6.VS変態……?

 俺たちをつけてきたヤツはそのまま裏路地に入ってくるかと思ったが、俺達が見えないところで止まった。これ以上付いてこられると気が散るので、話しかける。


「さっきから付いてきてる人ー。私たちに何か用ですかー?」

「!?」


 角から現れたのは、いい歳したおっさんだった。この国、おっさん多いな。その人は、ほおを薄ら染めて、血走った目と涎をダラダラ垂らしたまま入ってきた。目を合わせたくないぐらい醜悪だ。


「やぁ、マナちゃん。久しぶりだね、寂しかったかい?」


 ……は?まさか真雫の知り合い。


「違う。あんな人、知らない」


 だよな。そもそもこの世界に転移してから、まだ約3日しか経っていない。久しぶりに会ったのなら、相手は転移者しかないわけだが、どう見てもこのおっさんは現地人だ。ちなみに転移者は、まだ俺たちの他にも昔転移してきた人が残っているらしい。この国にはいないみたいだが。


「さぁ、早くこっちに来なさい。また一緒に愛し合おう」


 こいつはもしかしなくても、所謂妄言の類だろうか。そういえば、中学生の時もいたな、こういう妄言ばっかり言うヤツ。俺の友達が、そいつの妄言に付き合わされて苦労していたのが懐かしい。相談されたこともあったな、と謎の感慨にふけていた。後で俺は、お前も中二病という名の妄言を周囲に振りまいていたじゃないか、と自分にツッコミを入れた。


 そうこうしているうちに、おっさんがあと数歩で真雫に届くぐらいまで近づいていた。


 真雫は怖かったのか、俺の服の裾を掴んで後ろに隠れた。ああ、そういう反応示したら……。


「ところでマナちゃん。その男は誰だい?」


 おっさんが少し怒気を混ぜて言葉を発する。ほら、こうなった。今まで俺はヤツからアウトオブ眼中だったのに。


 真雫はピクッと一瞬震えて、更に俺に被さるように隠れる。


「そこの君、邪魔だよ。これから僕は愛を確かめ合うんだから」


 はぁ……。真雫をこれ以上怯えさせるのもなんか嫌なので、俺の手の届くところに移動させて、真雫の髪を撫でる。


「大丈夫だ。俺がいる」

「僕の……マナちゃんに、触るなー!!!」


 おっさんの手元に、紅色の魔法陣が出現する。まずい、まさかの基礎魔法を使えるヤツだったか。


「真雫、危ない!」

「──!!」

「”炎の槍スピア・デズ・ファイアーズ”!」


 炎の槍が、真雫を庇った俺の背にあたる。この服は耐火性を兼ね備えているみたいで、燃えはしなかった。俺にもダメージは全くない。大して威力はないのだろうか。これなら普通に勝てそうだ。


「”我が身に眠りし虚構の魔眼フィクティバー・デーモンよ──”」


 相手には気づかれないぐらいの小声で詠唱をする。幸い、気付かれずに詠唱を終えることが出来た。俺の左目の瞳が青へと変わる。


 初めての対人戦が変態というのは少しアレだが、体のいい実験材料が見つかった、と思って割り切るとしよう。


「”防具レストゥン召喚フォーアラードゥング : 守護の首飾りパトゥーン・ハルスケッタ”」



 思い返せば1度も試してなかった防具を作成する。防具というより装飾品だとは思うが、ツッコむだけ無駄だろう。恐らく、防御系の効果さえあれば、防具に分類されるだろうし。


「真雫、とりあえずこれ付けといて」


 そう言って真雫に首飾りを渡す。神話などにあるこういう魔法装飾品系はあまり聞いたことがないので、完全にオリジナルだ。魔力を込めれば、障壁が出る。真雫の真実の魔眼ヴァンラ・オウゲンで作る防御壁には劣るが、それでもそれなりの防御力はあるだろう代物だ。防具系は初めて作ったから、正直あまり期待していないが、ないよりはマシだろう。でも、少し心配だ。


「あと魔眼使って防御壁マウアー張っといて」

「う、うん」


 真雫が詠唱を始める。中二病全開だったらそれなりに早く詠唱を終えれたかもしれないが、まだ怯えているのか、声が震え、たどたどしく詠唱している。中二病って、面倒くさいな。とりあえず、その間の時間稼ぎをするとしよう。


「よくも、よくもっ、僕のマナちゃんに命令したなー!」

「真雫は誰のものでもねーよ。真雫は、真雫自身のものだ」


 アニメとかでありきたりな台詞を言い放つ。TPOを弁えていないと言われそうだが、1度言って見たかった台詞を言えて、少し満足だ。


 またおっさんが手元に紅色の魔法陣を発動させる。さて、まずは俺の作った武器は普通の人に対して使っていいのかどうか、かな。


「”武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング:不壊剣デュランダル”」


 もう一度飛んできた炎の槍を、不壊剣デュランダルで切る。パックりと真っ二つに割れた。魔法に使う分には問題なさそうだ。


「”加速魔法陣ベシュロイニグング、展開”」


 今度は加速魔法陣を用いて、相手に急接近。流石に速すぎたのか、おっさんの目には俺は写っていない。


 服だけをかすめるように下段から斜めに切り上げる。が、そのままおっさんの皮膚まで切ってしまう。意外と剣を器用に使うのは難しいな。ふむ、不壊剣デュランダルは一般人や騎士との対人戦でも有効だな。今後、人と戦う時は不壊剣デュランダルを使おう。


「くっ、よくも……」


 おっさんが憎たらしそうに俺を見る。やはり目が血走っていて怖い。


 そして、おっさんはまた紅色の魔法陣を出す。なるほど、それしかストックがないと見た。でも使えるのは汎用魔法だから、実験には持ってこいだ。今度は防具作成とどれだけ有効かを実験するか。


「”防具レストゥン召喚フォーアラードゥング:破魔盾アイギス”」


 手元に俺の背ぐらいの盾が出現する。炎の槍は、盾に当たると吸い込まれていくように消えていった。


「な、何なんだよ!?さっきから黙って見てりゃ、そのホイホイ出てくる武器や防具は!?」

「何が黙って見てりゃ、だよ。普通に五月蝿いわ」


 とりあえず実験は成功だ。とりあえず魔法は俺の防具でも防げる。これも対人戦用防具として採用。


「クソッ、ナンデ、ナンデッ───!!」


 ん?なんか口調がおかしいぞ?


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 メキメキとおっさんの姿が異形になっていく。最終的に、腕を4本生やし、ヤギみたいな顔を持った、バフォメットみたいな姿になった。まさか、悪魔か!?


「グオウッッッッ!!」


 4つの剛腕が振るわれる。その地面がえぐれた。なんて力だ。近くには多くの一般人がいる。これはまずい。


「真雫!ヤツと俺だけを囲む防御壁マウアーを展開して!!」

「っ、でも──」

「早く!」

「うっ……分かった。”防御壁マウアー、展開”」


 俺とバフォメット《仮》の周りにある程度動ける幅の防御壁が展開される。これは早々決着をつけるべきか。だがしかし、ここで貫くような槍を出すと、そのまま防御壁も突き抜けて周りに被害が及ぶかもしれない。剣もまた然りだろう。さて、どうしたものか……あ、そうだ。


「”複数ミーラレ武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 自動剣フラガラッハ”」


 宙に自動剣フラガラッハが現れる。しかし今回はいつもと違い、2本出した。俺の指示で、2つの自動剣フラガラッハがバフォメット《仮》の前後にまわる。一瞬止まったかと思ったら、物凄いスピードで同時にバフォメット《仮》に駆けた。


「何、だと!?」


 しかし、バフォメット《仮》はものともせず避けた。加速魔法陣を使っていないといえど、結構な速さだぞ?ありえない。化け物じゃないか。驚きながらも、2つの自動剣フラガラッハを操作し攻撃する。数秒して、漸くあたった。


 瞬間、バフォメット《仮》の姿が消え、目の前に現れる。おっさんの時は、俺と同じ身長だったのに対して、目の前の化け物は軽く2mを超えていた。俺の顔面に向けて、4本の腕が振るわれる。後に倒れ込むことで避けることが出来た。尋常ではない風圧が、俺の前髪をかする。危なっ。


 4本の腕を前に突き出したままで隙を見せたバフォメット《仮》にバク転の要領で、ヤツの顔面に食らわす。俺の顔を狙った仕返しだ。以前は出来なかったバク転も、【身体強化】のお陰でできるようになっていた。顎にダメージを受けたヤツが、後方へ軽く飛ぶ。俺はすかさず自動剣フラガラッハを操作し、バフォメット《仮》に追い討ちをかける。また俺に攻撃されても嫌なので、あと2本自動剣フラガラッハを追加した。


 しかしこのペースでは遅い。倒し切る前に、周囲に被害が出るだろう。しょうがない、と割り切り、トドメを指すべく行動を起こす。


「”武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 破壊槍ゲイボルグ”」


 手に細身の槍が現れる。


 モデルは半人半神の英雄、クーフーリンが持っているとされるゲイボルグだ。投げると30の矢、突くと30の槍になるとされる武器。更に貫通能力もある強武器だ。相手が1人の場合だと、まさに数の暴力を体現するような槍、と言えるだろう。


 忙しく加速魔法陣で強化された自動剣フラガラッハの相手をしているバフォメット《仮》に、強化された持ち前の身体能力、もといスピードで迫る。今度は目に俺が映ったようで、驚いていた。


 スライディングの要領で、バフォメット《仮》の足元をすくう。それを機に自動剣フラガラッハがバフォメット《仮》の腹に刺さり上空に飛んでいく。とうとう腹が耐えきれず、突き抜ける。今がチャンスか!


「──フッ」


 ありったけの魔力を込めて、バフォメット《仮》へ破壊槍ゲイボルグを投げる。建物から槍が顔を出した瞬間、30本に増えた。運が良かったのか、それら全てがバフォメット《仮》に当たる。そしてすべて突き抜けていき、残ったのは原型をとどめていない何か、だった。終わったのかな?とりあえず、異なる武器の同時作成も可能、と。今日の収穫を頭にインプットする。


 真雫に頼んでまで周囲に被害を出さないよう注意していたお陰で怪我人0。しかし、上空で破裂した何かに近くの人の視線は集まっていた。俺たちにそれが向けられるのも時間の問題か。


「真雫、とっとと逃げるよ!」

「え?──キャッ」


 真雫を所謂お姫様抱っこの形で抱え、全力疾走でその場を離れる。加速魔法陣まで使ったのだから、誰にもバレていないと思いたい。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 あれから走りに走ってたどり着いたのは、王都から少し離れた丘の上だった。王都を見渡すには丁度良いし、個人訓練も誰も見ていないので最適だ。よし、今後はここを練習場に使おう。あらかじめ用意していたとある武器・・・・・を近くに生えていた木に深く刺す。よし、これで訓練場も確保出来たな。


「真雫、大丈夫か?」

「う、うん」


 嘘だな。震えているじゃないか。


 あまりかっこつけみたいで好きではないが、真雫の頭に手を置き、安心させるように撫でる。すると、真雫は嗚咽を漏らしながら俺に抱きついてきた。


「うぅ……こあかったよ……ノア、ノアァ」

「よしよし、もう大丈夫だ」


 それから何度も頭を撫でる。泣き止むまで待つか。



「……もう、大丈夫。上級魔族に精神攻撃を受けていた。取り乱してしまってすまない。ありがとう」

「どういたしまして」


 数分経って、完全に元に戻ったようだ。中二病とちゃんと発症している。うん、真雫は普通が1番だ。


 それよりも、さっきのアレは何だったのだろう?悪魔に憑依されたヤツとか?邪神が存在するのだから、一概にないとは言えないな。今度国王陛下に聞いておこう。


「……それよりも、ノアは大丈夫なの?」

「……?何がだ?」

「……ノアは、人を傷つけても、なんだか平気そうに見えたから」


 思い返せば、あのおっさんを剣で切った時も、あまり嫌悪感やら罪悪感やらは湧かなかった。これがまさか【精神強化】の効果……?猛烈に嫌な予感がする。これはもしかしたら、人を殺しても、何も感じないとかじゃ、ないよな?もしそうなら、俺はもう人間を……いや、これ以上考えるのは止そう。自己嫌悪とかに陥るかもしれない。


「大丈夫さ、俺も人間だ。罪悪感ぐらい感じるよ」


 そう真雫に、そして俺に言い聞かせるように言った。

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