戦死転生

小宮山 写勒

一章

第1話

 私は生きながらに死んでいた。

 自我という自我もなく、ただ飯を食いくそをする人形だった。


 人形に与えられたのは、剣と、人殺しの才覚だった。


 帝国の戦に駆り出された私は、エルフとの戦に明け暮れていた。


 兵士は剣で。エルフは魔法で。

 互いに命を奪い合い、殺し、殺され、踏みにじる。


 そうしてできた死体の山に新たな死体が積みさなっていく。


 死体になったエルフを蹴飛ばして、後方に控えていたエルフに斬りかかる。


 杖を頭上に掲げ一撃を防いで見せたが、そのせいで足元はがら空きだ。


 足を払うと簡単にエルフの態勢は崩れ、右肩から地面へ倒れ伏せる。


 そして剣を高く掲げ、一息に切っ先を心臓めがけて突き落す。


 エルフの口から血があふれ、涙と共に大地を濡らしていった。


 剣を引き抜くと、呼吸の乱れを整えて前を見据える。


 疲労とは裏腹に、エルフの攻撃は激しさを一層強めていた。


 エルフ族の歩兵が戦列を並べ、魔法による一斉射撃を敢行する。


 雷がほとばしり。

 火炎が肉を焼き。

 旋風が命を刈り取り。

 寒風吹きすさぶ荒野を血が彩っていく。

 

 魔法の衝撃で作られたくぼみに身を隠し、第一波の攻撃をやり過ごす。


 土ほこりに紛れて立ち上がり、西へ走る。

 他の兵士に注意が向いている間に、横合いから奇襲を試みた。


 だが、そう簡単にはいかなかった。

 三人のエルフが岩陰から姿を現し、私に杖を向けてくる。


 私は剣を投げて一人を殺すと、残り二人に突貫した。


 炎が左手を襲い、風が右太ももを切る。

 猛烈な痛みだが、構わずにエルフに組みかかった。

 

 エルフを地面に押し倒し、もう一人を蹴り飛ばす。


 たたらを踏んで転んだ隙に、押し倒した方のエルフに馬乗りになり、短刀の切っ先をエルフの心臓めがけて振り下ろす。


 仰向けになったエルフは両手でそれを抑え抵抗をする。


 体重をかけ、火傷を負った腕でなんどもエルフの顔を殴る。


 鼻が砕け、頬骨が折れ、エルフの力が抜ける。


 その瞬間短刀がエルフの胸を貫き、口から血液が溢れ出す。


 勝利の余韻に浸る余裕はない。

 蹴り飛ばしたエルフから魔法が放たれる。

 鋭利な氷柱が私の元へ一目散にやってきた。


 エルフの体を盾にしてやり過ごし、投擲に使った剣を取り、エルフに駆ける。


 旋風が放たれ、私を両断しようと迫る。

 私はそれを避けず、火傷で使い物にならなくなった腕を犠牲にした。


 痛みが肩を駆け抜け、焦点が合わなくなる。


 だが立ち止まらない。


 自殺行為とも取れる私の突撃は、エルフに一瞬の動揺を与えた。

 その隙を私は見逃さなかった。


 剣を横なぎに振るう。

 剣はエルフの胴を捉え、深々と横腹にめり込んだ。


 耳長の顔には苦悶が浮かび、口元からは赤黒い血が溢れる。


 だがまだ立っている。

 まだ私を殺そうと杖を握りしめている。


 殺さなくてはならない。

 動くのならば、動かなくなるまで剣を突き刺さなくてはならない。抵抗するものは、叩いて潰さなくてはならない。


 私はエルフにとどめを刺すべく、すぐに剣を引き抜こうとした。


 だが、それを妨げる二つの手が私の目の前から伸びてきた。私が斬りつけたエルフの手だ。


 杖を捨て、私の手を握りしめる。

 死に際の馬鹿力とでも言うのだろう。

 振りほどこうとがむしゃらに腕をしならせるが、いくらしならせてもエルフの手は決して私の腕から離れはしない。


 振りほどけないなら、殺す他に手段はない。エルフの体に刺さったままの剣を、横に無理やり切り裂いていく。


 肉の裂け目から血が滴りおち、臓物がこぼれ落ちていく。激痛のはずだった。だが、エルフの顔からは笑みが消えることはなかった。

 

 あれほどあたりに響いていたエルフたちの声が、ピタリと止まった。


 静寂が吐息をより大きく聞こえさせる。

 それが何を意味しているのか、学の一つない私でも理解できた。


 視線をエルフ達へと向ける。

 杖先には魔力が宿り、たまりにたまった怨嗟と激情を今にも放とうとしている。


 死がやってきた。


 火が。

 雷が。

 氷の礫が。

 肌を焼き、肉を貫き、片目を抉る。


 頭から、胸から、脇腹から、太腿から、目玉を失った眼窩から。


 私の身体にとっぷりと流れる血液が、体温ともに溢れ出していく。


 執拗に襲い掛かる光によって、私の身体は赤に染まっていった。

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