正しい火のつけ方
正しい火のつけ方・1
やや空腹感がまぎれると、俄然元気になってしまうのが、アガサのいいところ……というか、ちゃっかりしているところなのだろう。
だから、イミコのように死のうとも思わず、人の思うところなど気にせず、マイペースでやってこられたのだ。
「イミコ、実は私、仮入学なのよ」
アガサは素直にイミコに今までの経緯を説明した。
「私、本当はソーサリエじゃないの。でも、どうしてもソーサリエにならなきゃいけない。まずは、ろうそくに火をつける練習をしなければならないんだけど……。それって、難しい?」
イミコは目を白黒させて言った。
「あ、う、そ、それって……む、むむずかしい。で、でも、落ち込むことはないのよ。本当に難しくて……普通の人にはできなくて当然……」
「そういう嘘はいけません」
突然、イミコの精霊・カエンが口を挟んだ。
直立不動のポーズのまま、二人の間に浮いている様は、日本人形のようだ。とはいっても、アガサの知っている日本人形といったら、こけしのことなのだが。
「イミコ、何度言ったらわかるのですか? そういった下手な気の回し方をするから、あなたはお友達からも馬鹿にされるのですよ」
カエンは、言葉はきれいだが、性格はきついらしい。
「ああ! ひどいわ! 私、アガタのことを思って……」
イミコはその場で泣き出してしまい、崩れ落ちてしまった。
放っておくと、そのまま窓から飛び降りそうな傷つきようだった。
イミコは些細なことを気にするらしい。ちょっと……世話が焼けるタイプかもしれない。
泣いているイミコの髪の上に止まったカエンは、冷たくにこりと微笑んだ。その間、羽以外はほとんど動かしていないのでは? と思うほどの静的な動作である。
「本当のソーサリエであれば、たとえ学校で何も学ばなくても、火ぐらいは簡単につけることができるのです。それは、あくびするくらい簡単なことです」
「でも、私にとっては簡単じゃない……」
もう少しで火事を起こしそうだった試験を思い出して、アガサは苦笑した。
「1ケ月後にイギリスに帰ることを考え、フレイ亡き後の人生を
そのカエンの言葉に、怒りだしたのはアガサよりもフレイだった。
ろうそく風呂から飛び出すと、手も足も羽も同じくらいにばたばたと動かして、激しい抗議をし始めた。
「てめー、なんつーこと言うんだよ! 友だち甲斐のないヤツめ! おいら、そんなことになったら1千年も罰を受けて復活できないんだぞ! そうしたら、てめーが薄情者でどうしようもないことを、ずーっとあの世の中心で叫び続けてやるからな!」
カエンがぎろりと睨む。
ほとんど動きがなく、首だけ動いたさまは……やはりこけしかもしれない。まあ、顔は精霊らしく小作りなのだが。
「それが、芳しきローソク風呂の御礼というわけですか?」
すべてを焼きつくカエンの言葉の暴力で、イミコとフレイはノックアウトされていた。
しかし、ここは根性のアガサ。
言葉ごときの暴力などなれたものである。
「ねぇ、カエンさん。私はフレイと離れたくはないの」
アガサは、少しだけ考え込んでから言葉を続けた。
「それに、私はもうすでに熊ちゃんになってお葬式もあげられちゃった身だから、のこのこ帰るわけにはいかないの。たとえ、マダム・フルールの魔法のおかげで、どこかの王国の姫君として新しい人生をもらったところで、それは私、アガサ・ブラウンじゃないもの。絶対にイヤ!」
別に、自分の人生がそこまで固執するほどの物ではないことを、アガサは充分に知っている。
でも、絶対にここでソーサリエとしてがんばらなくちゃ、せっかくの初恋も終わりじゃない?
言葉にしなかったその言葉を読み取って、フレイがブツブツと文句を言った。
「アガタ。こういっちゃなんだけど、ファビアンは氷の王子様だぜ? 絶対に惚れちゃなんねぇ相手なんだからな!」
ソーサリエは自分の精霊に嘘はつけない。すっかり餌にされてフレイはいじけていた。
ところが……。
「え? あの人、ファビアンっていうの?」
アガサの上ずった声に、フレイはしまったとばかりに、ローソク風呂に撃沈してしまった。
「ファビアン・ド・ブローニュ……ですか? それは駄目です!」
泣いていたイミコが急に顔を上げた。
彼女らしからぬいきなりの強い否定に、アガサは驚いた。
「アガタ、ファビアンは水のソーサリエですもの。私たち火のソーサリエとは相性が悪すぎるわ。あの人とお知り合いになろうなんて、お互いが傷つくだけよ! お願いだからやめてちょうだい」
う。疲れる……。
火と水で相性が悪いからといって、なぜまた人の恋路を反対するのだろう?
イミコは、どうやら占いで一喜一憂するタイプにちがいない。
星占いで、今日は最悪なんてでたら、それだけで死にたくなるのでなかろうか?
しかし、それを言ってしまったら、繊細なイミコはショックで窓辺に走って飛び降りてしまうかもしれない。
じゃなかったら、明日の朝、ソーサリエの学校の城壁の上に、きちんと並んだ靴を見てしまうかもしれない。そしてその中に『ごめんなさい』などと手紙が残されていたりしたら……。
アガサはやや世話の焼けるイミコを気遣って、反論をすることをやめた。
「い、イヤだなぁ? 別に私、あんな人と知り合いになろうなんて思っていないわよ。学長室で会った時、あまりにも横柄な態度だったから、誰なのかな? と思っただけで……」
イミコは鼻をすすりながら訴えた。
「当然ですわ! 水のソーサリエと火のソーサリエは、相性が悪いんですから」
アガサの初恋は――すでに三度目ほどの初恋なのだが、前途多難である。
「まずは、水のソーサリエのことよりも、ろうそくに火を灯すことが先決でしょう?」
このメンバーの中で一番冷静なのがカエンだった。
カエンの提案で、イミコがしぶしぶ見本を見せる。ろうそくを机の上におき、ただ手をかざしただけで、火がついたり消えたりを繰り返す。
「本当に簡単そうに見えるんだけれどなぁ……」
思わず呟いたアガサの言葉に、イミコは跳ね上がった。
「そ、そ、そんなこと! 私もマスターするのに苦労したんです!」
「では、どんな特訓をしたのですか?」
アガサとイミコの間を飛びながら、冷たい視線でカエンがイミコを見据えた。イミコは口ごもり、うんうんと唸ってしまった。
「アガタさん、イミコはろうそくに火をつけることを、息をするがごとくに簡単にできるのです。どうやって息をすることを憶えたのか? など説明できるはずがありません」
再び泣き出して窓辺に走りそうなイミコを、アガサは慌てて抱きしめて大きな声で言った。
「あ、あ、ありがとう! 私のことを思ってくれて! あなたの気持ちがうれしいわ!」
きゅっと抱き返すイミコの仕草に、アガサはほっとした。
……ただし、疲れる。
きっと、毎度何かがあるたびに、イミコを抱きしめないとダメに違いない。
「カエンさん、問題は私がどうしたらフレイと協力して火をつけられるか? なのよね? どうしたらいいの?」
カエンは、アガサが抱きしめているイミコの頭の上に降り立ち、アガサと視線を同じ高さにした。
「まずは、この部屋で火をつける練習を試みてはいけません。火事になってしまいますから」
……さすが、冷たいヤツである。
フレイが飛び上がってイミコの頭の上に降り立った。
「カエン、てめーそれは確かだけど、もっと思いやりある言い方はできんのか? ほーんと、てめーら、性格足して2で割れよ!」
今にもイミコの頭の上で火を吹きそうな二人に、アガサは割って入った。
「つまり、まずはこの学校のどこかで、練習場所を見出さなければならないってことね? それと、火のつけ方を教えてくれる人か、本を探すことね?」
「そのとおりです」
かっかと燃えているフレイの横で、カエンが冷静に返事をした。
その言葉を聞いて、いきなりイミコが飛び上がった。おかげで、頭上のフレイとカエンは跳ね上がる勢いである。
「あ、いけない! アガタが落ち着いたら、授業の説明を受けるために、プロフェッスール・モエの元へ連れて言うように言われていたんだわ!」
「げげげ、マジかよ。冗談は顔だけにしろ」
つい、口から漏れたフレイの言葉のせいで、アガサは再びイミコを強く抱きしめるはめになった。
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