第18話

 掲示板には多くの依頼書が掲示されている。

 薬草採取。魔物退治。害獣討伐。貴族の護衛……。

 鋲で留められた羊皮紙の上に様々な依頼が並び、また報酬もピンからキリまである。


 冒険者たちはその中から自分の力量と財布事情を鑑みて、適当な依頼を選び抜いていく。

 羊皮紙を引き剥がし、受付嬢の元へと持っていく。

 それから、何やら彼女が判を押しもう一枚の書類を冒険者に渡す。

 冒険者はそれを持ってここを後にする。


 一連の手順はどうやらそれだけらしい。

 案外簡単なものだ。とジャックは思いながら、他の冒険者と同様掲示板に目を走らせていく。


 残っているのは報酬の安い依頼か。もしくは魔術、呪術を操る謎の部族を調査しろ。などをはじめとする何やら怪しげな依頼だ。

 一体誰がなんの目的でそんなことを依頼したのか。興味を惹かれるが、残念ながら個人名や目的は一切書かれていない。

 こういう簡略さからも、おそらくは冒険者の仕事が消えない理由の一つであろう。


 依頼を一通り見終えたところで、エドワードの元へ戻ろうとした時だった。


「ゲェ」


 カエルの出来損ないのような、そんな声が聞こえてきた。


 目を向けると、そこにはエルフの女が立っていた。

 薄黄色のシャツと黒のズボンの上から、革製の胴当てと胸当て、籠手と具足をつけている。

 金色のひっつめた長い髪をうなじのあたりでまとめている。

 こんなところにもエルフがいるのか。と、何とは無しにジャックは関心した。

 ただ、同時にそういう時代かと、ふと納得してしまう。


 だが、どうもそのエルフの女、いや彼女と呼んだ方がいいか。

 彼女はジャックと視線を合わせるや否や、さっと視線を外して、急いで踵を返す。

 立ち去るのかと思いきや、一歩踏み出しただけで立ち止まる。

 そして、ふるふると首を振ると、もう一度振り返って、今度はジャックの元へと歩いてきた。


「あの時は、ごめんなさい!」


 目の前に立つや否や、勢いよく頭を下げてそう言ってきた。

 あったこともないエルフの女に、いきなり頭を下げられたものだから、ジャックもどうして良いかわからない。


 周りから浴びせられる視線で、なんとも居心地が悪い。

 エドワードはといえば、何やら面白そうにジャックを見やるだけで、手を差し伸べようともしない。


「誰だ、お前は」


「……えっ? 覚えてないの?」


 意外そうに言いながら、彼女は顔を上げてジャックの顔を見た。


「覚えているも何も、お前と会ったことなどない」


「あっ……そう。やっぱり、覚えてないんだ」


 話が噛み合わない。苛立ちを覚えながら、ふと、彼女の背負っていた弓に目が止まった。

 握りの部分に包帯が雑に巻かれており、その端切れがだらりと垂れ下がっている。


「……あっ」


 思わず声が出た。以前にも同じものを見ていたからだ。

 そうだ。あの弓。あの格好。

 以前ジャックの肩を打ち抜き、鏃の毒をもってトドメをさそうとした、あのエルフの姿を思い起こす。


「何? どうかしたの?」


 ジャックの変化に彼女はいち早く反応した。

 心配そうにジャックの顔を覗き込んでくる。

 しかし、彼から向けられたのは、敵意だった。

 その意味を理解した彼女は、突然居住まいを正して、ただ申し訳なさそうに俯いている。


「あの時の、エルフか」


 その言葉に、彼女は間をおいて、頷いたのだった。

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