第30話

 エリスの家へと移動した三人は、一晩の宿とするために家の中を一通り片付けていく。

 散らかった皿やグラスの破片を掃き集め、倒れた家具などを立て直す。

 血のりを雑巾で拭き取り、あらかたの汚れをとる。

 その全てを終える頃には、とっぷりと日が暮れて、あたりはすっかり暗くなっていた。


「何か狩ってくる」


 ユミルはそう言って一人弓を担いで家を後にする。

 ジャックとエリス、二人きりとなった家の中。

 ジャックは暖炉に火を灯し、暖をとる。


 火が大きくなるにつれ、家の中に灯りが行き渡っていく。

 ジャックは無言のまま、火の中に薪をくべて、勢いを強めていく。

 エリスはその後ろで椅子に座っている。


「……満足したか」


 下を向いていたエリスの顔がゆっくりと上がり、ジャックの背中を見つめる。

 その目は赤く、涙で腫れている。


「魔物達が憎いか」


 ジャックは肩越しにエリスを見る。コクリと頷くのが見えた。


「お前の家族を殺したのも、お前の友人を殺したのも、全て魔物だ。人間もエルフも、その他の種族も関係ない。仲間が殺され、その恨みを殺した奴と同じ種族に向ける。至極当たり前の事だ」


 ジャックの投げ入れる薪木が炎に飲まれ、煌煌と火の手を強めていく。


「だがな。憎しみはたちの悪い麻薬みたいなものだ。いつまでもまとわりつき、人をどんどん悪い方向に操っていく。自らで克服しなければ、死ぬまでそれからは逃れられない」


 エリスが聞いているかは分からない。だが、ジャックは言葉を続ける。


「お前はそうなるなよ。そうなれば私と同じ、人でなしの仲間入りだ。それは村の連中の望んでいることではないし、お前の両親も、自分たちの復讐のために、娘が危険な目に会うのなんざ望んじゃいないはずだ」


「じゃあ、どうすればいいの。魔物達を許せっていうの」


「家族や友人達を思って祈ってやれ。今のお前に出来る事はそれだ」


 このとき、初めてジャックはエリスに向き直る。膝を追って屈み、泣きはらした目元を拭い、彼女の膝の上で握られた拳を、ジャックは手で包み込む。


「何かを恨み、憎むことは罪じゃない。だが憎しみを糧に生きていく事はするなよ。憎しみを正当化するような者にはなるな。正義やら大義やら、御託を並べた所で所詮はそれを隠すための綺麗ごとにすぎない。どれだけ大層な事を言っても、最後に残るものは、虚無感だけだ」


 そう言って、ジャックの腕は自然とエリスの頭へと向かい、そっと、そしてどこかぎこちなさを残したまま、エリスの頭を抱き寄せる。


「これから先、同じ事起こるとも限らない。そうなったとき、お前は憎しみの虜にならないよう、強くならなくちゃならねぇ。精神こころ肉体からだも、両方をな。まだまだ時間はある。私が死ぬまでにそうなってくれ」


 耳元でそう語りかける。

 エリスは自分の言葉をどう受け取ったかは、ジャック自身には分からない。

 届いていないかもしれない。あるいは聞き流していてしまっているかもしれない。


 ただジャックのの胸に顔を埋めるエリスは、喉をひくつかせて泣くばかりだった。そ

 れを鎮めることも、やめろと言うこともない。

 ただ彼女の気がすむまで、ジャックはエリスを胸の内に抱き続けた。

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