七章

第87話

 帝都の城の地下には、魔術師たちの研究施設が存在する。一〇〇〇を超える魔術師、研究者たちが働いている。


 研究施設にのとある一室に、アーサーはいた。

 数多の薬品が並ぶ戸棚。手術台。その横には手術器具の乗ったトレーが、キャスターのついた台の上に置いてある。


 天井から光る球体が、さながらシャンデリアのように部屋を照らしている。


「博士、どうだ」


 アーサーが口を開く。

 博士と呼ばれた男は、手術台の前に立って、そこに横たわる死体に目を凝らしている。  

 

「ミノス、と言ったかな。この男は」


 ずれたメガネを指で押し戻しながら、博士はアーサーに問いかける。


「ああ。そうだ」

 

「ふむ。私見ではあるが、きっとこれは死霊術の一種だな」


「死霊術?」


「大昔に廃れた業だよ。死体に魔力を送り込んで、不死の兵隊を作り出す。だが、採算がとれなくなり計画は破綻した。……こちらに来たまえ」


 博士はアーサーを手で招く。


「ここを見てみろ」


 博士が指をさしたのはミノスに刻まれた円陣の内側。三つの生き物のところだ。


「三頭の鷲、獅子、黒の太陽。これらの刻印にはそれぞれ意味がある」


「黒の太陽? 普通の太陽じゃないのか」


「剣しか握ったことのないお前さんでは、分からんだろうよ」


 博士は皮肉っぽく笑った。


「三頭の鷲は不死、獅子は力、太陽は復活をそれぞれに表している。これを刻まれた人間が死んで、初めて術が発動する。ただ、おかしな点がいくつかある」


「何だ」


「死霊術はもともと死んでいる者にかける業だ。生者にわざわざ刻む必要なんてない。適当に墓を掘り返して、肉のついている死体に刻めばいい」


「だが、こいつは生きていたぞ」


「そこがまたおかしい点だ。それに、死霊術であれば、この部分は太陽ではなく、三日月の紋様が描かれるのだが……」


 そういうと、博士はまた腕を組んで考える。


「不可解、実に不可解な死体だよ。おそらく私達でも知らない、新たな術式なのだろうが。これがどんな作用を起こすのか、今はなんとも言えんな」


「そうか。それで、もう一つの方は」


「ああ、それはこっちだ」


 手術台を離れ、二人は別の部屋へと向かう。

 机が一つ。それに背の高い本棚が置いてある。机の上には分解されたミノスの義手が転がっている。


「こいつに仕組まれていたのは。新種のむしだ」


 義手に手に取り、上下に揺さぶって玩びながら博士が言う。


「蟲?」


「そう、蟲だ。魔法によって作られた、人工生物。といった方が、君には分かりやすいだろう」


 義手の親指を折り曲げ、博士は義手の人差し指から針を出す。


「この針にはその蟲型の魔法生物か仕組まれていた。これて刺されれば、瞬く間にその魔法が全身に回る。そして……」


「爆弾が完成する。そういうわけか」


「それだけではない。爆発するまでの間、この蟲が脳に寄生し、宿主の意思と身体を操ってしまう」


「動く爆弾か」


「ああ。全く新しい脅威的な魔法だ。これといって防御策もないから、防ぎようがない」


 眼鏡をはずし、博士は眉間を揉む。


「今わかっているのは、そのくらいだ。また何か解明されれば、君のところに報告しよう」


「そうしてくれると助かる。早期の解明を期待している」


「努力はするとも」


 博士の言葉にうなずくと、アーサーは部屋を出た。

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