総監生ジャンジャン・3


 食堂はお昼とはまた違った雰囲気に包まれていた。多くの生徒達が、アガサとイミコに注目していたからである。

 原因は、ジャン‐ルイにあった。

 彼は、さすが総監だけあって、かなり目立つ生徒らしい。時に頬を染めて挨拶に来る生徒がいる有様だった。

 居心地悪く隅で食事をしたお昼が、嘘みたいだった。

 他の生徒が、どうぞどうぞといわんばかりに、窓側の景色のいい席を空けてくれた。

 心なしか、メニューも華やかになった気がする。

 が……。

 スープを口にしたとたん、ジャン‐ルイの眉が歪んだ。


「相変わらず……ひどいな」


 彼がことりとスプーンを置いたとたん、今度はイミコの眉が歪んだ。


「ご、ご、ごごごごごごめんなさい!」


 となりでアガサは目を丸くした。

 スープがまずいのはここの料理人の腕のせいで、別にイミコのせいではないだろう? 


「私たちがお誘いしたばかりに……」


 たしかに、4年生であるジャン‐ルイはホール・パスを持っているので、下級生憧れの中央食堂で、いつもごはんがたべられるのだ。

ここに来たのは、パスのないアガサたちに付き合ったのであり、久しぶりである。


「私たちというのは語弊があります。お誘いしたのはフレイとアガタさんであり、私とイミコはおつきあいしただけです」


 すかさず出てきたカエンの言葉に、イミコは血の気がなくなった。


「つまり、総監殿がまずいスープを食べなければならなくなったのは、フレイとアガタさんのせいなのです」


「テメー! 何だよ! その言い草はっ!」


 フレイは相変わらずの髪を逆立てまくってカエンの耳元で怒鳴り続けていたが、カエンのほうは聞く耳をもたない。こけしのようにすましている。


「あ、これって【馬耳東風】ってやつね?」


 と、アガサは独り言。

 そのアガサに、イミコがすがり付いてきた。

 

「あの、アガタ。怒らないで……。私、私、そんなつもりじゃ……」


 怒るも何も……。


「何で私が怒らなきゃならないの?」


 なぜ、そういう流れになるのか、ちっともわからないアガサであった。

 しかし、ジャン‐ルイもアガサ同様だった。


「ここの料理は最低だけど、誘われて困っているわけじゃなく、むしろありがたいことだよ。僕は長い間、この問題を解決しようと思っていたからね」


 食堂の片隅から拍手が聞こえてくる。

 生徒総監の様子をチラチラと、誰もが気にしていたのだろう。今の言葉を聞いていたのに違いない。


「パスを手に入れてから中央食堂を使っているから、つい忘れがちになっていたことを、心からお詫びするよ」


 食堂全体から、今度は口笛が鳴響いた。

 ジャン‐ルイは、その声援にこたえて立ち上がった。


「ソーサリエの学校で、一番困った場所はどこか? 一番は学生牢である。二番はこの火のソーサリエ用の食堂である!」


 割れんばかりの拍手。

 アガサとイミコは、なぜか手を取り合ったまま、ジャン‐ルイの演説を聴く羽目に陥っていた。


「プロフェッスール・モエは、長年この問題に目をつぶり、学長には『学生の向上心維持のため』などと、それらしいことをいっています。つまり、美味しい餌に釣られて、我々は早く3年生・4年生になりたがる……というわけです」


 あ、もっともだわ……と呟きかけたアガサに、フレイが「しーっ!」とたしなめた。


「確かに、我々は他の属性のソーサリエよりも早く3年に上がるものが多い。でも、これはけして美味しい食事やケーキに釣られているからではない! 我々の勤勉によるものです」


 割れるような拍手と歓声が響いた。

 中には跳ね上がっているものさえいて、小さな食堂は食事どころの騒ぎではなくなった。


「いよっ! 我らが総監! 戦う炎の貴公子!」


 その歓声を、照れくさそうにジャン‐ルイは手を上げて止めさせた。


「でも、内心はケーキでしょうね……」


 と、アガサは呟いて、イミコに口をふさがれてしまった。

 だって……ソーサリエではないアガサでも、パスを手に入れて美味しいケーキを食べたいと思うのだ。


 お菓子というものは女の子の憧れである。

 下界にいたとき、アガサはケーキが大好きだったが、誕生日とクリスマスくらいにしか食べられなかった。

 こちらに来てからは、イミコがくれる甘くないお菓子。ありがたいけれど、甘くないのはお菓子とは思えない。

 アガサが、デザート・ケーキ・フルーツ食べ放題の中央食堂に憧れるのも当然であろう。

 アガサの想像では、中央食堂とは『ヘンゼルとグレーテル』に出てくるお菓子の家のようなところなのだ。


 アガサの妄想とは別に、ジャン‐ルイの演説は嵐のような拍手で幕を閉じた。総監生が交渉するのだから、食堂は改善されることだろう。

 ジャン‐ルイは席に着くと、にこりと笑って見せた。

 あっという間に勇ましい弁者の顔は消え、人懐っこい顔になった。


「思い出させてくれてありがとう。この問題は、歴代の総監も取り上げてきてはいたんだけれどね、ほら、自分たちは美味しいものが食べられるから、力が入らないんだよ」


 そういいながら、ジャン‐ルイはカチカチのパンをスープに浸した。


「文句を言って戦ってきたヤツラも、パスを手に入れると大人しくなる……。つまり、力ない一年生と二年生が中心となって運動することになるから、全然改善されないんだ」


「私も……そのパスが欲しいです」


 と呟くアガサは、おそらくジャン‐ルイの話を理解し切れていない。

 ジャン‐ルイは微笑んだ。

 どうも、彼はアガサを妹のように思っているらしい。


「パスを手に入れてからが、本当の学校生活なんだよ。食堂だけではなく、中央には立派な図書館もあり、他の属性のソーサリエたちも出入りする。パスがなければ、他の属性の生徒と会うことも出来ないし、制限が多すぎるから」


 他の……というと、学長室で水のソーサリエと会ったアガサは、稀な経験をしたことになる。

 

 ――あの出会いは最低だったけれど、やっぱり私たちは巡りあう運命だったんだわ!


 アガサは、にまにまと王子様の姿を思い出して笑った。

 が……。

 と、同時にパスがなければ、仲良く……どころか、ファビアンの顔を拝むこともできないのだ。

 アガサの初恋――三度目だが――は、前途多難である。


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