」

「少し用事がありまして。村長さんはいらっしゃいますか?」

「ちょっと待ってくださいねー。あなたー、お客さんよー!」


 欠伸をしながら、まだ寝惚け眼の村長さんが置くから顔を出す。俺達を目に入れた瞬間、目が覚めたのか営業スマイルを顔面に貼り付けながら俺達に近づいてくる。


「久方ぶりですな、転移者の方々。今日は何用で?」

「あ、はい。シューネって娘が『黒い何か』がいるというので、その調査に来ました。何か情報はありますか?」

「『黒い何か』ですか?……確かにそれなら最近出没しています。目立った活動をしていなかったので、そんなに情報はありませんが」


 何もしていないのか、そいつは。何かしていたのなら、目的とか考えやすかったが、そうなるとどこに出没するか、俺には見当すらつかない。


「それならシューネの家に行ってみるとよろしいかと思われます。何故かあの家の近くに、よく出没しますから」

「分かりました、そうします。では、この村の調査をする許可を頂きたい」

「分かりました。村人達にも不安が募っています。どうか、早急に対処してくれると助かります。報酬は──」

「­­報酬はいりません。元々、個人で約束したものなので」


 そうやって、俺は義理堅いことをアピールし、シューネのところへ向かう。この村とはそれなりの関係を築けそうだ。


「にゅ?お兄ちゃんたち、どしたの?」

「うん、シューネの家に案内してくれるかな?シューネのお父さんやお母さんに話を聞きたいんだけど」

「分かった!こっち!」


 村長さんに聞いた話だと少し遠いので、ずっと前傾姿勢は遠慮させてもらう。だが、なにか掴みたかったのか、真雫はその餌食となった。微笑ましいことこの上ない。


 畑を通り過ぎて、見た目が周りに並ぶ民家とかと些少な差ほどしかない民家の前に辿り着く。どうやらここがシューネの家らしい。


「入って!」

「誰か家にはいるのかい?」

「うん、お母さんがいる。お父さんは畑」


 お母さんがいるなら、その人に話を聞こう。お邪魔します、と断って中に入る。


「お母さん、お客さんだよ」

「大きい声出すんじゃないよ!」


 うおう。家に怒声が響く。恐らく母親の怒声だろう。


「おや?あんた達は、転移者かい?」

「はい、そうです。少しお聞きしたいことが」


 現れたのは、シューネが将来なりそうな美貌を持った妙齢の美女だった。ただ、纏う雰囲気があまり俺好みではないというか、門限第一みたいな人だ。


「もしかして、『黒い何か』かい?」

「はい。何か情報があれば、教えてもらってもよろしいでしょうか?」

「そうだねぇ、確か、あれは丁度1ヶ月前のことかねぇ。──」


 最初に見つけたのはシューネだそうだ。外で遊んでいた時に、そこかしこで見かけたらしい。最初はシューネの戯言だと思っていたそうだが、少し経って夫も見たらしく、それでいよいよ信憑性が増したようだ。今のところは、この家も実質的な被害がないらしい。


「あたしはまだ見たことがないんだけどね」


 低いかもしれないが、屋内が安全かもしれない。その点も考慮しておこう。


 しかし、そいつが何の目的でこの村にいるのか、全く分からない。例えば、人攫い目的とかなら、次にどこで出没するかはそれなりに見当はつくのだが、ここら辺を、ただただ徘徊しているだけではなんとも言えない。姿形も、黒い何かとしか形容できないんじゃなぁ……。


「もうそんぐらいしか情報はないよ。それ以上なら他の家に聞いた方がいい」

「分かりました。ありがとうございます」


 情報はこれ以上手に入らなさそうなので、踵を返して家を出ていこうとする。そこで、シューネに止められた。


「どうにかできる?」

「あぁ、できるよ。だから、ちょっとだけ待っていてくれ」

「……うん!」


 健気な少女の家をあとにして、近くに住む人たちへ聞き込みに入る。


「前、そこの前をスーッ、と通っていってね──」

「あたしの目の前に現れたと思ったら、消えるように消えたのよ──」


 聞き込みはしたのだが、めぼしい情報は手に入らなかった。というか、最後の夫人さん、消えるように消えたって消えてんじゃん。言葉の使い方に違和感を覚えてしまった。どうでもいいな、うん。


「あれから結構やったけど、ないな、情報」

「うん、多分、この近くの人には全員聞いた」


 ならもう、あとは俺達だけで調査する他ないのだが、まず何から手をつけようか。


 あまりやりたくなかったが、殺気を放つか。これを使うと、仮に友好関係を結べる相手でも、敵対していると思われる可能性があるからね。でも、他の方法は……あった。


「真雫、『黒い何か』の特定って出来るのか?」

「……あ」


 あ、じゃねえよ、できるのかよ。それを最初から使えば、手間省けたのに。


「ん、場所はここから北西に100m」


 思ったより近いな。すぐに見つかりそうだ。


 言われるがままに移動する。そう言えば、今気づいたが【感覚強化】でも分からないな。【感覚強化】も完璧ではないはずだから、不思議ではないか。


 着いたのは、民家からは大して離れていない、大きな倉庫だった。本能的にヤバい、とかは感じない。普通に中に入る。


「何も……無い?」

「おかしいな、なんかの備蓄庫かと思ったんだけど」


 あからさまに胡散臭すぎる。【感覚強化】が未だに反応を示さないのが怖いくらいだ。


「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……」


 先の戦いで習得した殺気を【気配操作】で操り、真雫にだけ殺気を浴びないようにし、半径20m内にのみ放つ。途端、【感覚強化】が反応を示した。俺に襲いかからんと物凄いスピードで近づいてくる。


 これは──下からか!


 俺が飛び退くと同時に地面が割れる。振動で倉庫に亀裂が入った。脆っ。


 咄嗟に真雫を抱えて倉庫から脱出する。念の為に、魔眼共鳴を発動。飛躍的に基礎能力が向上する。


「グウゥゥゥゥ」


 ガッシャーン!と壊れた倉庫が砂埃を巻き荒らし、視界が悪くなる。その中、確かに獣の唸るような声を聞いた。


 視界が回復してきた頃、俺の目に映ったのは、女性だった。ただし、とても醜悪な顔で、見れたものではないが。そして恐ろしいことに、髪の毛が蛇の形というか、蛇そのものである。それは、神話のゴルゴーンそっくりだった。恐らくこいつが、今回の依頼の対象だろう。


「──ァァァァアアアアアアアアア!!」


 ゴルゴーンを中心に、同心円状に衝撃波が飛んでいく。まずい、近くには村人がいる。


 しかし、目を合わせるのは危険だ。もし、神話通りなら石化してしまう可能性がある。そうなったら誰がこの村を守るというのか。


「──ヨウヤク、見ツケタ」


 ……何?見つけた?


 【感覚強化】だけでヤツが飛びかかってくるのを察知し、不壊剣デュランダルで受け止める。ヤツの武器は爪らしく、異常に長く、鋭い。ガキイイィィィン!!と音が響いた。


「我ガ主ニ仇ナス者ヨ、今、ココデ滅サン!!」


 主とは、恐らく邪神のことだ。つまり、こいつは悪魔か……!


 防御壁マウアーを張っている真雫はともかく、ここの村人達が危ない。戦いやすい場所に転移しよう。


「真雫、終わったら戻る。待っていてくれ」

「……分かった」


 ヤツの手を思い切り弾いて、顎を蹴り上げる。宙に浮かんで隙ができたところで、ヤツに触れ、転移剣ウヴァーガンを召喚。最初に来た見晴らしのいい場所に転移する。


「転移魔法モ使エルトハ、ヤハリオ前ハ危険因子ダ」

「そりゃどうも」


 ヤツは周囲に元からいたウサギの群れを発見。


「キュウ」


 そして、俺を一瞥しニヤリと笑うと、彼等を惨殺した。俺を怒らせて、正しい判断ができないようにしたいらしい。【精神強化】がある俺には効かないけどな。


 初クエストの日から悪魔と遭遇とか、俺もそれなりの、持っているなぁ。

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